42.準備②
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すべての荷物をトランクに詰め終え、玄関ホールに並べていると明るい声が聞こえてきた。
「今日は絶好のピクニック日和ね!」
「あぁ、そうだね。天気も良いし、素晴らしい1日になりそうだ」
ふと顔を上げると、会長夫妻が連れ立って階段を降りてくるところだった。
(ずいぶん気合が入っているな)
現れた夫妻の姿にシオは感心する。
夫人のクリーム色のドレスは、重なった裾の一部をギャザー状にたくし上げ、足さばきが良いように臀部のあたりでまとめたデザインだ。
いつもよりも露出した足には踵の低い編み上げブーツを履き、片腕にはドレスと同色のフリル付きの日傘を提げている。
シニョンにまとめた頭部には、これまたドレスと同色の小さな帽子がちょこんと乗っかり、特別感を演出していた。
対する会長は、栗色のジャケット姿でいつもとあまり代わり映えしないように見えるが、頭にはハンチング帽をかぶっている。片手には小ぶりな蓋付きバスケットを提げていた。
二人とも、外で活動することを考慮したピクニック仕様の出で立ちだ。気合、入りまくりである。しかし、肝心のリリーの姿がない。
シオはきれいに並べたトランクと、荷物持ちのために集まっている使用人たちを見回して、思わず渋面を作った。
(こんなに準備してるのに、やっぱりリリーは――)
「あら、あなたも行くの?」
「っ⁉」
唐突に後ろから声が上がり、シオは弾かれたように振り返った。
「リリー⁉」
「なによ」
絶対に来ないと思っていたリリーが、腰に手を当てて立っている。不機嫌そうな顔をみて、目を見張った。
「リリーお嬢様も行かれるんですか?」
「悪い?」
「いえ。そんなことは……」
口では否定しつつ、意外に思いながらリリーを見る。
夫人と比べれば、リリーの装いは普段とあまり変わらない。
赤いワンピースドレスに、足元には栗色の革靴、はちみつ色の美しい髪はいつも通り2つに結わえられている。普段と違っているのは、白い帽子を被っていることだ。
つばを縁取るように白いレースが飾り、ワンピースと同じ赤い色の帽子リボンが巻かれている。それにくわえ、リボン部分にはレースで立体的に作られた数々の花が飾られていた。細いレース糸で編まれた造作は見事なもので、花びらは中心の赤や黄色から外側に向けて段々と淡い色へと変化している。葉は、どれも同じように見えつつも、よく見るとすべての作りが微妙に異なっていた。
手のこんだ出来栄えに、ついまじまじと見ていると、リリーの不機嫌そうな視線とぶつかった。
「なにか言いたいことでもあるの?」
「いえ。素敵な帽子だなと思いまして」
率直な感想が口から漏れた。
丁寧な手仕事はシオの好みだ。そういうものに出会えたら、素直に賛辞を送ることにしている。
リリーは一瞬意外そうな目を向けてから、得意げに顎を反らした。
「でしょう? 私のお気に入りなの。おばあちゃんが手を加えてくれたから」
「え、おばあさんが……?」
思わず反芻すると、リリーは嬉しそうに口元に笑みを浮かべ、帽子に触れた。
「そうよ。これは最初、リボンが付いたただの帽子だったの。だけど、こうしたほうが可愛いからって、おばあちゃんがレース飾りを付けてくれたの」
当時のことを思い出しているのか、声が弾んでいる。そんなリリーを見て、シオはリリーの祖母のことを思った。
(きっと、リリーに贈る物だから何か手を加えたかったんだろうな)
丹精込めて作られたと分かる品には、相手を思う気持ちが織り込まれているように感じるものだ。
この帽子からもそれを感じる。そしてそれを、リリーも受け取っているようだった。
シオは、知らず知らずのうちに柔らかい表情になっていた。
「では、この帽子は宝物ですね」
シオの言葉に、リリーは目を大きく見開いた。だが、次の瞬間、はにかんだような笑みを浮かべた。
「うん。大切なものなの」
その時だった。
――パンパンッ!
「みんな、急なことだったのにすまなかったね」
手を叩く音と同時に、その場に声が響いた。
顔を上げると、階段の脇に立った会長が玄関ホールに集まる人々をゆっくりと見回していた。その場の視線が自分に集まったことを確認して、会長は口を開いた。
「ピクニックの準備は大変だったろう。みんなにも一緒に来てもらうが、拠点を定めたら好きに過ごしてくれて構わないよ」
会長の労いの言葉と思わぬ発言に、周りからは喜びの声が上がる。
会長の隣に立つ夫人が、ニッコリして一言添えた。
「今日はみんなも楽しんでね!」
会長は足元に置いたバスケットを、傍らに控えていたセバスチャンに手渡すと、念を押すように言った。
「じゃあセバス、頼んだよ」
「承知いたしました」
余程大切なものが入っているのか、セバスチャンは恭しく受け取り、しっかりと腕に抱え込んだ。
それを見届けた会長は、号令を発する。
「では出発しよう!」
セバスチャンを先頭に、夫妻、メイド長ポーラが続く。
シオはあたりを見回してミハルの姿を探した。どうせなら、ミハルとともにこの列に加わろうと思ったのだ。
(あ、いた)
出入り口とは真逆の場所に、ベンと一緒に立っている。ミハルはこちらには気が付いていないようだ。
シオは手を振って、ミハルの元に行こうと一歩踏み出したときだった。
「ミハ――」
「どこいくのよ」
ぐいっ、と後ろに引き戻されてしまった。
振り返ると、メイド服のスカートをリリーが掴んでいる。思わぬ出来事に、目を瞬かせる。
「えっ、あの……」
「ほら、シオも一緒に行くわよ」
「っ⁉」
(名前で呼ばれた⁉)
続けてやって来た衝撃に、シオが呆然としていると、リリーはシオの服を引っ張った。
「えっ! ちょ、ちょっと……!」
そしてそのままポーラに続いて玄関を出てしまう。
二人の後ろには、トランクを抱えた使用人がしずしずと付き従い、列の尻尾辺りにミハルとベンが加わっていた。
(な、なんなんだ、急に…⁉)
リリーが服から手を離してくれたので、仕方なく隣に並んで歩き始めるが、それでも心の動揺は収まらない。
今までであれば、絶対にシオの服を掴んで引き留めるなんてことはしなかっただろうし、ましてや名前など呼ばなかったはずだ。現に、今まで名前で呼ばれたことはなかった。
(これは本物のリリーなのか……?)
不審げに隣にいるリリーを見つめてしまう。それくらいの衝撃だ。
しかしリリーはシオの視線など気にしていないのか、気づいていないのか、前を向いたまま歩みを進めている。
どことなく上機嫌に見えるのは気のせいだろうか。
(……もしかして、何か企みでもあるんじゃ……?)
一抹の不安を胸に、シオも行く先に視線を向けた。木々が生い茂る林道の入り口が見える。
一行が目指すのは、アリソン邸に隣接する広く深い森の中である。
「42.準備②」おわり。
「43.ピクニック①」につづく。




