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守りたい

「はじめまして。つばさがお世話になってます、花房美登利はなぶさみどりです」

 凛ねえが連れてきた小さな……と言っても、身長は俺の胸上くらいまであるから、140くらいはありそうな女の子は丁寧に頭を下げた。

 おかっぱより少し長めの黒い髪の毛に、くるくるとした丸い目。

 服装こそパーカーに可愛い絵柄こそ書いてあるが、雰囲気が大人っぽくて、小学生には見えない。

「美登利ちゃん、10才の5年生だって。すごくしっかりしてて、保険証とか着替えとか、全部持ってきてくれたの」

「いえ、家に常に準備してあるものを、持ってきただけです。つばさは……?」

「あ、こっち」

 俺は美登利ちゃんを受け付けの人に「家族の方」だと紹介した。でも受付の方は「ああ、はい」みたいな反応だった。そりゃそうだ、保護者じゃなくて妹さんだから。受付の人は

「ただいま検査中ですので、終わり次第お呼びします」

 俺の伝えたのと同じことを美登利ちゃんに伝えた。

 美登利ちゃんは軽くお辞儀をして

「連絡してきます」

 とスマホを鞄から出して建物の外に出た。

 俺は凛ねえからの電話に自信満々部屋の中で出てしまったが……。

「めっちゃしっかりしてる子だね」

 俺は呟いた。

「でも本当の妹さんじゃないわね、だって苗字が花房だもん」

 凛ねえは小さな声で言った。

 本当だ!

 俺はそんなことも抜け落ちていた。

 外で電話していた美登利ちゃんは二本目の電話をかけているのが見える。

「……俺が小学生の時ってさ」

「そうね、カマキリの卵を七々夏の靴の中に入れて、靴箱の中で孵化させて家中にカマキリが溢れかえっていた頃ね」

「その節は本当に申し訳なく……今も忘れておりません……」

 俺は小さな声で謝った。男女差があるとはいえ、本当にしっかりした子に見える。

 美登利ちゃんが戻ってきた。

「お父さんは単身赴任で遠くにいるので、とりあえず留守電を。私たちの正式な保護者であるおばあちゃんは、二時間くらいしたら来られるみたいです」

 丁寧に話す美登利ちゃんの言葉を俺は静かに聞いた。

「あ、あと今日歯医者の予約が入れてあったんですけど、今キャンセルの電話してきます。何度もすいません」

 と再び外に消えた。

「……俺が小五の頃ってさ」

「ミッションインポッシブルごっこして遊んでたらランドセル川に流した話もする?」

「その節は本当に申し訳なく……」

 も……ものすごくしっかりした子だなあ……。



「本当に申し訳ありませんでした」

 意識が戻った美桜ちゃんはベッドに座った状態で俺たちに深く頭をさげた。

 入り口の方で凛ねえとお医者さんが話している。

 俺と美桜ちゃんと美登利ちゃん、三人とも未成年で、成人しているのは凛ねえだけだ。

 軽く頭をさげて、凛ねえはこっちに戻ってきた。

「これ持っててもらって良いですか?」

「え?」

 振り向くと美登利ちゃんが俺にリュックを渡してきた。

 見ると美登利ちゃんは、ベッドから立ち上がる美桜ちゃんを手伝っていた。

「俺が……」と声が出て一瞬で飲み込んで「私が手伝う」と言い直した。

 顔色が悪い美桜ちゃんは俺の言い間違いには気が付かず

「ありがとう、ごめんね」

 と俺の肩に腕を回して立ち上がった。ふらりと体が揺れて、俺にもたれかかる。

 その瞬間に柔らかい物が俺の身体に当たった。


 小さいけれど、美桜ちゃんの胸だ。


 この感触は間違いない。

 俺は二人の姉がいるので、おっぱい触れた程度で「ひああああ」とならない。

 夏になるとみんなノーブラでふらふらしてるので気にならないと断言したいところだが、本当に悪いが完全に動揺していた。

 美桜ちゃんの胸! じゃなくて……本当に胸があるぞ?

 田上じゃなくね? 田上に胸なんてないだろ。

 いや、学校で田上の裸を確認したわけじゃないし、いや裸を確認……? 1年の時に普通にプールの授業あったし、キャンプで露天風呂も行ったけど、普通に風呂入ってなかった? てか入って無かったらみんな注目するから俺だって覚えてるだろ。

 何? なんか胸が消えうせるスーパーさらしとかあるの?

 俺のなかで疑問符が踊りまくるけど、どこか脳内は冷静で美桜ちゃんが立ち上がるのを手伝った。

「重くて、ごめんなさい……すいません……」

 美桜ちゃんは声を絞り出して俺に謝る。

「いやいや……もっとご飯たべたほうがいい」

 俺はあまり関係ないことを思わず言った。

 それくらい美桜ちゃんは軽かった。

 あまりにもフラフラしていたので、完全に抱えるような状態で俺はタクシーに美桜ちゃんを乗せた。

 ていうか、さっき倒れたのに簡単な検査だけで帰るの?

 俺が後ろを振り向くと、何か電話をしていた凛ねえがタクシー側を見て

「親御さんに連絡取れたんだけど、今日はどうしても行けないって。玲子、悪いんだけど家まで送ってあげて」

 俺は頷いた。横に美登利ちゃんも乗り込んできて、住所を伝えた。

 タクシーが動き出すと美登利ちゃんは美桜ちゃんを優しくなでながら

「つばさ、大丈夫? まだ頭ふらふらする?」

 と聞いた。

 美桜ちゃん……というか田上つばさは

「さっきより全然平気。薬きれちゃって。前の薬と間違えてた。さっきちゃんと飲んだから平気。すぐ戻る」

「もーー、ちゃんと確認しないとダメだよ、つばさは!」

 美登利ちゃんが怒る。

 美桜ちゃんはごめん……とうわ言のように謝り、俺のほうを向いた。


「あの、すいません玲子さんに付き添ってもらって……私の本名って知ってましたっけ……田上つばさといいます……本当にご迷惑をおかけしてすいません……」


 美桜ちゃんが薄目をあけて俺に今更ながら自己紹介をする。

 今まで本名は店長である凛ねえしか知らなくて……でもこれで確定で、美桜ちゃんは田上つばさなんだけど……でも今はそんなこと関係なくて……

「田上さん。あの、そんな気を遣わなくて大丈夫です。体調悪いことは誰にだってありますから」

 俺がいうと田上つばさは「すいません」と小さく呟いて、目を閉じた。

 そして膝の上で小さな手をキュッと握った。

 あまりに顔色が悪く、手が小さくて、俺は思わず美桜ちゃんの手の上に自分の掌を乗せた。

 美桜ちゃんは薄目を開けて一瞬驚いたが、ふわりと沈むように落ち着いた表情になって、眠りについた。


 俺ができる最大限の努力で、この小さな手を守りたい。

 そう思った。

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