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守護像職人  作者: 猫松ぺ子
第2話 守るもの、守られるもの
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9.修復作業 後編

「どう?ポポ、好みの砂はある?」

 

 シオはポポに声を掛ける。


「な~な?」

 

 テトも気を取り直したようにポポに声を掛け、ポポの姿を目で追っている。

 

 ポポは小瓶の間を短い足で器用にすり抜け、スンスンと匂いを嗅いでいたかと思うと、やがて一つの小瓶の前で足を止めた。


「ぽぉぽぉ‼」

 

 ポポはツンツン、とその小瓶を鼻で突く。


「それがいいの?」

「ぽぉ‼」

 

 その小瓶には、白色の奇石の砂が入っていた。タグを見なくても、瞬時に造った守護像の姿が思い起こされる。


(手乗りサイズの、フクロウ型の子の砂だ)


 元が小さかったので砂も多いわけではないが、ポポの小さな耳を直すくらいであれば使っても問題ないだろう。


「ポポの翼と色合いが似てるね」


 コルクを開けて中身を手のひらに出してみる。日の光に当てるとキラキラと輝きを放ち、まるで雪のようだ。


「ぽぽぉ‼」

 

 ポポは嬉しそうな声を上げる。これで決まり、ということらしい。

 

 近寄ってきたテトが検分するようにシオの手に乗せられた砂に鼻を近づける。


「どう?」


 一応、意見を聞いてみると、


「なうん」


 ひょい、と顔を上げたテトは、使って良し、と言うように胸を張った。


「テトのお墨付きももらえたことだし、これでポポの耳を直すからね」


 シオは木箱からパレットを取り出すと、手の上の白い砂を乗せた。


「ちょっと待っててね」

「ぽぉ」


 ポポに声を掛け、シオは机の横にあるチェストからガラス管とインク瓶を取り出した。瓶の中身はもちろん、虹インクだ。


「なうなぁ」


 こぼすなよ、というように、テトが身体を引く。


「失礼な。そんなにしょっちゅうこぼしてないでしょ」


 シオは少し唇を尖らせながら、インク瓶の蓋を開け、ガラス管の先端を少しだけインク瓶に浸す。


「ぽぽぉ?」

「こうやってー」


 テトとは対照的に、ポポは興味深そうにシオの手元をのぞき込んでくる。


「虹インクを適量、奇石の砂に垂らして……」


 ガラス管の上部を指で塞ぎ、パレットの上で指を離す。ガラス管の中に入っていた虹インクがパレットの砂の上へと流れ出た。


 奇石の砂が、虹インクを吸って色が変わる。


「練っていけばー」

 

 小さな木べらでネリネリ、と虹インクと砂を混ぜ合わせていく。白い部分と虹色の部分が徐々に混ざっていき、白っぽい虹色になった。貝殻の内側のような光沢だ。


「パテの完成!」


 パレットの上には、虹インクと奇石の砂を混ぜ合わせた粘土状のパテが出来上がった。これが欠損部分を埋める材料となる。


「ポポ、ちょっとジッとしててね」

「ぽぉ?」


 シオはポポの耳へと手を伸ばす。


 昨日、ヤスリ掛けをしておいたおかげで、表面はツルツルとしている。これならすぐにパテが剥がれる心配もなさそうだ。


「なう?」


 テトが先の細い筆を口にくわえ、持ってきてくれた。助手をしてくれるらしい。


「ありがとう、テト」


 テトから筆を受け取り、虹インクに浸す。


「動かないでね?」


 ポポに声を掛け、欠損部分に虹インクを塗布していく。これがパテを欠損部分に固定する接着剤の役割を果たすのだ。


「ぽぉぉ~っ」


 ポポは毛先がくすぐったいのか身をよじらせる。


「ダメだって」

「なんなぁ‼」

 

 テトが動くな、というようにポポをたしなめ、身体を後ろから押さえつけてくれた。


「ナイスアシスト!」


 テトがポポの動きを封じてくれている間に素早く作業を済ませてしまおう。


 シオは表面にまんべんなくインクが付いたことを確認し、パレットから木べらを使ってパテを適量取ると、ポポの欠けた部分をパテで埋めていった。


「ひとまず、こんなものかな」


 少し多めに塗りおえ、シオが手を止めるのと同時にテトがポポの拘束を解く。


「ぽぽぉ??」

「あぁ、触っちゃダメ」

 

 ポポが前足で器用に耳に触れようとするので慌てて押さえた。


「乾くまで、触っちゃダメだから」

「ぽぉ~お」


 頷くポポを信じて手を離す。


 そうは言っても気になるようで、耳をパタパタと動かすポポに、テトが半眼を向ける。


「なぅんなぁん」


 呆れたような声音に、ポポが動きをピタッと止め、テトに向き直る。


「ぽぽぉぽぉ!」


 ポポは何やら憤慨するように、前足で地団駄を踏みながらテトに訴えている。


「なーうぅ!」

「ぽぉ⁉」

「今日はここまでかな」

 

 言い合いをすることですっかり耳のことを忘れたらしいポポを見て、シオはパレットを机に置いた。

 

 パテは1日もあれば完全に乾燥する。


 乾いたら、不要な部分をヤスリで削り、さらにパテを上乗せし、ヤスリで形を整え、というのを何度も繰り返して元の耳の形へと整えていくのだ。


 欠片があればパテを間に挟んで接着するだけなので、2、3日で終わらせることができる作業も、欠損部分を成形するとなると1週間は時間が必要だった。


「それにしても……」


 ぽつり、と考えても答えが出ない問いが口からこぼれる。


「どこでそんな傷を負ったの……?」


 ポポを連れてきた老紳士のことを思い出す。


 アリソン家の執事らしいが、だからといって悪に手を染めないとも限らない。


 会長が亡くなった混乱に乗じ、ポポを屋敷から連れ出して売り払うことも不可能ではないだろし、その拍子にポポに傷が付いたと考えれば、欠片がなかったこともうなずける。


(あのご老人が悪人でなければいいけど)


 そんなことを思いながら、シオがインク瓶を片づけ始めた時だった。


「シオー?」


 ミハルの声に、シオとポポ、そしてテトの動きがピタッと止まる。


 そして、返事をする前に無遠慮に扉が開け放たれた。


「おやつ用意したけど食べるー? って何これ⁉」

 

 工房へ入ってきたミハルは室内の光景に思わず足を止めた。

 

 工房の床には、中身の入っていない木箱が散乱し、作業台や机の上は砂が入った小瓶で埋め尽くされている。


「ちょっと、シオ⁉ 一体どういうことなのこれは!」

 

 室内のあまりの様子にミハルが腕を組む。

 

 遊び散らかした子どもを叱るような物言いに、シオはしかめ面になった。


「ポポの修復に必要だったから持ってきただけ」

「だけじゃないでしょ!」


 ミハルはビシッと室内を指さす。


「僕、この間、やっと奇石の砂を年代別に分けたところだったんだよ⁉ それなのにもうめちゃくちゃじゃない!」


 ミハルの声がキンキンする。


 シオはムッとしながら両手で耳を塞いだ。


「戻せばいいでしょ。そんなに怒らなくても」

「シオ、これ分類するのにどれだけ時間掛かったか分かってないでしょ⁉ もぉ~!」

「じゃあ、私は一仕事終えたから休憩することにする」

「あっ、シオ‼」

 

 シオはポポとテトを胸に抱くと逃げるように工房を後にした。


「後でこれ片づけるの手伝ってよね~‼」


 工房からミハルの叫びが聞こえたが、聞こえなかったことにした。

「9.修復作業 後編」おわり。

「10.対峙」につづく。

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