6.依頼人とポポ②
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「大変お待たせいたしました。こちらが我が工房の職人でございます」
クロードの紹介に、シオはペコリと頭を下げた。
「シオです」
「これはこれは、職人様」
テトがちょこんと座るカウンターを挟み、丁寧な言葉遣いでシオを出迎えてくれたのは、灰色のダブルスーツに身を包み、丸眼鏡を掛けた老紳士だった。右手には中折れ帽を持っている。
「お忙しいところ恐れ入ります」
そう言って帽子を持った手を胸に添え、頭を下げる老紳士は、口元に微笑みを絶やさず柔らかな物腰だ。目尻に刻まれた皺が、優しげな雰囲気を一層強くしている。
品の良さがにじみ出ている。この人もどこぞの富裕層なのだろう。ジョージ爺とは偉い違いだ。
「シオ君、随分と時間が掛かりましたね……」
客人と向かい合っていたクロードがその顔に営業スマイルを貼り付けたまま、シオにこっそりと耳打ちをしてきた。
そしてチラッと店と工房が繋がる出入り口へと視線を送る。
様子をうかがっていたミハルがビクッと肩を跳ね上げて、スススと奥へと消えていったのがシオの目の端に映った。
「これでも急いだんだけど?」
シオもコソッと返してから、目の前の客人に向き直る。
「今日はどういった御用件で?」
分かっていながらしれっとすました顔でシオは尋ねる。
「実は、我が家の守護像を治していただきたく……」
お客人は一度しゃがみ込むと、カウンターの上へとそれを乗せた。
「お願いできますでしょうか」
そう言って差し出された守護像の姿に、シオの目がカッと見開かれた。
「ポポと言います」
「ぽぉ?」
「な……っ‼」
シオの光線のような視線をポカンとした顔で受けたのは、薄桃色が可愛らしい、ぽってりとした体型のブタ型の守護像だった。
隣に並ぶテトと同じくらいの大きさなので、本物のブタよりだいぶ小柄だ。
そして本物のブタと違う点があと2つー背中に生えている小さな翼と、葉っぱの形をした小さな耳だ。
シオの頬が上気する。わなわなと震える手を差し出しながら、シオは守護像―ポポに詰め寄った。
「なんて可愛らしい守護像……‼ 翼なんて羽根が一枚一枚丁寧に彫り上げられてるし、よく見れば桃色から白色へ見事なグラデーションになってる⁉ 匠の技以外の何ものでもない……!」
「ぽぽぉ?」
「はあぁぁぁぁ垂れ気味のつぶらな瞳……心臓えぐられそう……」
はぁはぁと息を切らしながらポポを見つめるシオに対し、
「なうなぁ!」
テトは冷ややかな視線をシオに投げ、不機嫌そうに二叉の尾でシオの頬を叩いた。
殴られたような衝撃が走る。
「あぅっ⁉」
「なんな!」
仕事しろということらしい。悶絶するシオにお客人が声を掛ける。
「しょ、職人様……? だ、大丈夫ですか……?」
お客人も突然の出来事に驚いたらしく、怯えながらも心配されてしまった。
「どうもお見苦しいところをお見せいたしました。なにぶんこの新米は、守護像のこととなると見境がなくなりまして」
お恥ずかしい、とクロードが苦笑し、まだ痛みにのたうち回るシオに向け、黒い笑みを浮かべた。
「それでシオ君? 守護像はどんな塩梅ですかね?」
さっさと仕事しろという圧を受け、シオは痛みで痺れる頬をさすりながら一つ咳払いすると、改めてポポを見た。
「だいぶ古い守護像みたい」
シオはポポの左前足を注視しながらつぶやく。造った職人のサインが垣間見えたが、だいぶ薄くなっていた。
「代々、家長を守ってくれている大切な家族です」
その言葉にシオは納得する。
年代物の守護像ということは、造った職人はとうにこの世を去っているだろう。
時が経ち、造った職人と同門の者を探すことすら難しいのかもしれない。だから縁もゆかりもないシオの元へこの守護像を持ってきたのだろう。
「耳が一部欠けてるけど」
シオはそっとポポに手を伸ばした。
葉っぱの形をした小さな耳、その左耳だけが虫食いにあったかのように端が欠けていた。割れた断面を優しく撫でる。
「ここの修理依頼?」
ポポはくすぐったそうに翼をパタパタと動かしている。
「欠片はある?」
「え、あ、欠片ですか?」
お客人は明らかに動揺したように目を泳がせた。
「それが、そのぉ……なくして、しまいまして……」
困ったように笑うお客人に、シオは不審げに眉をひそめた。
(……大切な家族なのに、欠けてしまった身体の一部をなくしたりする……?)
一度膨らんだ疑惑はさらなる疑念をシオにもたらす。しかしそれを口にするのは躊躇われた。
「もしかして、欠片がないと修理はできませんか……?」
急に口をつぐんだシオを、修理のことで逡巡していると思ったのか、お客人が不安げに尋ねてきた。
「あぁそれは大丈夫。欠片なくても修理依頼、引き受けるから」
その言葉にお客人は安堵したように息を吐いた。その後ろではクロードが息を呑んだ気配を感じたが、あえて無視を決め込む。
「1週間もあれば修理が終わるから、また来てくれる?」
「ありがとうございます!」
お客人は嬉々としてシオの手を握り、よろしくお願いしますと深々と頭を下げると、連絡先を置いてそそくさと店を出て行ってしまった。
「ちょっとシオ君?」
クロードが怒気をはらんだ声でシオを呼ぶ。
シオはうんざりした顔で振り返ると、クロードは腕を組んでシオを睨んでいた。
「何だって引き受けてしまったんです? 私はシオ君に職人的立場から丁重にお断りしてもらおうと思って呼んだんですよ?」
やっぱりか、とシオは内心頷いた。
シオだって最初は断ろうと思っていたのだ。丁重に、同門の職人の元へ行くように勧めるつもりだった。
しかし、同門の職人を見つけることも難しそうな現状に加え、シオには断れない理由ができてしまった。
「仕方ないでしょ?」
シオは嘆息すると、カウンターの上でテトと鼻を近づけて挨拶をしていたポポを腕に抱きかかえた。
「だってこの子、盗まれた子かもしれないんだから」
守護像職人として、放っておくことなどできなかった。
「6.依頼人とポポ②」おわり。
「7.疑惑」につづく。




