19.リリーの部屋②
――シャッ‼
「ちょっと何⁉ いきなり開けないでよ‼」
寝台の上には、大量のクッションに突っ伏したリリーの姿があった。
こちらを見もしないで不服の声を上げるリリーに、シオは仏頂面で軽く頭を下げる。
「それは失礼しました。お返事がなかったので」
「なんですって⁉」
リリーはわずかに顔を上げ、シオの姿を認めると鬱陶しそうに顔をしかめた。
「……あなた、さっきの新人じゃない。何の用?」
「夕飯までの間、おしゃべりでもどうかと思いまして」
「そんなの要らないってさっきも言ったでしょ⁉」
リリーはスパッと言い放つと、シッシと野良犬でも追い払うような仕草をしてみせる。
予想通りの反応に、シオは溜息をつきたくなった。
すると、
「それ……あなたが摘んで来たの?」
リリーがスッとシオの右手を指さした。
「あ、これ?」
シオはタンポポの花束を顔の横に掲げる。
「これは――」
「ダメよ! そんな風に握ったらすぐに枯れちゃう。花が可哀想だわ」
リリーから飛び出した予想外の言葉にシオは驚く。
(花を労る心はあるんだ)
シオの感心をよそに、リリーはベッドから素早く起き上がると、机の上に置いてあった空の花瓶を持ってきた。
ゴブレットの形のような小ぶりなもので、側面に縦模様が刻まれている。それ以外の装飾はない。白色のつるりとした質感は、生けた草花をより活き活きと魅せそうだ。
「何ボケッとしてるの? これに水を汲んで挿しておいてちょうだい」
「あ、はい」
花瓶を押しつけられ、シオは慌てて受け取った。
リリーは出窓に視線を送る。
「窓際にでも飾っておいて。……いつも、そこに置いてくれてたから」
窓から入る西日に照らされ、その横顔はどことなく寂しげだった。
「花、好きなの?」
シオの質問にリリーは一瞬口ごもる。
「別に? ただ――っ⁉」
リリーがシオに顔を向けた瞬間、その表情が強ばった。
(え?)
否、リリーの視線はシオを飛び越え、部屋の入り口に向けられている。
パッと振り返ると、扉がいつの間にか少し開いており、ポポが顔を覗かせていた。
「ポポ! 待っててって言ったのに……!」
「なんだ、そういうこと」
感情を押し殺した声。
ハッとして振り返ると、リリーの煮えたぎる瞳がシオを射抜いた。
「っこ、これは――」
「それを私に近づけさせないで! 一緒に出て行って‼」
リリーはシオの背中を押し、部屋の外へと追い出しに掛かる。
シオは慌てて扉にしがみつきながら、リリーに向けて花を差し出す。
「ちょっ、待っ‼ せめて花だけでも――」
――パシンッ!
リリーはシオの手を払いのける。廊下に黄色い花が四散する。
「それが摘んだ花なんていらないわ!」
リリーはポポを睨み付けると、シオの鼻先で乱暴に扉を閉めた。
――バタンッッッ‼‼
空気が大きく震え、一転して廊下は静まり返る。
シオは、知らず知らずのうちに詰めていた息をそっと吐いた。
「……ごめんね、ポポ。失敗しちゃった」
「ぽぉ……」
元気のないポポに、掛ける言葉を思いつかない。
シオは身をかがめると、廊下に散らばったタンポポを拾い集める。
(途中までは良かったと思うんだけど)
ポポを目にした瞬間、リリーの態度は明らかに変わった。
「ぽぉ」
ポポも花拾いを手伝ってくれるらしい。一輪口にくわえて持ってきてくれた。
「ありがとう」
シオはポポの頭を撫でて、花を受け取る。
(リリーは何でポポを嫌うんだろう? ううん、あの態度はどっちかっていうと、遠ざけたい……?)
なぜ、そんな態度を取るのか。
シオは、自分を見上げるつぶらな瞳を見ながら思いを巡らせた。
「19.リリーの部屋②」おわり。「20.リリーの部屋③」へつづく。




