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安心

「おはよ」

「うーす。めっちゃ早いじゃん、どしたの?」


 机に突っ伏して寝ていた俺に、江崎が声をかけてきた。軽音部の江崎は背負ってきたギターを机の上によいしょと置いて席に座った。

 俺はまだはっきりしない脳を覚醒させるために椅子に座ったまま伸びをした。

「目が覚めたから。二度寝したら絶対遅刻だって分かってた」

「天才の仕事かよ」

 江崎はギターを取り出して軽く弾き出した。

 江崎は中学校の時からずっとギターを弾いてたようで、かなり上手い。バンドを持っていて曲をYouTubeにアップ、それなりに評価されている。

 最近はユーチューバー専用? の事務所に所属したとかで、さらにファンが増えているし、バイト禁止のうちの学校も江崎の音楽だけは黙認してる気がする。

 ていうか、先生たちも普通に江崎のファンだ。

 俺も普通にファンで(音楽のな?!)聞いていて全くイヤじゃない。

 早朝の教室に静かにアコギに音が響く。

「春馬さ、またサムネ作ってくれよ」

「んー? あんなんでいいの? 俺適当に写真いじっただけだよ」

「良かったよ、マジで。こんどイベント用のチラシも作ってくれよ」

「いやいやいや……そんなの無理ゲー……」

 俺は机に突っ伏したまま噴き出した。昔からPCのソフトならなんでも使えるし、どう考えても江崎の曲が良いだけだと思う。実際江崎のファンは多くて、学校まで追ってくる子もいるくらいだ。

「音楽は楽しいし、モテるよ。めっちゃ。正直ここまで押し寄せる好意貰うと全部嬉しい~ってなるけど、彼女が欲しいとか、よくわからなくなるけどな」

 江崎はギター弾く手を止めてスマホをいじり始めた。ほれ、見てよ、というので画面を見ると、可愛い女の子っぽいアイコンからポンポンと通知が入っていた。

「前カノどーしたん?」

 俺は適当に聞いた。というか江崎は常に彼女がいるはずだが。

「フラれた。本当に私のこと好きなの?! って叫ばれた」

「なるほど。次いこ、次」

「なーあー。凛さんにライブのチケット渡してくれた?!」

「あ?」

 俺はやっと机から顔を上げた。

 目の前にめっちゃ怒ってる江崎がいた。

 チケット……チケット……チケット?? どうやら顔に書いてあったようで

「渡したじゃん、春休み前に!! 凛さんに渡してくれって」

「あーあーあー……ちょっと行方が不明みたいだな」

「お前、凛さんに近づく男は許せないのか?!」

 江崎がジロリと俺を睨む。

 凛さんって、もうその言葉が慣れない。凛ねえ、な。

「凛ねえは、ライブとか行かないからな……そもそも音楽聞くのかな、わかんね」

 凛ねえは本の虫でいつも分厚い鈍器みたいな本を読んでるイメージがある。

 音というイメージがなくて、ほぼ無音。無。

「一回だけでいいから、来てくれないかな。新曲凛さんイメージしてるんだ」

「ええ?? キモ……」

 俺は普通に言ってしまった。だって自分の姉をイメージして親友が曲を作ったとか……キモくね??

 江崎がグイと俺に顔を寄せてくる。

「お前ほんとチケット渡してないのわざとだろ。家に行くぞ。住所調べるぞコラ」

「あ、勘弁してください。さーせん」

 江崎は去年の学園祭で、俺の姉貴、凛ねえと知り合ってから、ずっと気になってるらしい。

 なんだか知らんが運命を感じたとか、ずっと言ってるけど……正直凛ねえは無理だと思う。凛ねえは10年以上ずっと同じ人を好きで、不毛の塊みたいな人生歩んでるんだけど、それを江崎が救えるとは、正直思えない。なにより凛ねえと江崎が付き合うとか、マジ怖い。ホラー映画より怖い。

 まあ素直にチケットの事は忘れてたけど。

 まだしつこく机につっぷして寝ている俺の腕の隙間に、グイグイと紙がねじ込まれる。

「渡して!!」

「えー……マジかーー」

 俺はねじこまれた紙=チケットを見た。

 新宿にある小さなライブハウスだけど、俺も名前を知ってる程度には有名な場所だ。

「初ワンマンだから、マジで」

「ふぬーん……?」

 こらお前マジでふざけんなと江崎が俺の頭をチョップしてると、後ろの扉が開いて誰かが入ってきた。

「うす、田上」

 その声に俺はビクリと体を上げた。

「ん」

 俺の後ろを田上が歩いてく。その気配だけで、心臓がバクバクする。

 田上と江崎は当たり障りない会話を始めた。

 担任の愚痴とか、天気とか。

 俺は机に突っ伏して寝たふりをしながら、耳を澄ませた。

 声に集中する。

 ああ、そうだ。この声美桜ちゃんの声だ。

 声だけ聴くとよくわかる。田上は声が高いんだ。

 普通に歩いてるし、声だけ聴くと元気になったみたいだ。

 良かった。俺は心底安堵した。

 昨日心配で仕方なくて、でも連絡先知らなくて。俺ほんと玲子としてのスマホを準備しよう、美桜ちゃんと連絡取りたいって思ってた。

「あ、そういえば。田上チケットいる? ばあちゃんは元気?」

 ばあちゃん?! 俺は机に突っ伏したまま、目を白黒させた。

 ばあちゃんって、あのばあちゃんが?!

 田上は普通に答える。

「チケットはばあちゃんが買ってた」

 田上は学校では本当に静かに話す。

 江崎は田上の返答に嬉しそうに立ち上がり

「マジで?! 超ありがたいわーー。美登利ちゃんにもよろしく。夜のライブだから来られないかー。田上はくるの?」

「いかない」

「来てくれよ。新曲2つくらいあるから」

「バイトあるし」

「田上もバイトしてんの? お前んち金持ちじゃん」

「金持ちの子供がお小遣いたくさんもらえると思ったら、勘違いだぜ」

「ばあちゃん、シビアすぎる」

 田上と江崎が話しているのを、俺は机につっぷして寝たふりしながら全て聞き逃すことなく聞いた。

 田上、江崎のライブ行ったことあるんだ。てかあの強烈ばあちゃんが江崎というか江崎のバンドのファンなのか……? じゃあなおさら凛ねえにチケットは渡せないな。ナムナム……。

 登校時間が近づき、他の生徒も教室に入ってくる。

 江崎が軽くギターを弾いている。

 その振動、その音、俺は嫌いじゃなくて、ウトウトした。

 田上が、美桜ちゃんが元気になってよかった。

 俺は正直昨日色々ありすぎて、落ち着いて寝られなかったんだ。

 だから早起きして学校に来てしまった。良かった……。


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