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守護像職人  作者: 猫松ぺ子
第2話 守るもの、守られるもの
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12.新たな依頼②

「私にとっても、ポポはずっと共に暮らしてきた大切な家族です。ポポが望むのであれば、それを叶えたいのです」

 

 会長がポポを見る。その眼差しは、我が子を見るような、兄を見るような、父を見るような、深い思いやりの色に満ちている。


 しかし、と会長は目を伏せた。


「問題は、リリーがポポのことを完全に拒絶していることなのです」

「守護像職人のお嬢さん」


 夫人は困ったように眉根を寄せながら、とんでもないことを言い出した。


「うちに来ていただけません?」

「はぁ⁉」

 

 またしても、思わず声が出てしまった。

 

 この夫婦は突拍子もないことを言い出さずにはいられないらしい。

 

 夫人のこの言葉には、クロードも驚いたようだ。クロードは若干の警戒心を滲ませながら質問する。


「え、すみません。それはどういったご用件で……?」


 夫人は、膝の上に座るポポをゆっくりと撫で、吐息と共に言葉をこぼす。


「先程の、お嬢さんと守護像の猫ちゃんの姿を見ていて、思ったのよ」


 シオと、そしてシオの隣に座るテトに見る。


「言葉の通じない守護像と心を通わせているあなたなら、頑なになってしまったリリーの心をほどけるんじゃないかって」


 夫人はどこか眩しそうに目を細めた。


 きっと、藁にもすがるような心境なのだろう。期待と不安で揺れる瞳がシオを射抜く。

 

 シオは居心地の悪さに身じろいだ。


(守護像相手じゃなきゃ、私にできることなんてないと思うんだけど)


 すがるような目を向けられても困惑しかない。


 そんなシオの心境を察してか、会長は膝の上で指を組み、シオを見た。


「職人のお嬢さんに何をしてほしいということはないのです。ただ我が家に来てもらうことで、現状を切り開くきっかけになれば、と……」


 会長の言葉に、夫人が頷き、加勢する。


「同年代の子が近くにいると分かるだけで、あの子も落ち着くかもしれないもの」


 その言葉に、シオは眉をひそめる。


「同年代っていっても、私の方が七つも上だけど?」

「問題ないわ。なにせ、我が家の使用人で一番若い者でも、お嬢さんの倍以上の年齢ですもの」


 七歳くらい同年代の範囲内だわ、と朗らかに告げられ、シオは目論見が外れて閉口した。


(年が離れすぎで力不足だと判断されるかと思ったのに……)


 口を閉ざしたのを好機と捉えたのか、夫人と会長がシオに畳み掛ける。


「来ていただけません? 職人のお嬢さん」

「リリーが落ち着きを取り戻せば、ポポの望み通り、あの子と契約させてあげることもできるかもしれませんし」

「どうか、ポポの願いを叶えると思って……!」


 だんだんと前のめりになってくる二人からシオは身を引く。


(その言い方は卑怯だろう)


 シオの眉間に深い皺が刻まれる。


 悲劇のヒロイン気取りのワガママ娘のことなど、放っておけば良いと思う。どうせ、誰も構ってくれなくなれば、寂しくなって自分から心を開くだろう。


 しかし、ポポを引き合いに出されてしまっては黙っているわけにもいかなかった。


(私としては、ポポを乱暴娘の元へ送りたくなんてないんだけど……)


 チラッと夫人の膝のポポを見る。


「ポポ」


 職人として、するべきことは。


「本当に、本当の本当の本当に、リリーと契約したいって思っているの?」

「ぽぽぽぽぉ‼」

 

 夫人の膝の上でぴょんっと立ち上がると、ポポは嬉しそうに翼を動かして、二人の間にあるテーブルへと飛び乗った。瞳がキラキラと輝いている。


「リリー以外との契約は?」

「ぽぽぉ……」


 シオの言葉に、ポポの瞳から輝きが失われる。


 ぱたり、と翼が力なく下を向き、垂れている目が、さらに寂しそうに垂れ下がった。


「ぽぽ?」

「うっ……」


 懇願するように、少し上目遣いでこちらを見てくる。こうすれば、陥落しない者はいない、と分かっているようだ。年代物の守護像だ。長年の経験と知識で身につけた技だろう。


 シオは目をつむって、考える。


(……正直、私が行ったところで何が変わるとも思えないんだけど……)


 シオは大きく息を吸って、意を決して目を開けた。


「分かった。私、アリソン家に行く」

「シオ君?!」

 

 隣で素っ頓狂な声が上がる。意外な選択としてクロードの目には映ったようだ。


 しかし、シオにとって、これ以外の選択肢はなかった。


「私は守護像のことが第一なの。だから、守護像であるポポの意志を尊重する。ポポがリリーとの契約を望むなら、私はその橋渡しをしたい」


 きっぱりと言い切る。これは嘘ではない。嘘ではないが、心の奥には別の思いも秘めていた。


(守護像を傷つけたことについて、一発お見舞いしたいって本心もあるんだけど)


 そんなシオの心など知らない会長夫妻は、歓喜して、立ち上がる。


「ありがとうございます、職人様!」

「最大限おもてなしさせていただくわ!」


 交互にシオの手を取る会長夫妻を、クロードが慌てて押しとどめた。


「ちょ、ちょっとお待ちください。アリソン様!」


 ガタッと立ち上がって、夫妻に切実に訴える。


「うちの工房の職人は、シオ君しかおりません。彼女がいなければ、工房は潰れてしまいます」

「でも、次の受け渡しまでだいぶ余裕があるでしょ?」


 シオの記憶では、直近一ヶ月以内に引き渡さなければならない守護像はない。


「一週間くらいなら平気だと――」

「ですがね、シオ君」


 ガシッと肩を掴まれる。


「シオ君は我が工房唯一にして絶対の、大切な職人ですよ? それをおいそれと貸し出すわけには――」

「あら、ちゃんとお礼は致しますわ」


 夫人の言葉に、クロードがシオの肩から手を離す。


 夫人の言葉に加勢するように、会長が付け加える。


「彼女が抜けると何かと大変でしょう。その分、こちらでカバーはさせていただきますよ」

 

 会長の言葉に、クロードは思案するように口元に手をやり、天井を仰ぎ、そして渋々、といった様子で頷いた。


「そういうことでしたら……まぁ、一週間ほどでしたら」


 しかし、その唇の端がわずかに上向いていたのをシオは見逃さなかった。


 どうやら、金になりそうな空気を察して、シオを出し渋ったフリをしただけらしい。つくづくがめつい男だ。

 

 自分が売られるような居心地の悪さをシオが感じている中、クロードと夫妻によるシオ貸出手続きはあっという間に完了したのであった。





 そして翌日、工房に一台の馬車が横付けされた。


 美しい黒い馬の二頭立ての四輪箱型馬車で、御者台には執事のセバスチャンの姿がある。


「準備はよろしいですか? 職人様」

 

 馬車の扉を開けるセバスチャンに、シオは力強く頷いた。

 

 これから一週間、工房とはおさらばだ。


(全てはポポのために)


 シオは決意を胸に馬車へと乗り込んだ。

「12.新たな依頼②」おわり。「13.アリソン邸へ」につづく。

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