28.次なる作戦②
「お嬢様、いらっしゃいますか――って、え、シオ⁉」
扉を開けてやると、そこにはノックしようと片手を上げたミハルの姿があった。シオの姿に少し驚いたような顔をしている。
「なんでいるの⁉ いつもいないのに!」
驚いているわりに、なんだかどことなく嬉しそうだ。
しかしそんな表情よりも、ミハルの言葉に引っかかり、シオは不機嫌そうに眉を寄せた。
「いたら悪い?」
「いや、そんなことはこれっぽっちもないんだけど……」
ミハルはごにょごにょと言葉を濁す。
「今までお嬢様のところに行っても、シオに会えたことなんてなかったから……」
シオはジトッとした目でミハルを見る。
「サボっていたわけじゃない」
低い声でぴしゃりと言う。精一杯やっていたのに、そんなふうに見られていたなんて心外だ。たまたまミハルがリリーの元を訪れていた時不在だっただけで、変な邪推はしないでいただきたい。
「そ、そんなこと思ってたわけじゃないよ! ただ、会えると思ってなかったから余計に嬉しくなっちゃって口が滑っちゃったっていうか……」
ミハルはしどろもどろになりながら、言い訳のような言葉を並べるが、次第に尻すぼみになっていく。
追求するように湿度の高い目で見据えていると、何故かミハルの耳がほんのり色づいてきて、気まずそうに視線が逸らされた。
そしてミハルは気を取り直すようにひとつ大きな咳払いをすると、胸を張って顎を反らし、仰々しく宣言した。
「お嬢様におやつをお持ち致しました」
「リリーならいないけど」
間髪を入れずに切り捨てる。
リリーがいたら、こんな部屋の入り口で茶番劇などやっていられないだろう、と思うのだが、そんなことは考えもしないらしい。
ミハルは脱力したように、はぁと大きく息を吐くと、その場にしゃがみ込んでしまった。お盆を水平に保ったまま、器用なことである。
「なんだぁ、だったら早く言ってよぉ! 気合い入れすぎて肩こっちゃったよ!」
そう言って首を左右に倒している。
「毎回そんなに緊張してるの?」
「そうだよ! ベンさんに、『ヘマしたら一生この厨房から出られなくしてやる』って脅されてるんだから!」
ガタガタ震えているのに、お盆に載った茶器が少しも揺れていない。やらかさないよう、相当努力したらしい。
「でも……」
ミハルがしょんぼりと眉を下げる。
「まだ一度もおやつを食べてもらえてないんだよねぇ」
「え、一度も……?」
シオは耳を疑って、お盆に載ったお菓子を凝視した。
お皿には二切れのパウンドケーキが載っていた。断面から見える乾燥果実が小さな奇石のように煌めいていて、美しく、そしておいしそうだ。
こんなおやつを自ら放棄するなんて信じられない。
ミハルも気落ちしているようで、眉をハの字にして溜息をついた。
「実は、ここ何日か、食事もあんまり取ってくれなくてさぁ。だから、せめておやつだけでもって思って持ってきたんだけど……避けられちゃってるみたいなんだよねぇ」
(私だけじゃないのか)
どうやら周囲の人々を今まで以上に遠ざけつつあるらしい。避けられているのが自分だけではなかったことに安堵しつつも、危機感を覚える。
(どうしたものか……)
シオの眉間の皺が一段と深くなったとき、ボソッとミハルがつぶやいた。
「仕方ないなぁ。今日もこれは処分かなぁ」
「⁉」
その言葉に、シオは思わずミハルの服を掴んだ。
「じゃあ僕は厨房に――って、えっ? どうしたの?」
厨房に帰ろうとしていたミハルは驚いたようにシオを見た。
「処分するの、手伝ってあげる」
シオにしては珍しく、ニンマリした笑みを口元に浮かべると、後ろ手にリリーの部屋の扉を閉めた。
「28.次なる作戦②」おわり。「29.リリーの物思い」につづく。