17.部屋案内②
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「はい、もう動いても良いわよ~」
ホッと息を吐いて救急箱を片付けるポーラの横で、シオは箒を仕舞いながら、ベンに呆れた視線を送った。
「ちっ、大げさなんだよこんなにしやがって」
ブツクサと文句を垂れるベンは、唇をひん曲げて、大層不機嫌な顔で木箱に腰掛けている。その左手首と右の手のひらには包帯がグルグル巻きにされていた。
「これじゃあ包丁が持てねぇじゃねぇか」
ベンの言葉にポーラが目を吊り上げる。
「外したらもっと厚く巻き直しますからね」
「じゃあどうやってメシ作れってんでェ! まだスープしか作り終わってねぇんだぞ!」
ベンが立ち上がって抗議するも、ポーラは素っ気ない。
「全くもう、だから他にも料理人は必要だって言ったじゃありませんか」
「えっ⁉ 他の料理人の方はいないんですか?」
ゴミを捨て終えて戻ってきたミハルが、驚いたように声を上げる。
ポーラは困ったように頬に手を当てた。
「そうなのよ~。ベンのせいでねぇ~」
「けっ、俺のせいじゃねぇよ。近頃の奴が根性無しなんでェ」
「あなたが偏屈すぎるんです」
ポーラはベンの鼻先に指を突き立てる。
「少しは妥協を覚えてくださいな。もう若くだってないんですし、弟子の一人や二人や三人、取った方が良いんじゃないかしら~?」
「お、俺だって、弟子くらいなぁ、考えてねぇわけじゃあ・・・・・・」
ベンはしどろもどろになって木箱に座り直す。ポーラは深い溜息をついた。
「それにしても困ったわねぇ。他の使用人に料理人経験者はいないし、かといってベンに作らせるわけにもねぇ・・・・・・」
その時、シオにひらめきが生まれた。
「だったらミハルを使えば良い」
「えっ⁉」
「ミハルくんを?」
「小僧を?」
ギロっと睨まれ、ミハルはアワアワと口を動かす。
「何言ってるのシオ⁉」
ミハルは小声でシオに詰め寄る。
シオはけろっとして言い返す。
「だってミハル、料理人経験あるし」
正確には料理人ではなく、工房の家事と雑務処理係だが、料理はミハルの仕事のうちなので嘘ではない。少し解釈を広げただけだ。
それに、親方の元にいたときも、食事係を任されていた。きっとアリソン家全員分の食事を作ることなど朝飯前だ。
「腕は私が保証する」
グッと親指を立ててみせるが、ミハルは真っ青な顔で首を振る。
「いやいやいや! 何言ってるの⁉ うちとは色々とレベルが――」
「あら~! ミハルくん、お料理できるの⁉」
食い付いてきたポーラにシオは自信満々で頷いた。
「はい、しかも手際も味も一級品」
「シオっ⁉」
「あら~! だったらここ頼んでも良いかしら~?」
「勝手に決めるんじゃねェ!」
トントン拍子に進む話にベンが吠えた。
「そんなよく知りもしねェ奴に俺の厨房を任せられるわけ――」
「そんなこと言ったって、旦那様にスープしかお出ししないわけにはいかないでしょう?」
ポーラの言葉にベンは押し黙る。
「いや、でも、僕なんか大した物作れないし、他の人を探してきた方が・・・・・・」
会話が途切れたのを良いことに、ミハルが何とも弱気な発言をする。シオはそんなミハルの背中をパシパシと叩いた。
「そんなことない。ミハルならビシバシしごいても大丈夫だし、身も心も頑丈だから、ここで使うには打ってつけだと思う」
ここで遠慮は必要ない。事実を告げただけなのに、ミハルは血の気の引いた顔を引きつらせた。
「ちょっ、シオ・・・・・・⁉」
興味を引かれたらしいベンがミハルを見据える。
「おい、小僧。手ェ出してみろ」
「はっ、はいっ!」
ミハルは反射的に背筋を伸ばして、手のひらを正面に向けて突き出した。ベンは鼻先すれすれまで近寄って、手のひらじっくり見てから頷いた。
「良いか小僧。俺の言うことは絶対だ。勝手にレシピ変えたりすんじゃねェぞ」
「は、はひっ‼」
どうやらベンの審査をクリアしたらしい。
と、ミハルがこちらにじっとりとした目を向けてきた。
一人では不安だ、とでも言いたいのだろう。
(仕方ないな)
シオは微笑みを湛えて頷くと、スッと手を挙げた。
「私も――」
「あら、シオさんはこっちよ」
手伝いを申し出ようとした手をポーラに掴まれてしまった。
「じゃあ後はよろしくね~」
「えっ⁉ ここに僕一人・・・・・・⁉」
「え。あの・・・・・・」
そのまま厨房の外へと引っ張り出される。
「私達がいても邪魔になるだけだもの。私達は私達の仕事をしましょうね~」
シオの反論を予測したのか、ポーラが先回りして釘を刺す。
「シオさんは予定通り、お嬢様のところに行ってくれるかしら~?」
屋敷の案内が終わったら、お嬢様付き世話係としてリリーの元に行くことになっていた。そのことをポーラの言葉で思い出す。
しかし、
「・・・・・・私一人で?」
ミハルがいればこそ何とかなると思っていたのに。
信じられない思いでポーラを見ると、ポーラは優しく微笑んだ。
「大丈夫よ~。夕飯まで、ちょっとおしゃべりしていればいいだけだもの~」
そのおしゃべりがどれほどハードルが高いか、このメイド長は分かっているのだろうか。
「私も、旦那様にミハルくんのことを報告したら向かうから、心配しないで先に行ってちょうだい~」
シオの心中を察してか、ポーラはそう付け加えると、あっという間に廊下の奥へと姿を消してしまった。
「しょうがないか」
ミハルを差し出したのは自分だ。ここは一人で頑張るしかないだろう。
シオはよしと気合いを入れると、リリーの部屋に向かって廊下を歩き出した。
「17.部屋案内②」おわり。「18.リリーの部屋①」につづく。




