14.辿り着いた場所①
工房から歩いて30分ほど。
「にゃんっ」
茶トラが足を止めて胸を反らしたのは、ある屋敷の裏木戸の前だった。木製の扉は上半分が蔦に覆われている。
ここは大通りから路地を数本入った奥まった場所で、道幅も大人2人が並べばいっぱいになってしまうほどしかない。
近くの大通りなら知っているが、こんな路地裏は歩いたことがなかった。
おそらく近所の人しか使わないのだろう。昼間なのに人気がない。
ちぃを盗んだ犯人が、身を隠すのには打って付けの場所に思える。
平たい灰色の石を積んだ塀は、クロードの背丈も超えるほどの高さなので、外から中の様子は伺えない。
かろうじて見えているとんがり屋根は、塀と同じように蔦が絡まり、半壊していた。
人を寄せ付けない雰囲気を纏った様は、まるで、
「幽霊屋敷みたい」
シオがボソッとつぶやくと、隣にいたミハルがビクッと肩を震わせた。
「や、やだなぁ、シオ。こんな真っ昼間に幽霊なんて出るわけないじゃない!」
あはは、と笑っているが、頬が引きつっている。怖いのだろうか。
「何です?ミハル君、怖いんですか?」
クロードが同じ疑問を持ったのか、ミハルを見て目を細めた。
「幽霊なんていませんよ。いるのはちぃ君連れ去り犯だけです。冷静におなりなさい」
「こ、怖いわけじゃないですよ?!決して!!」
ミハルは慌てたように顔の前で手をぶんぶん振っている。
「ただちょっと、なんとなぁくこの家って不気味だなぁ、嫌だなぁと思っちゃっただけなんです!!決して、入りたくないとか、ここで待っていたいとか、できれば入りたくないとか思ったわけじゃないんです!」
「入りたくないって2回言いましたね」
「怖がりすぎ」
シオは及び腰になるミハルに呆れた視線を送る。
そういえば、親方の工房にいた時も、兄弟子達と怪談話をするときには決まってミハルの姿がなかった。
たまたまいないだけだと思っていたが、どうやらこの手の話が苦手らしい。だが、今はちぃ奪還作戦中だ。少しくらい我慢してもらいたい。
クロードは、もう何も言うまい、と首を振っている。
本人は必死で弁解しているらしいが、どんどん言い訳がましくなっていることに気がついているのだろうか。
「んにゃー」
茶トラも呆れたように鳴き、助走もつけず、軽やかに塀の上に飛び上がった。
その姿を見て、ミハルは笑顔でポンと手を叩く。
「あ、もしかして今の技を見せるためにここに呼んでくれたとかー」
「にゃうー」
バカじゃないのか、というように茶トラは唸ると、ひょい、と塀の向こう側へ飛び降りてしまった。ミハルはがっくりと肩を落とす。
「馬鹿なこと言ってないで、私達も行きますよ」
クロードはミハルが復活するのを待たず、裏口の錆び付いたドアノブに手を掛ける。
――ギギギギギィ……
不気味な音を発しながら、ゆっくりと扉が内側に開き、張り付いていた蔦が引きちぎられる。
クロードは垂れ下がってくる蔦をうっとうしげに払うと、中に入っていった。
シオはポン、とミハルの肩に手を置く。
「一緒にちぃを奪還しようね」
うなだれていたミハルは、のろのろと顔を上げると、弱々しい笑みを浮かべた。
「もちろん!犯人確保は任せてよ!!」
声の明るさとは裏腹に、眉はハの字で顔面蒼白。そんな顔で言われても、頼りないことこの上ない。それに、
「そこまで期待してないから大丈夫」
シオは静かに首を振る。
へっぴり腰のミハルにそんな大捕物を演じられるとは思っていない。
「万が一の時は、ちぃの盾になってくれるだけで十分だから」
拳をギュッと結び、ミハルを鼓舞したつもりなのだが、ミハルは再びがっくりと肩を落としてしまった。
なにか問題でもあっただろうか。守護像のために身体を張れるなんて役得なのに。
これ以上の励ましの言葉を、シオは思いつかない。
何はともあれ、
「行こう」
シオはウジウジしているミハルを置いて、クロードの後を追うことにした。
ミハルのことだから、放っておいてもなんだかんだ言いつつ付いてくるだろう。
案の定、ミハルはとぼとぼと付いて来た。
「――どっちかっていうと、シオの盾になりたいんだけどなぁ……」
ため息交じりにつぶやいたミハルの言葉は、誰の耳にも入ることなく、風の中にかき消えた。
「辿り着いた場所」は1回で更新するには長いので、2回に分けての更新となります!




