1.出会い
まったりほのぼのファンタジー。
ハラハラドキドキのバトルなどはありません。
のんびり時間が流れています(´∀`*)
疲れたときの癒し時間にぜひお立ち寄りください。
昔から、石が好きだった。
周りから浮くほどに。
●
少女が、背伸びをしてショウウインドウの中をのぞき込んでいる。肩までのふわふわとした灰色の髪が顔にかかるのも気にせず、紫がかった瞳で一点を見つめている。
視線の先には、青や赤、緑がかった水晶の原石のようなゴツゴツとした石が行儀良く並んでいた。
―カラン
ドアベルの音と同時にショウウインドウの横にあるドアが外へと開いた。
ふぅ、と伸びをしながら出てきたのは、この店の親方だ。茶色いオーバーオール姿のいかにも職人といった風貌のオヤジである。鼻の下の口ひげと眉毛は立派だが、本来毛があるはずの部分はつるんとしていていっそ清々しい。
凝りをほぐすように肩を回して、ふ、と視界の端に少女を捉えた。普段、この店に子どもが寄りつくことはない。
「何見てんだ?お嬢ちゃん」
窓に額をこすりつけながら中を覗くその子に思わず声を掛ける。
しかし少女は親方には目を向けず、スッと視線の先にある青い石を指さす。
「中、蝶がいる」
それを聞いて、親方はちょっと驚いたような顔をした。
(こいつぁもしかして…)
鼻の下に蓄えられた立派な髭を撫でながら思案する。子どもなんて、お客の連れでも店内に入れることはないのだが、
「おい」
こっちへ来い、と少女を手招いた親方は、窓から顔を剥がした少女の顔を見て苦笑した。額がほんのり赤くなっている。しかし本人は気にしていないのか気がついていないのか、石を見ていたときと変わらぬ無表情さで親方の元へやって来た。
「手ぇ出しな」
店内に招き入れた少女にそう言うと、少女は素直に両手を差し出してきた。親方は少女が熱心に見ていた青い石をショウウインドウの棚から取ると少女の手のひらに載せた。大人の拳一個分ほどの大きさだ。
次の瞬間、少女の顔に驚きの色が広がる。
「…あったかい」
呆然とつぶやく少女に、親方はいたずらっ子のような笑みを浮かべた。
「おもしれぇだろ?こいつぁ、奇石って言ってな、生きてるんだぜ?」
親方の言葉を聞いているのかいないのか、少女は親方の言葉に反応を示さない。しばらく手のひらに乗せられた奇石をジッと見つめていたかと思うと、不意に顔を上げた。
「ここから出してって、言ってる」
少女の訴えに、親方は目を丸くした。
「たまげたなぁ」
手のひらに奇石を乗せた少女をまじまじと見る。年の頃は多く見積もってもせいぜい七、八歳といったところだろう。
奇石の中の像が視えるだけでも驚きなのに、奇石の声まで聞ける人間なんてそういるものではない。長年修行を積んだ親方でさえ、声が聞こえるようになったのはここ数年でのことだ。
いくら修行を積んでも聞くことが叶わずこの世を去る者も多い。それなのにこんなに幼いうちから聞く耳を持っているなんて才能としか思えなかった。
「お嬢ちゃんなら今すぐにでも俺の跡を継げそうだぜ」
親方は頬をほころばせ、少女の頭を無遠慮にワシャワシャと撫で回した。少女の頭がぐらんぐらんと左右に揺れるが、少女はされるがままだ。
「跡を継ぐって、おじさん何屋さんなの?」
少女は頭に手を置かれたまま親方を見上げた。親方はニヤリと口角を上げる。
「俺か?俺はなぁ」
親方がもったいつけるように店の奥へとゆっくりと歩いて行くので、少女はその後に従った。大きさも色も様々な石が並べられた木製の棚の間をすり抜け、カウンターの奥にある木の扉の前で足を止めた。親方は鉄の取っ手に手をかけ、ドアを押し開いた。
「守護像職人だ」
少女が室内に足を踏み入れた瞬間、
―バサッ
「!?」
頭に何かが止まって驚いた。
「こうしてみな」
親方が右手を曲げながら前方へ出したので少女もそれに習う。するともう一度、頭が下に押される衝撃の後、少女の腕に止まり直したのは鳩ほどの大きさの青い鳥だった。
くるる、と喉を鳴らしてこちらを見つめる美しい鳥の頭に、そっと手を伸ばす。柔らかい羽の感触が指先に伝わるーはずだった。
しかし指に伝わったのは固い、まるで石のような感触。青く冷ややかな光をまとう羽に、羽毛のような柔らかさはなかった。
よく見れば、瞳も複数の色が入り交じった虹色だし、尾羽は長く、先端はクローバーの葉一枚一枚を縦に並べたような形をしていて、普通の鳥とは言いがたかった。
「ここにいるヤツらはみーんな、俺が奇石から掘り出したんだぜ」
親方は誇るように辺りを見回す。
その視線に合わせるように、青い鳥が少女の腕から飛び立った。吹き抜けの高い天井に舞い上がる。
その先を目で追い、視界に入ってきた室内の光景に少女は息を呑んだ。
大きな窓に置かれた机の上。ノミやハンマー、彫刻刀などの道具類が散乱し、彫りかけの複数の石が光を反射し輝いていた。
ふ、と足元に視線を落とせば、石の床をチョロチョロと動き回っているのは虹色の瞳を持つネズミ。天井の隅に糸を張っている小さな蜘蛛も臀部が虹色だ。様々な奇石が入ったガラス戸棚の上には黒猫が丸まって午睡を楽しんでいた。瞳は見えないがおそらく虹色だろう。
少女は頬を紅潮させ、親方を見上げた。
「守護像職人ってどうすればなれるの?」
今までの無愛想はどこへやら、キラキラした瞳で問われ、親方は一瞬きょとんとすると、豪快に笑い出した。
「はっはっは!お嬢ちゃん、すっかり奇石の虜だな!いいぞ、お嬢ちゃんがホンキなら俺の弟子になれ!お嬢ちゃんならイイ職人になれる」
親方は上機嫌で再び少女の頭を撫でた。
これが少女―シオにとって初めての守護像との対面であり、将来を決めた瞬間だった。
●
それから十年後。
親方の工房がある町から馬で二週間ほどの距離にある小さな町、カペロ。
白い壁に、薄い灰色の石を円錐形に積み上げた屋根が特徴的な建物が立ち並んでいる。この建物は部屋一つに屋根一つという構造のため、一軒につきいくつもの屋根を有することになる。結果、この町は遠くから見ると灰色のとんがり帽子が並んでいるように見えた。
そんなとんがり帽子の家のとある一室。
壁際にずらりと並んだ棚には奇石が綺麗に並んでいる。部屋の真ん中の作業机には、石を削るための道具が乱雑に置かれ、窓際の机の前には人が座っていた。
大きなアーチ窓から差し込む淡い光の中で、シオは奇石を削っていた。
親方と出会った頃は肩ほどしかなかった灰色の癖っ毛も、いつの間にか腰に届くほどになっている。椅子に座って背中を丸め、前屈みになって削るので髪が前に落ちてくる。
しかしシオは気にすることなく橙色に輝く奇石に向かう。おおよその形は削り終わり、常人にも何の守護像なのか判別できるほどになっている。
今回、奇石に眠っていたのはリスのような姿をしたモノだった。普通のリスと違うのは、本来身体に入っている縞模様が蔓草模様になっていて、しかも、所々立体の小さな花が咲いているところだ。蔓は複雑に絡み合っている上、とても線が細いので仕上げには時間がかかりそうだった。
「ふぅ」
吐息が白く朝日に溶けた。冬は明け方が一番冷え込む。シオはズズッと鼻をすすり、半分ずり落ちていたケープを肩に掛け直した。鼻の頭とノミを握っている指先が赤くなっている。
(暖炉に火は入れたはず……)
おかしいな、と思い暖炉を見ると、木の燃えかすしか残っていなかった。どうりで寒いわけだ。
「っしゅん」
小さなくしゃみをしたシオはノミを机に置いた。親方の工房を巣立ってそろそろ一年になるが、奇石を削っていると時間を忘れてしまうのは変わっていなかった。シオとしては仕事に集中することは良いことだと思っているのだが、
「……また小言を言われそう」
鼻をすすりながらちょっと顔をしかめる。親方の工房にいたときには徹夜してもそこまで作業に口出しをされなかった気がするのだが、近頃やたらと口うるさい気がする。
―コンコン
控え目にドアがノックされた。嫌な予感がする。返事をする前にドアが開けられた。
「おはよ、シオ」
言いながら顔を覗かせたのはお小言の宝庫、茶髪の青年―ミハルだった。親方の工房にいたときからの付き合いで、今はシオの工房で雑用全般をこなしてくれている。それは感謝しているのだが……。
「お、おはよ、ミハル」
「朝ご飯、できたよ」
「……」
「?なに?行かないの?」
挨拶の後に続く小言に身構えたシオだったが、何もなかった。
今日はお小言ナシ日らしい。もしかしたら徹夜したことに気がついていないのか、それともミハルが心を入れ替えてくれたのかもしれない。
「い、行くよ!朝ご飯食べたいもん」
シオはホッと胸をなで下ろし、ミハルに続いて部屋を出た。中庭を抜けて台所へと向かう。台所から漂ってくるパンの香りに自然と顔が緩んだ。
(守護像もだいぶ形になってきたし、朝から小言も言われないし、なんて良い一日のスタートだろう)
「あー、お腹空いたぁ」
朝ご飯何かな、と上機嫌でミハルの後ろから台所へ入ろうとした時、くるっとミハルが振り返った。
「そりゃそうでしょ。一晩中寒い所で作業してたんだから」
しかめっ面で言われ、シオの笑顔が固まった。
(バレてた……)
一日の始まりはやはりミハルのお小言から始まるらしい。
「2.工房の仲間」へ続く。
にゃんこが出てきますのでお楽しみに(´∀`*)