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待っていた時

「年明けの5日、大丈夫?」

 そう聞かれたのは、正月のあけおめラインをしている時だった。

 ついにランスの美桜ちゃんに俺が玲子と明かす時がきたか……。

「何時にどこ?」

 俺が聞くとすぐに既読になって

「東京駅に朝8時くらいかな。電車取ったら細かい時間伝える」

 はあああ???? 俺はスマホを二度見した。全然ランスじゃない。

「どこいくの?」

 俺が聞いてもつばさは

「はじめて二人で出かけた時、どこに行くか聞いても教えてくれなかったじゃん、だから秘密!」

 と猫がスヤスヤと眠るスタンプを押し返してきた。

 朝の8時に東京駅?! つまり新幹線とか、何か遠くに行く電車だよな……まさか転校するからその前に二人で旅行?!

 ……いやいやそれは無いわ。だってそんな……なあ?!

 一瞬泊まりか聞こうかと思ったけれど、変な期待するみたいで止めた。

 初詣もその日に一緒に行こうよと言われて、俺は「おう」と返した。実はランスは3日から営業で、その日は久しぶりに俺も美桜ちゃんもバイトに入っている。

 仕事終わりに凛ねえと一緒に初詣行く事になってるから、そこで済むんだけど……まあ神様に挨拶は何度しても良いはずだ。


「あけましておめでとうございます」

 久しぶりにランスに来た美桜ちゃんは、丁寧に俺たちに頭をさげた。

 つばさに慣れてきてたけど、やっぱり完全にメイクをして女の子になっている美桜ちゃんはすごく可愛い。メイクって本当にすごいと思う。

 俺も久しぶりに玲子になった。七々夏が「コスメ福袋買いすぎたわ」とフルメイクしてくれた。今日は付けまつげ&ネイル付き! 我ながら可愛い。

「玲子さん、久しぶりに会えて嬉しいです、元気でしたか」

 美桜ちゃんは机を拭きながら、俺のほうを見た。

 最近はつばさと一緒にいる時間が長かったから、美桜ちゃんにもつばさの『面影』を見つけられる。目の細め方とか、首の傾げ方とか、つばさの動き方なんだよなあ。

 まあどっちも可愛いけど……と俺は思いながら美桜ちゃんに話しかけた。

「クリスマスのリボンさん、大盛況だったみたいだね、おつかれさま」

「すごかったんですよ!」

 美桜ちゃんは机の下からピョコリと顔を出して、12月頭から休みが無かったこと、でもすごく楽しくて色んな経験が出来た事を、楽しそうに話してくれた。

「でも、玲子さんに会えないと、やっぱり淋しいなぁ……って思ってたので嬉しいです」

 と髪の毛を耳にかけながら、顔をあげた。そして

「今日は念願のケーキ作り、頑張るので期待してください!」

 と胸を張った。ケーキ作り? 首を傾げた俺に凛ねえがノートを見せてくれた。

「今日の午後からランスでオリジナルケーキを出すの。美桜ちゃんが考えてくれたのよ」

 書かれていたのは、一見正方形のショートケーキ……でも一番上のクリームだけ桜色で、その上にサクランボがチョコンと乗っている。

「可愛い。何か……真っ白なうさぎがピンク色の帽子をかぶっているみたい」

 俺はそれを見て言った。

 美桜ちゃんはキョトンとした表情で俺の方を見て

「……実は白うさぎをイメージしてるんです」

 と少し驚いた声で言った。

 そっか。イメージがくみ取れて良かった。


 実は年末に大雪が降った。

 つばさは天気予報に「雪」って出た時から、ずっとそわそわしてて「降るのかな、積もるかな」って天気予報をチェックしてたんだ。

 実際降り始めたら、積もるのをず~っと見ていたようで、朝起きたら大量のラインが入っていて笑った。

 その中にひとつに、雪で作ったうさぎがあった。

 目の部分が赤い実で緑の葉が二つ。

 それを何となく覚えていたのかも知れない。 


 あと、本当に絵が上手になって分かりやすくなった。頑張ったなあ。俺はしみじみ思う。

「……チラシ作らない?」

「え?」

 俺の提案に美桜ちゃんは首を傾げた。

 せっかくランスオリジナルケーキなのに、このままじゃいつものリボン作だと思われてしまう。

 俺はイラストを写メって簡単にアプリで加工、目の前のコンビニで出力。そして書き文字を足して……即席だけど、美桜ちゃんのイラストを使ったチラシを完成させた。

 美桜ちゃんは自分の書いた絵がチラシになっていくの少し恥ずかしそうにしていたが

「がんばらないとダメですね!」

 と台所で気合を入れた。

 リボンさんの営業はいつも1月7日くらいで、いつも通りならケーキが無いんだけど、今年はあるのか。

 なんかすごく良いなあと俺は思った。




 午後から始めたオリジナルのケーキセットは、チラシ効果もあり、たくさんのお客さんが注文してくれた。

「リボンさんと同じ味だ!」

 と常連さんも喜んでくれて、美桜ちゃんは嬉しそうにケーキを焼き続けていた。

 リボンみたいに専門の設備じゃないし、狭い店なのに、焼き上げる量も速度も完璧で、閉店間際にすべてのケーキが売り切れた。

「完璧じゃない!」

 凛ねえは美桜ちゃんに拍手した。美桜ちゃんは

「パティシエさんに、その日の量を読むのも大事だよ……って習ってて。良かったです。でもお二人の分は、取ってあるんですよー!」

 美桜ちゃんは冷蔵庫の奥から、二つのケーキを取り出してくれた。

「食べたい!」

 俺は思わずめっちゃ喜んでしまった。実はすごく食べたかったけど、商品だし、売れてるし……と我慢していたのだ。

 凛ねえはいそいそと

「閉店閉店!」

 とドアから出て表示を切り替えてすぐに戻って来た。

 そして温かいコーヒーを入れて、ちゃんと椅子に座った。

「どうぞ」

 そこに美桜ちゃんがケーキを持ってきてくれた。それはもう素人が作ったものではなく、ちゃんとしたプロが作ったケーキに見えた。まず切り口が美しいんだ。なんか俺がきると断面がボソボソしてるんだけど、そんなことなくて。スポンジのきめ細やかさも全然違う。

「すごく、スポンジが軽いのね……」

 もうさっそく食べている凛ねえは感動しながら言った。

「かき混ぜる速度とか、温度とかが、大切みたいなんです」

 俺もスプーンで切り取って一口食べたら、甘すぎないクリームとほどよい溶け心地のスポンジがマッチしてて、口の中で見事に消えた。

「美味しい……」

 俺も呟いた。美桜ちゃんは良かった! と笑顔になり、姿勢を正した。

「あの、私……」

 美桜ちゃんが俺達をみて何か言おうとしたが、動作が止まった。

「??」

 どうしたんだろう……視線は窓の外。

 そしてその表情は、いつもと違う……? どこか一点を見てる……?

 誰かお客さんだろうか。俺が振り向くと、窓の外にフードをかぶった男の人が見えた。常連さん? 知り合い? そう聞こうとしたら美桜ちゃんが小さな声でつぶやいた。

「……お父さん……?」

 そしてもう一度はっきりとした声で言った。


「お父さん!」


 その瞬間、窓の外の居た人は走って消えた。美桜ちゃんはガタンと立ち上がった。俺もそれを追うように立って店を飛び出した。

「お父さん待って!!」

 美桜ちゃんは後ろ姿に向かって叫んだ。方向は商店街の右奥。ていうか、美桜ちゃんにお父さんと呼ばれていた人はもうかなり小さくなっている。あれ自転車じゃね?! 俺は迷わずヒールをポイと脱いで両手に持って走り出した。

「玲子さん?!」

 俺の状態をみた美桜ちゃんは叫んだ。

「大丈夫、道詳しいから、追いつける」

 俺はスカートのすそを掴んで走りはじめた。

 逃げる理由も追う理由もよく分からないけど、つばさが会いたかった人だ。話をさせてあげたい!





 何度も言うけど、俺はこの商店街で育ったから、抜け道に詳しいんだ。

 どこの信号がどれだけの長さなのか、この信号で待たされるならこっちに行ったほうが良いとか、全部分かってる。

 走りながら、つばさが言っていたことを思い出す。

 つばさは、何度か父親のことを口にしていた。一緒に山を登ったこと、石を積んだこと、泥団子を作る時に砂を持ってきてくれた人。

 でも結局つばさと母親の浮気を疑って、出て行ってしまった人。

 つばさはきっと、要らない責任を感じてるんだ、何も悪くないのに。

 無駄に苦しんで、泣いている。俺に今できることは、とりあえず話をできる状態に……!

「おえ、苦しい」

 俺は首元のボタンを一つ取った。この制服はハイネックになっていて、首元ぎりぎりまで隠れる。

 でも苦しくて無理だ。そして袖をまくる。真冬なのにめっちゃ暑い!

「ここは……」

 さっき父親はここを右に行ったけど、この先に五差路の信号はめっちゃ長い。

 その場合この店の隙間を抜けたほうが早い! 俺は商店街の細い道を駆け抜けた……ていうか、足が痛い! たぶんなんか色々踏んでる。

 でもヒールではこんなに走れない。だから仕方ない……でもヒールを手で持って走る必要は無いな。

 お……ここは……丁度コロッケ屋の前を通りかかったので、俺は裏口に向けてヒールを投げ込んだ。

 正月でコロッケ屋はまだ営業してないから、セーフ!

 このタイミングなら、その先の五差路にまだいるはず。居た!

 でも目の前で青になった。くそ追いつけない!

 俺はそのまま加速して追う。左側車線に入った……このタイミングだと次の信号も赤だ。ということは左に曲がる。ならこっちだ! 俺は前の角を曲がって走る。

 そして大通りに飛び出したその瞬間

「危ない!」

 自転車がキュキュキュと止まった。

 顔を見たら、さっきのフードをかぶっていた人……捕まえた!!

「あっ……」

 俺の服装を見て美桜ちゃんの店の人間だと気がついたのか。親父さんは再び動こうとしたが、俺は腕を掴んた。そしてそのままズルズルと裏路地に連れ込んだ。自転車が裏路地にガシャンと転がるが気にしない。


「……なんで、逃げるんですか」


 俺はなんとかそう言った。息が上手に吸えない。こんなに全力疾走したのは久しぶりだった。

 止まった瞬間に汗が噴き出す。服を掴んだまま、壁にもたれて体勢を維持する。

 目の前に男……美桜ちゃんの……つばさの親父さん……は、60歳くらいの人で、髪の毛は短く……でもしっかりと染めているからか、年齢より若く見える雰囲気で、目元がたしかにつばさに似ていた。この人がつばさのお父さん。

 服装もこざっぱりとしているから、きっとちゃんと働いている人だ。

 ただ、さっきから目が泳いでいて、俺のほうを全然見ない。俺は大きく息を吸って呼吸を整えて言った。

「なんで来たのに、逃げるんですか」

「……やっぱり、合わせる顔が無くて」

 そりゃそうだ。でも来たってことは、気になってたんだろ……?

 ひょっとしておばあちゃんから転校する話を聞いたのかも知れない。それでつばさに会いにきたのかも知れない。俺には全然分からないけど、つばさが気にしてたのは確かなんだ、逃げないでくれ。

「お父さん!」

 美桜ちゃんが汗だくになって走りこんできた。間に合った……。

 俺は掴んでいた手を放して、地面に座り込んだ。膝がカクカクする。

「来てくれたの? 私、会いに行こうと思ってた……」

 美桜ちゃんは息を切らして親父さんの前にペタンと座り込んだ。

「つばさに謝ろうと思って……でも先に一目見て心の準備を思ったんだけど……ごめん……」

 親父さんはうな垂れた。

 美桜ちゃんは「良いの……来てくれて嬉しい」と何度も目元を拭いている。

 顔のメイクは汗で落ちて、泣いているのか、マスカラもにじんでいる。

 確認できないけど、俺も同じような状態だろうな。

 親父さんは顔を上げて美桜ちゃんをチラリと見て、再びうな垂れた。

「……本当に、こんな服装で働いてるんだな。ごめん、どうしても、つばさがこうなったのが俺のせいな気がして、受け入れられないんだ」

 親父さん何度も首をふって俯いた。

 つばさが口を開こうとしたが、それを制して親父さんは続ける。

「ごめん、やっぱりダメだ、自分を責める気持ちが止められない……俺が辛い、見たくない、無理だ」

 つばさは親父さんの前にちょこんと座って、言葉を静かに聞いていた。

 親父さんは

「つばさを根こそぎ否定するような事ばかり言ったからだ……性転換病は精神的なストレスが大きいって読んだ。性を否定するとダメだとか……俺が悪い……俺が悪い……ゴメン本当に……駄目だ……全然だめだ……」

 とくり返し言っている。

 性否定が性転換病の原因? そんな事を書いてある本があるのか。

 俺も少し調べたけれど、複合的な理由でなる病気で一概には言えないと思う。

 病気はただの結果論でしかない。

 美桜ちゃんはスッ……と背筋を伸ばして父親に向かって口を開いた。


「俺はもう、つばさを捨てたよ。高校も編入する、パティシエになるんだ」


 親父さんは、そんな……と表情を歪めた。

 美桜ちゃんは静かに首をふって、親父さんの手を握った。

「俺の手、昔から冷たいだろ。これ、パティシエに向いてて、天性の才能だって言われた。こんなに冷たい人は珍しいんだって」

 そうなのか。横で聞いていた俺も初めて聞いた。確かに生地やチョコレートがだれないから良いのかも知れない。

 美桜ちゃんは続ける。


「誰のせいでも、なんでも良いよ、俺は、私はこうなって良かったと思ってる」


 親父さんは握られていた美桜ちゃんの手を改めて触った。そして

「……確かに、つばさの手は子供の頃から冷たくて、泥団子作った時も、形が崩れなかったな」

 と苦笑した。

 美桜ちゃんは、そうだよ! と顔をくしゃくしゃにして笑った。そして

「別にやりたいこともない人生だったけど、こうなって見つかったなら、それだけでラッキーじゃん?」

 とおどけた。親父さんは

「……なんかつばさ、前向きになったな」

 と呟いた。

「そこにいる玲子さんとか、友達とか……いろんな人のおかげだよ」

 美桜ちゃんは俺の方をみて目尻を下げた。

「俺自身はお父さんと同じ、弱くてダメなまま」

 それを聞いて親父さんは力なく「そうか……」と苦笑して、ほんの少しだけつばさを見た。

「そうだよ!」

 そういってほほ笑む美桜ちゃんの表情は、美桜ちゃんだけどつばさで、俺はどうしようもなく悲しくて嬉しくて、小さく微笑んだ。



 桜が咲く前には、おばあちゃんの所に顔を出す……そう約束して親父さんと美桜ちゃんは別れた。

 美桜ちゃんは汚れてしまったメイド服をパン……と叩いて立ち上がり、俺に向かって頭を下げた。

「ありがとうございました。きっと、あのタイミングで捕まえないと、あの人きっと永遠に来なかった」

「永遠に?」

 俺は苦笑しながら、立ち上がった。

「心が、弱い人なんです」

 美桜ちゃんはため息をついた。でもその表情は全てを許すような優しい瞳で、ああなんか、美桜ちゃんの中で何か一区切りあったんだな……と俺は思った。

 正直、あんな弱気な人だともう来ないかも知れない。

 でもはっきりと目を見て気持ちを伝えられたのは、確かな一歩だと俺は思う。



「戻りましょうか」

 俺と美桜ちゃんはふらふらとランスに向かって歩き始めた。

 その時、頬にポチャンと雨粒を感じた。

 空がゴロゴロ言い始めて、空が灰色に濁っていく。

 嵐がくる。

 俺と美桜ちゃんの間を風が吹き抜けた。



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