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見えてくる美桜ちゃんの「カタチ」


 人間、緊急の事態にもなんとか体が動くものだ。

 俺は倒れていく美桜ちゃんに向かってなんとか手を伸ばして、頭だけは守った。

 変な動きをしたので、打ち付けた膝がドンと痛む。

 でもそんなことより……

「美桜ちゃん!」

 と再び叫ぶ。

「どうしたの?!」

 振り向くと凛ねえが倉庫から戻ってきていた。

 俺は美桜ちゃんの身体を元に戻そうとしながら「突然倒れて、横に真っすぐに、俺手を伸ばしたんだけど……」自分でも何を言っているのか分からない。

 凛ねえは、一拍静かに間を置いて

「わかった」

 と言った。

 その表情がいつも通りで穏やかで、俺の慌てていた心がほんの少し落ち着いた。

 でもとにかく美桜ちゃんを何とかしないと……! 俺は倒れている美桜ちゃんにひざ下に手を伸ばして、お姫様抱っこして持ち上げる。驚くほど軽い。体重が無いみたいに軽い。

 その腕の動きを凛ねえが制す。。

「頭打ってるかもしれないから、動かさないほうが良い」

 え? そうなの? そんなもんなの?

 俺は腕をおろして、美桜ちゃんを床に戻した。

 でもじゃあどうしたらいいの? 俺は目の前で生クリームだらけになっている美桜ちゃんを前に固まった。

 凛ねえはポケットからスマホを出してすぐに救急車を呼んだ。そして倒れ方が妙だったこと、頭の打ち方、あと現在の状態を的確に伝えた。

 連絡を終えると、すぐにスマホに入っている電話帳を開いて、どこかに連絡を始めた。しかし何度かけても出ないようで、すぐに留守番電話に繋がる。

 俺はそれをおろおろを見守ることしかできない。

 そして救急車が来た。

 凛ねえは俺に

「保護者の方に連絡取るから、美桜ちゃんに付き添いお願い」

 と指示を出した。俺は何をすればいいのかよく分からないが、分かった! と叫び、救急救命士を台所に入れた。

 救急救命士たちは状態を確認して、身体をあまり動かさぬようにした状態で美桜ちゃんをタンカに乗せた。そして俺も救急車に乗った。実は人生で初めて救急車に乗ったので、心の奥底ではうおおお……と焦っていたが、何より美桜ちゃんのことが心配だった。

「ご家族の方ですか?」

 救急救命士に聞かれて、俺は首をふった。

「ただのバイト先の人間です」

「ご連絡は」

「姉……店長がしています」

「分かりました」

 救急車は色んな病院に電話をして受け入れ先を探している。 

 えー、こういう時ってすんなりどこかに運ぶもんじゃないの? ドラマとかだとそうじゃん!

 すると俺のスマホが鳴り、凛ねえからラインが入っていた。

 そこには緊急時連絡先と、連動病院の表示があった。俺はその画面を救急救命士に見せた。すると美桜ちゃんをその指定の病院に運ぶことになった。

 俺は胸元の服を掴んだ。

 かかりつけの病院があるなんて……。美桜ちゃんはきっと何か病気を持っているのだろう。美桜ちゃんの頬にについてしまっていたクリームを、俺は静かに拭いた。



 救急車から降ろされた美桜ちゃんは、そのまま奥の部屋に連れられて行った。

 目の前でドンと閉まる関係者以外立ち入り禁止のドア。

「付き添いの方はこちらへどうぞ」

 声をかけられて、俺は隣にある控室のような場所に誘導された。

「ここに座ってお待ちください」

 促されて長椅子に浅く座った。他にも何人か座っている。目の前にはテレビがついていて、昼すぎのワイドショーがついていて、芸能人がオススメジャンボ餃子を食べている。

 ひっきりなしに横の駐車場には救急車や車が入ってきて、体調が悪そうな人を連れて行く。俺は健康だけは自信があるので、こういう緊急を要する病院には来たことがない。

 中学校の時に自転車の前かごから入れて置いた上着がふわりと落ちて、それを足で受け止めた結果、目の前にあった電信柱に気が付かずに頭を打ち、巨大なタンコブができた。凛ねえに「いかないと夕飯なし」と言われて時間外の整形外科に自分で行ったが「問題ないですね」と笑いながら言われただけで、基本的に入院したこともなくて、とにかく落ち着かない。俺はそわそわしながら何かを待った。

 するとさっき俺を誘導してくれた看護師さんが声をかけてきた。

「すいません、田上つばささんのご家族の方でしょうか」

「え?!」

 俺は叫んだ。

 今なんて……?

 そうとう驚いた表情をしていたので、看護師さんのほうが驚いて

「すいません、ご家族では無かったですね」

 と言いなした。

「はいあの、家族ではないのですが……あの」俺はゴクリと生唾を飲み込んで「田上つばさ……のバイト先の人間です」

 と半信半疑に、確かめるように聞いた。

「そうですか、今田上つばささん意識の方戻られまして、これから検査に向かいますので、保護者の方がいらしたらご連絡ください」

 それだけ伝えて遠ざかる看護師さんの背中に「はい……」と俺は呟いた。

 田上つばさ。

 やっぱり美桜ちゃんは田上つばさだったのか……? 

 俺は頭がクラクラしてきた。妹じゃなくて? 兄がいるんだろ? もうワケが分からない。

 俺は長椅子にトスンと力なく座った。

 でもさ。

 さっき美桜ちゃんを俺は持ち上げたけど、めちゃくちゃ軽かったし、正直柔らかかったよ。あれで俺と同じ男とかあり得ないだろ?!

 ふー……と長いため息をつくと、ポケットの中でスマホが震えた。相手は凛ねえだった。


「美桜ちゃん、親御さん連絡取れないわ。というか、親御さん一緒に住まわれてないのね。自宅に連絡したら妹さんが出られて……心配だから来るっていうけど、小学生だから心配で。とにかく妹さんをタクシーで拾って病院にいくわ」


 了解。俺は小さな声で答えた。


 妹。


 美桜ちゃんはお兄ちゃんがいるって言ってたよな……やっぱりそれも嘘だったのか。

 それに親と一緒に住んでない? 俺たち高校生だぞ。保護者がいないってこと? でも小学生の妹はいる? その子の面倒を田上が見てるのか?

 複雑家庭。

 ホームクラッシャー。

 江崎の言葉を思い出す。

 でも。

 俺は固く目を閉じて、息を吸い込んだ。


 そこにフワリとスカートをひるがえして笑う美桜ちゃんが動く。

 美桜ちゃんが俺の目の前で倒れて、今大変なのは何も変わらない。


 まずはそれだけ考えよう。落ち着け、俺。一つ深呼吸してスマホの画面を見ると、油で汚れていた。指を見ると、生クリームの残骸が付いていた。とりあえず手を洗おう。そう思ってトイレに入って鏡に映っていた自分がメイド服に女装で驚いた。

 そうだ、バイトの服装のまま出てきたから!

 俺は慌てて男子トイレから出た。うーん……少し悩んで遠くのトイレまで歩き、誰も居ないことを何となく確認して、女子トイレに入って手を洗った。

 全て脱いでくる時間も、メイクを取る時間も無かったから仕方ない。

 その前に本当に田上なら、俺はちゃんと「バイト先の玲子さん」である必要がある。

 メイクを少し直したいくらいだ。

 俺は乱れた髪の毛を整えた。


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