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守護像職人  作者: 猫松ぺ子
第2話 守るもの、守られるもの
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11.新たな依頼①

 立ち話というわけにもいかず、店と繋がっているクロード専用の応接室へと場所を移すと、タイミング良くミハルがやって来た。


「良かったらどうぞ~」


 ソファに腰を落ち着けた面々の前に、トレイに載った紅茶入りカップを並べていく。どうやら裏で事の次第を聞き、準備をしていたようだ。


 アリソン商会会長とポポを膝に乗せた会長夫人は、沈んだ顔で目の前に置かれるカップに視線を落とす。


「お口に合うか分かりませんが、これも良ければ~」


 出来た嫁のような言葉を吐きながら、ミハルがテーブルに置いた物を見て、シオの瞳孔がカッと広がった。


(雪玉クッキー!)


 ローテーブルの中央に鎮座するのは、見ただけで唾液が倍増するミハルお手製のクッキーだ。粉砂糖がまぶされた球体のクッキーで、口に入れた瞬間、淡雪のようにほろほろと優しく崩れ、ほっぺも蕩ける逸品だ。


 思わずゴクリと喉が鳴る。


 チラリと対面に座る会長と夫人を見れば、どちらから話を切り出すか目配せし合っている。執事のセバスチャンはただ壁際で控えるだけだ。シオの隣に座るクロードも、夫妻の出方を見計らっている。


 まだ話の口火を切る者はいない。


 お茶菓子を運んできたミハルは、早々に部屋を後にしている。

 

 咎める者はいないだろう。


 シオは、そろり、そろり、と何気なくお菓子へと手を伸ばしたのだが、


「なぁう~」


 ペシン、とクロードとは反対側に座るテトに腕を叩かれてしまった。


 仕事中に何事か、と言いたげな瞳がこちらを見つめている。

 

 シオは口元に手をやって、声を潜めて抗議する。


「一枚くらいなら良いでしょ?」

「なぁう!」

「ちょうどおやつの時間だし」

「なぁう~っ!」

「誰も気に止めはしないよ」

「ななぅなぅっ!」

「シオ君、お客様の前ですよ?」


 クロードからの冷たい一撃に、シオとテトは慌てて口をつぐんだ。小声でやりとりしていつもりだったが、だんだんと声が大きくなってしまっていたようだ。


「申し訳ございません。なにぶん新米な者でして」

「いえいえ、お気になさらず」


 クロードの謝罪を会長はやんわりと受け止める。


 すると、テトが非難するような瞳を向けてきた。クロードからたしなめられたのは、シオのせいだ、と言いたいらしい。


 シオとしては心外だ。テトにも非はあると思う。


 シオとテトが、視線による無言の応酬を繰り広げていると、


「ふ、ふふふ」


 どこからともなく、くぐもった笑い声が聞こえてきた。


「?」


 ふと顔を上げると、目の前に座る会長夫人がこちらを見ていた。


「仲が良いのね、あなたたち」


 先程まで暗い顔で思案していた会長夫人の目元には、憂いを帯びた微笑が漂っていた。


「思い出して、つい笑ってしまったわ」

「そうだね、少し前のポポとあの子を見ているようだよ」


 隣に座る会長も、懐かしそうにシオとテトを見る。しかしその瞳には、違うものが映し出されているようだった。


「あの子、って?」


 シオの疑問に、一瞬、二人の顔に影が走る。


「……私達の娘、リリーです」


 重たそうに口を開いたのは、会長だった。


「今年十になる一人娘で、ポポとは兄妹同然でして……」

「えぇ、本当に仲が良くて、前はいつも一緒でしたわ」


 夫人も頷く。その言葉に反応を示したのはクロードだった。


「でした、というと……?」


 クロードが神妙な面持ちで尋ねる。


 その言葉に、会長は重たい息と共に言葉を紡いだ。


「母の――リリーにとっては祖母ですが……例の事故で亡くなってからというもの、酷く塞ぎ込むようになりまして……仲の良かったポポも近づけさせないほどで……」


 会長は、一度紅茶で唇を湿らすと、酷く暗い顔をする。


「近づこうものなら、手当たり次第、物を投げつける始末で、私達もほとほと手を焼いておりまして……」


 辛そうに言葉を切った会長に代わって、夫人が会話を引き継ぐ。


「……実は、ポポの耳も、娘が投げた物が何度も当たって欠けてしまったようなのよ……」


 夫人が膝に乗せたポポの耳を撫でると、ポポはくすぐったそうに身をよじった。


 シオの顔に嫌悪の色が滲む。


(ポポの耳は娘のせい?)


 思いもしなかった原因だ。しかも、その事実を悪びれた様子なく平然と言ってのける夫人の神経も信じられない。この様子では、娘を叱ってさえいないのだろう。


 守護像へ暴力を振るった、会ったこともない小娘(クソガキ)に、ふつふつと怒りがこみ上げてくる。


「お話というのは、このことを公にしないでほしい、ということでしょうか……?」


 クロードがおずおずと尋ねる。商人にとって評判は大切だ。もちろん、ご子息ご令嬢の評判も。

 

 しかし、会長は緩やかに首を振る。


「最初はそのつもりでしたが、話というのはそのことではありません」


 会長のきっぱりとした物言いに、クロードが明らかに肩を落とした。きっと口止め料でも期待していたのだろう。お金が好きなクロードらしい。


 会長はクロードの落胆など気が付かず、深刻な面持ちで話し始める。


「ポポの次の契約主のことなのです。我が家では代々、会長となる者がポポを継承してきました。本来なら、私が受け継ぐ番です。しかし……」


 一呼吸置き、会長はとんでもないことを口にした。


「ポポは娘との契約を望んでいるのです」

「はぁ⁉」

 

 思わず声が出てしまった。隣でクロードとテトも固まっている。

 

 シオはジトッとした目で会長を睨め付ける。


「今、なんて?」

(ポポが暴力娘と契約したがっている?)


 馬鹿も休み休み言って欲しい。クロードも若干顔を引きつらせ、


「あの、ご冗談……では……?」


 恐る恐る、と聞いてみるが、会長は首を横に振った。


「残念ながら」


 シオは、夫人の膝に座るポポに視線を送る。


「本当?」

「ぽぉぽぉ‼」

 

 嫌になるくらい元気の良い返事だ。シオは頭を抱えた。

「11.新たな依頼①」おわり。「12.新たな依頼②」につづく。

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