25.秘密②
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階段の先は屋根裏部屋だった。
部屋の奥、薄布で仕切られた先から白い光が溢れ、室内に淡く広がっている。
階下と同じ間取りで暖炉があり、その前には揺り椅子とカウチソファがある。
階下と違うのは、屋根の梁が剥き出しになっていて、そこからハンモックと、いくつものランタンが下がっていることだ。今は火が灯っていない。
ここは、ただの物置部屋ではなく、秘密基地のような場所らしい。
――~♪
透明な旋律は、薄布の奥から聞こえる。光に透ける人影。
シオは吸い寄せられるように足を進める。
その時。
「――っ!」
ぶわっと風が吹き抜けた。
目の前で薄布が捲り上がり、金色がはためく。
半円形の部屋に、天窓からの陽光と風を受け、舞い踊る少女の後ろ髪があった。
「リリー」
その呼びかけに、歌声が固まった。
少女が振り返り、驚きに見開かれた緑の瞳がシオを見た。
「な、なんで⁉」
ゆっくりと下りてくる薄布に合わせて、シオはスルリと身を内側に滑り込ませた。
目の前に突然現れたシオを見て、リリーは口をパクパクさせている。
「か、隠し扉、ちゃんと、閉めたはずなのに……!」
「えっと……すみません」
シオは素直に頭を下げた。
「花瓶を借りようと思ったら、偶然……」
秘密を暴くつもりなどなかった。それを示すように、籠をちょっと上げてみせる。
花束が横たわる籠とシオを見て、リリーは眉をキュッと寄せた。
「勝手に花瓶を持ち出そうとしたの?」
剣呑な光が灯った目でシオを見る。
「使用人はあのキャビネットの中身を動かしてはいけない決まりなのよ? まさか知らなかったの?」
尖った声に、シオはけろりとして答える。
「新人なもので」
ふてぶてしさすら感じる態度に、リリーは何かを言おうと息を吸い込んだが、結局、言葉にはならず、呆れたように息を吐いた。
「はぁ。ここに来た使用人は、あなたが初めてよ」
そう言うと、リリーはシオに背を向け、部屋の中央へ向かった。
(思ったより広いな)
半ドーム状の屋根にあたるこの部屋は、小さな図書室のようだった。曲線を描く壁は本棚になっていて、びっしりと本が詰まっている。
屋根裏部屋唯一の窓は、このドームの天窓で、今は外側に開け放たれていた。本棚の壁に立てかけられた長い梯子は、おそらく高い場所の本を取るためだけでなく、天窓を開ける際にも使われているのだろう。
そこから差し込む光は、半円形の室内の真ん中――二人用の丸テーブルに降り注いでいる。
テーブルの中央には、何も生けられていない花瓶がぽつんと置かれていた。リリーはそれを手に取る。
「花瓶ならこれを使って良いから、早く仕事に戻ったら?」
「ありがとうございます」
そう言いながら、シオはリリーに近づくが、花瓶を受け取ろうとはしない。
「でも戻れません」
「え?」
「これをお嬢様に届けるのが仕事だからです」
そう言って、シオは自分が持っていた花瓶をテーブルに置いた。
リリーは当惑した表情を浮かべる。
「ミモザ? 私に?」
リリーは手にしていた空の花瓶をテーブルに置き、シオとミモザの花を交互に見る。しかし、すぐに疑うような目をシオに向けてきた。
「もしかして、またあの子のから――」
「違います!」
シオは首を振り、慌てて否定する。
「私からです。こっちの花束は、庭師から、お嬢様に」
そう言って、シオは籠をテーブルに置く。リリーは驚いたように目を瞬かせた。
シオは一つ呼吸を整えると、静かに尋ねる。
「お嬢様、花が好きでしょ?」
シオの言葉に、リリーは目を見張った。そして、シオから顔を背けると、唇をすぼめる。
「別に、好きでもないわ。ただ――」
そこまで言って、リリーは言いよどんだ。言葉を探すように、目を伏せ、口をつぐむ。
(まただんまりか?)
シオがそう思った時だった。
――ピーチチチチチ
天窓から、風に乗って鳥のさえずりが運ばれてきた。リリーが小鳥の声に引かれたように、パッと顔を上げる。
その時、シオと目が合った。
シオの凪いだ瞳がリリーを捉える。
リリーは一瞬、身じろいだが、結局観念したかのように、ため息と共に言葉を吐き出した。
「花は、おばあちゃんが好きだったのよ」
「25.秘密②」おわり。「26.秘密③」につづく。