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病名と家族と

 美登利ちゃんが指定したのは、学校から一駅の所にあるタワーマンションだった。

「そこから入れます」

 美登利ちゃんの指示通り、タクシーは地下のロータリーに入り、そこで俺たちを下した。

 まだフラフラしている美桜ちゃんを俺はなんとなく支えながら、エレベーターに乗った。

 美登利ちゃんはカバンからカードキーのようなものを出してエレベーターにタッチ。そしてボタンを押した。

 俺ドラマとかで見たことあるけど、これって高いマンションの仕様なのでは……?

 というか、こんなすごいマンションに住んでるなら、喫茶店でバイトなんてしなくて良くない? 時給なんて安くて(こんなこと凛ねえに言ったら視線で刺されるけど)こんなお金持ちならバイトなんて……。

 もやりと考えてる間にエレベーターは到着した。

 俺はそこから降りた場所で美桜ちゃんを美登利ちゃんにバトンタッチして、帰るつもりだった。女性ふたりの部屋に男性……いや今は女性の風貌だけど……でついて行くのは良くない気がしていた。それに他人だ。俺ならイヤだ。

「じゃあ、ここで……」

 俺がなんとなく美登利ちゃんを探す……が、もう美登利ちゃんはスタスタ歩いて部屋の前に居た。

「こっちです!」

 と叫んでいる。

 うぬー……。なんとなく部屋番号とか知りたくないし、これ以上近寄りたくない。

「こっち!」

 でも叫ばれて俺は美桜ちゃんを抱えたまま、部屋の方に向かった。

 玄関も豪華で……でも俺は見てしまったんだ、うちの学校指定のローファーが玄関に置いてあることに。

「こっちのソファーにお願いします!」

 普通に誘導されたリビングはめっちゃ広くて遠くまで見渡せる凄い部屋で……でも同時にみてしまったんだ。田上つばさが持っていたリュック、なにより壁にかけてあったのは、うちの学校の制服だった。

 正直これが見たくなかった。

 どうしても美桜ちゃんと田上を別の人間だと思いたかったんだ。

 美桜ちゃんはソファに横になると安心したのか

「ありがとうございます……」

 と小さな声で言った。その声に反応したのか、ソファの下から真っ白な猫が出てきて、美桜ちゃんに寄り添った。

「ミロ……動いて大丈夫……?」

猫の名前だろうか……? 美桜ちゃんはネコに頬ずりをして、そのまま眠ってしまった。

 真っ白な猫のミロちゃんが俺のことをじーーっと見ている。

 どうも初めまして。ご主人様大丈夫かな? 俺は心の中で話しかけるが、ミロちゃんは無視して美桜ちゃんの横で丸くなった。そりゃそうだ。

 美登利ちゃんは

「ちょっと待ってね、帰りのタクシー代金とか渡さないと、おばあちゃんに怒られるから!」

 とバタバタしている。

 そんなの貰えるわけがない。

「いやいや全然大丈夫、帰れるよ!」

 今はスマホがある時代で、どこにいてもマップ見れば一瞬で帰れる。小学生からタクシー代金なんて貰えない。

「うちのおばあちゃんうるさくて、そういうことちゃんとしないと……」

「いやいやいやいや……!! じゃあ今度さ、美登利ちゃんもうちのバイト先に来てよ。そこでケーキでも食べてくれれば……」

 そう言って玄関ノブを持った瞬間、玄関がグイと引っ張られて、俺は転がるように廊下に出た。


「つばさは?」


 顔を上げると、お年を召した方……おばあちゃんだろうか、髪の毛が真っ白なんだけど毛先に紫色のカラーが入っていて、なんというかすごく派手な方が立っていた。

 服装も着物と洋服の中間的な……なんだろう、よく分からない。

「おばあちゃん! さっき帰って来たところ。つばさソファーで寝てる」

「まったく……。高い薬に替えたのは倒れやすくするためか?」

 そう叫びながら部屋の中に入って行く。

「間違えることだってあるよ!」

「前より地面と仲良しだね。何なの性転換病って? 神さま呼んでお祓いでもしてもらうか? めんどくさい」 

「おばあちゃん!!」

 廊下の奥、おばあちゃんを追っていった美登利ちゃんの叫び声がする。



 ……性転換病……?



 俺は玄関を出た所で動けなくなった。

 なんだよそれ、え? 田上は俺と一緒で女装してるんじゃなくて、ガチで性転換して、いやそういう病気になって、女になっちまったってこと?

 は?

 なにそれ?

 そんなこと考えてうちに玄関のドアがヒューーっとしまって、オートロックがカシャンと閉まり、俺は自動的に締め出された。

 シーンと静まり返る廊下に俺は取り残された。

「か……かえろう」

 落ち着きたい。とりあえず帰ろう。

 俺はふー…と一度ため息をついて、心を落ち着かせた。

 しかしすごいマンションだなー。あははは~~。あそこは一階なのかな~普通に出ることは出来るんだよね~?

 俺は付いてこない頭を無理矢理動かすためにバカなことを呟きながらエレベーターを呼んで一階に降りて外に出た。


 まず性転換病ってのを調べよう……とポケットに手を入れてスマホを取り出して気が付いた。


 めっちゃ充電切れてるやん。


「……マジか」

 財布……正直ポケットに入れた記憶が無かった。

 スマホに電子決済もあるし、それで帰るつもりだった。

 しかしこうなると一気に原始人。今どこにいるのかも分からない。





「なるほど。リアルミッション……」

 俺はとりあえず電信柱を探して歩き始めた。まあ都内だし、最悪数時間歩けばつくだろ。

 女装姿ってのが最悪だけど、もうそんなこと言ってられない。化粧もどろどろになってきてるし、帰りたい。俺は女装だけど……田上は……美桜ちゃんは……リアルに女になっちまったのか? 

「性転換病……ってなんだよ」

 小さな声でつぶやく。

「玲子さん!!」

 振り向くと美登利ちゃんだった。

 心臓がドキリと大きく脈を打った。何も言わずに出てきたし、なによりさっき家族の欠片みたいなものを覗いてしまったので、バツが悪い。日曜日にお母さんとフードコートでアイス食べてた所を友達に見られたような居心地の悪さ。

俺はすいません……とつぶやいて目をそらした。

「こちらそこバタバタしててすいませんでした。タクシー代お渡ししてないのが気になって……間に合って良かったです。さっき部屋でタクシー呼んだので、もうすぐ来ると思います」

 美登利ちゃんはスマホのアプリをいじりながら言った。支払いもアプリで済ませますから……到着地点はお店で良いですか? 美登利ちゃんはブツブツ言いながら支払い処理までしてくれた。本当に小学生なのか? しっかりしすぎてる。環境のせいなのか……?

 俺は軽く頭をさげて

「すいません、スマホがあれば良いやと思ったら充電切れてるし、財布も持ってませんでした、助かります」

 俺は素直に感謝した。

「救急車乗る時に、財布を持ってくる人は少ないと思います。私このまえ乗った時何も持ってなくて。だから今回はリュックを準備しておいたんです。それが役にたっちゃいました」

 そういって美登利ちゃんは苦笑した。

 前に乗った時……美桜ちゃんだろうか。

 俺の表情に気が付いたのか、美登利ちゃんは

「……先週も家で倒れて、つばさ。薬を最近変えたんだけど、身体にあってないのかもしれません。だから調子出るまでバイトは止めたらって言ったんだけど、行きたいって言うから」

 そうですか……と答えながら、俺はドキドキしていた。

 田上が病気で……? 俺がチラリと見ると、美登利ちゃんは俺のほうをまっすぐ見てため息をついた。

「おばあちゃん……余計なこといいましたよね、すいません。でも玲子さん女性だから大丈夫かな。つばさ、先月性転換病って変な病気になって、男だったのに、女になっちゃったんです。突然、一日で! もうみんなびっくり」

 はあ……と美登利ちゃんはため息をついて、ベンチに腰掛けた。

 先月……? 春休み中に? 

 病名は俺も聞いたことあるけど、映画とか漫画の中でしか聞いたことなくて、実際の患者がこんな近くにいるなんて。

「普通もっとガーーッと落ち込むじゃないですか。私だったら落ち込むと思う。でもつばさは割とすぐに受け入れてフリフリの服着てバイトなんて始めて。むしろバイトしてる時のが元気で、学校行くときはしぶしぶって感じ! 正直よく分からないんです、最近のつばさは」

 そうだ。

 美桜ちゃんがバイトを始めたのは、今年の四月。つい一か月くらい前だ。

 性転換病になったのが三月だとしたら、たった一か月で全てを受け入れて、俺の家の喫茶店でバイトを始めたってことか?

 俺だったら……?

 と思ってリアルに想像を試みて気が付いたが、俺も今女装していて、しかも普通に出歩いている。

 しかもそれにそれほどイヤな気持ちは持っていないのだ。

 もちろん、完全に女になってしまうのとは全然違うと思うけれど。

「あ、来ましたね」

 美登利ちゃんが立ち上がって、タクシーに手を振る。

 正直もう少し話したかったけれど、美桜ちゃんを部屋に置き去りにしてるし(なによりあの強烈っぽいおばあちゃんと二人きりなのも可哀相だ)俺は素直に立ち上がった。

「あの、たぶん、なんですけど。つばさは玲子さんのことすごく信頼してるんです。前から玲子さんに憧れてたから」

「え……でもバイトに来て一か月だけど……」

「勝手に話したら怒られそうだけど、美桜は前から玲子さんのことを知ってますよ。私も今度お店にお邪魔しますね」

 美登利ちゃんは俺に笑いかけてタクシーを止めた。

 俺は会釈をして、タクシーに乗り込んだ。美登利ちゃんが手を振っている。

 遠ざかるマンションとカーナビの表示で、ここが学校から2駅離れた場所で、駅からはそれなりに遠い場所だと分かった。

 まだ残っている公園の桜が、風に乗って美しく舞っている。

 とにかく疲れた。

 俺はタクシーの後部座席に沈み込んだ。


 脳裏に美登利ちゃんの言葉が染みついて離れない。

 美桜ちゃんが、前から俺を知っている……?



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