7.捜索④
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「おや、ミハル君だけですか?」
昨日の雨が嘘だったかのような翌朝。
煌めく朝日を浴びながら、クロードが台所にやって来た。
(そうだった!!今日ってクロードさんがちぃの確認をする日だった……!)
何か忘れていると思ったら、一番忘れてはいけないことだった。
ミハルは火に掛けた鍋をお玉でぐるぐるとかき回しながら、
「お、おはようございます。クロードさん」
なるべく平静を装って、笑顔でいつも通りの挨拶をする。
そんなミハルを、クロードはジッと見る。
「シオ君はどうしました?」
ミハルの心臓が跳ね上がる。
クロードはいつも通り、手紙の束をテーブルに置き、椅子に座って足を組んだ。いつもと違うのは、その視線が手紙ではなくミハルに注がれていることだ。
ミハルはクロードから顔をそらし、鍋の中に視線を落とす。
「シオは、その、ちょっとまだ寝てて」
ピクリ、とクロードの片眉が持ち上がる。
「寝てる?」
声のトーンが一段下がった。マズい。
「そ、そうなんですよ!起こしに行ったんですけどね!!まったく困っちゃいますよね、あははは!」
クロードに笑顔を向けながら、一心不乱に鍋をぐるぐるぐるぐるー
「ミハル君。それ、掻き混ぜすぎじゃありません?」
「えっ!あ、えっ!?」
どうやら勢いよく掻き混ぜすぎていたらしい。鍋の中で波が立ち、ぱしゃん、とスープが跳ねて手に飛んできた。
「あっつぁっ!」
お玉をガシャンと床に落としてしまった。
「大丈夫ですか?ミハルくん。今日は落ち着きがないですね」
「え、いやぁ、そ、そんなことないですよ!?通常運転ですよ!バッチリですよ!?」
濡れた布巾で手を冷やしながら、ミハルの視線はあちこちさまよう。
クロードは銀縁眼鏡を押し上げて、ミハルを値踏みするようにジッと見つめた。
(あ、怪しまれてる……?)
ゴクリ、とミハルの喉が鳴る。手にじっとりと汗がにじんできた。心臓が早鐘を打つ。
が、
「そうですか」
クロードはそれ以上追求することなく、ミハルから視線を外した。
(良かったぁ……!)
クロードに気がつかれないように、ミハルはホッと息を吐き出した。どうやら疑われていたわけではないようだ。
「今、コーヒー入れますね」
ミハルはクロードのマグカップを食器棚から出し、いつものようにコーヒーの準備をする。
(神経質になりすぎてたかな)
「では、私がシオ君を起こしに行きましょう」
「いやいやいやいやいや!!」
クロードがゆったりと台所から出て行こうとするので、ミハルは慌てて進路を塞いだ。何が「では」なのか分からないが、クロードを行かせるわけにはいかない。
「そんな雑用でクロードさんのお手を煩わせるわけにはいきませんよ!!僕が後で行きますから!!」
頭突きをする勢いでクロードに向かっていくが、クロードはやんわりとミハルの身体を押し返した。
「いやいや、ミハルくんは食事を作るという大事な使命がありますし、私が起こしに行きましょう」
颯爽と台所を出て行こうとする。
(いや、待って待って!行かれたらバレちゃうから!マズいから!!!)
「いやいやいやいや、シオの部屋、今、足の踏み場もなくて危険だし熱は出てるし、クロードさんが入るのは如何なものかと思われますから!!!」
クロードの背に向かって叫ぶように言うと、クロードはピタリと足を止めた。
(良かった、止まってくれた)
ホッと胸をなで下ろすミハルだったが、
「熱?」
つぶやいたクロードの一言に、ミハルの表情が固まった。
振り返ったクロードは、穏やかな微笑を浮かべ、鋭く冷たい瞳でミハルを見つめる。
「ミハル君?」
ミハルは、全身から血の気が引くのを感じた。
「7.捜索④」おわり。
「8.ベッドの中のシオ」につづく。




