18.真相③
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「この子、後ろ足に血がにじんでたでしょ?」
黒猫とちぃをまとめてミハルに抱えてもらい、幽霊屋敷を後にしたシオは、工房の台所でクロードとミハルに向かって口を開いた。
「たぶん、その血がちぃに付いて、契約になったんだと思う」
未契約の守護像に、ほんの一滴、血を垂らすだけで主従の契約を結ぶことができる。もちろん、主となる者が守りの力を欲していることが条件だが、怪我をした黒猫が外敵から身を守る力を欲していたとしても不思議ではない。
一滴の血と、守りを欲する心があれば、主が人でなければならない、などという縛りはないのだ。
「それでは、この黒猫君が、偶然、我が店の大事な商品であるちぃ君の主に収まってしまったというわけですか」
椅子に座って苦々しげに吐き捨てるクロードの視線の先には、テーブルで居眠りをしている黒猫の姿がある。
お腹をぴったり天板にくっつけ、静かな寝息を立てている黒猫の後ろ足には包帯が巻かれていた。
工房に帰る道すがら、嫌な顔をするクロードを無視し、新米薬師の家に寄って手当てしてもらったのだ。傷は浅く、数日後にはよくなるということだった。
そんな黒猫の背中には、ちぃが腹ばいになって引っ付き、小さな寝息を立てている。2匹はぴったり寄り添い、離れようとしなかった。
「だからシオがちぃだけ連れ帰ろうとして、手を弾かれたんだね」
なるほど、と黒猫に目の高さを合わせながらミハルが納得したように頷く。
シオも頷き、眠るちぃにそっと手を伸ばした。
「ちぃは主を護るタイプの子だから」
人差し指で優しく頭を撫でる。石だが、ほんのりとした暖かさが指先に伝わってきた。手が跳ね返されることはない。
主を護るタイプの守護像は、基本的には、主と行動を共にする。無理に引き離そうとすれば、守りの力が働き、何かしら攻撃を受けるのは当然だ。
「それで、どうするんです? 明日はちぃ君の引き渡し日なんですが」
腕を組んだクロードにため息交じりに言われ、シオは口ごもる。
「黒猫君との契約は事故のようなものですし、契約解除はできますよね?」
鋭い眼光で睨まれ、シオは視線を落とした。
確かに、契約解除の方法はある。方法はあるのだが。
シオは顔を上げ、きっぱりと告げた。
「やりたくない」
「シオ君?」
「シ、シオ!?」
冷たい笑みを浮かべたクロードと、それを見て恐怖に震えるミハルから呼ばれるが、シオはツンと顔を背ける。
「ちぃと黒猫さん、仲よさそうだし、一緒にいさせてあげたい」
幸せそうな2匹を見ていると、ちぃが自分から黒猫を主と決めて契約を結んだのではないかと思ってしまう。もしそうなら、ちぃの意志を尊重してあげたい。
守護像の寿命は、得てして長い。たいてい、人や動物よりもこの世にあり続ける。
何度も契約を結び、主を見送り、また新たな主と巡り会う。
力が削がれ、身体が磨り減り、その身が割れるそのときまで、守護像は主を護り続ける。
その中で、一度くらいは自分が決めた主を持つことがあってもいいと、シオは思うのだ。
しかし、クロードは渋い顔をする。
「今回の依頼主は多めの報酬を約束してくれているのですが?」
「私の給金から引いて良いよ」
シオはさらりと言うと、クロードを睨むように見る。
「依頼品が渡せないことは私から説明するし、いいでしょ?」
クロードと視線がかち合い、火花が散る。
今にも取っ組み合いになりそうな雰囲気に、ミハルが冷や汗を垂らした時だった。
「なん」
不穏な空気を嗅ぎ取ったのか、隣の部屋にいたはずのテトが、いつの間にかテーブルの足元に座っていた。
「18.真相③」おわり。
「19.真相④」へつづく。




