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確認と暗転

 今日は始業式しかないので、学校は午前中に終わった。

 だから昼過ぎからのシフトに入ってるんだけど……。

 俺は電車にのり、家族共有のカレンダーを立ち上げた。このアプリには家族みんなのスケジュールが入っている。

「七々夏は……」

 仕事に行っているようだ。七々夏は週の半分デパートの化粧品売り場で働き、残り半分は出張メイクとして働いている。夢は舞台やショーに出る人にメイクをする人? らしく、いつも楽しそうにしている。しかし七々夏が居ないということは、自分でメイクしなくてはならない。

 俺はなんとなく自分の肌に触れる。うん、今日は調子悪くないかも。

 自分でメイクをするようになってから、肌の調子に敏感になった。

 肌=キャンバスだと理解したからだ。

 昔から絵を描くのがわりと好きだったのだが、メイクはその延長線上にある気がする。

 顔をキャンバスにしたお絵かき。うまくいくか、いかないかはお肌の状態次第というのが常に白いキャンバスとの違いか。キャンバスの状態がいいほうが当然メイクも簡単に乗るので、七々夏から貰った基礎化粧品を使うようになったら、おでこのニキビが激減した。正直悪くない。断じてメイクが好きなわけじゃない、お絵かきが好きだということだ。

  



「こんにちは」

 俺が食器を洗っていると、美桜ちゃんが出勤してきた。

 俺はひそかに息を吐いて、気持ちを落ち着かせる。

 大丈夫、これは田上の妹、美桜ちゃんだ。

「あ、これ、忘れてたよ」

 俺はなるべくさりげなく声を出して、洗って畳んでおいたカーディガンに視線を送る。

「あ、ここでしたか、すいません、無くしたと思ってました!」

 美桜ちゃんがにこりとほほ笑む。今日も制服を中に着てきたようで、上に白いスプリングコートを着ている。それをフワリと脱ぐと、スカートが軽く広がった。俺の数倍制服のメイド服が似合っていて可愛い。

 てか、冷静に考えてこんなに可愛い子が不愛想な田上のはずがない!

 マジで美桜ちゃんは田上の妹だと思う。

 今日の目標はそれをさりげなく聞き出すことだ。

 それに今日のフロア担当は俺と美桜ちゃん。丁度いい、絶対上手に聞く。

 月曜日は比較的暇だ。でも15時から提供するケーキセットはわりと人気で、常連のおばあちゃんたちが良く来るし、その準備をしなくてはならない。

 ケーキは商店街にあるケーキ屋さんに注文して作ってもらっているもので、小ぶり。でも4種類ある中から2種類選べる。甘いものが大好きな七々夏が

「小さくていいから二つ食べたいの!」

 と言って始めたのだが、好評だ。

「生クリームのホイップ始めちゃって大丈夫ですか?」

 中に入った美桜ちゃんが冷蔵庫を開きながら言った。俺はよろしくおねがいします、と背中に声をかけた。

 美桜ちゃんは手慣れた手つきで大きいボウルを出して、汚れが一つもないように磨いた。そこにクリームを入れて、丁寧にホイップを始めた。

 提供しているゼリーとプリン用には完全に角がたつほどホイップした生クリームが必要だし、ホットケーキには7割までたてたクリームが必要だ。

 美桜ちゃんはバイトにくると、いつもその仕事を好んでしている。

 どうやら料理は得意らしく、ケーキの盛り付けも俺の百倍上手いし、丁寧だ。

 暇な時間だから凛ねえはコーヒー豆の在庫確認のために倉庫(といっても部屋の奥だけど)に行っている。今がチャンスだ!

 声が出ないように小さく息だけで咳払いして喉を整える。

 正直俺の声ってそのままなんだけど、どうして男だって気が付かれないのだろう。

 ちゃんと声変わりもしているのに。地声が標準よりは少し高いのは気が付いているけれど……。

 ううん、声を整えて俺は美桜ちゃんの近くに立って、さりげなく声をかける。



「美桜ちゃんってお兄ちゃんとか、弟とか、いる?」



 普通に何となく、少し気になった風を装って、届いたケーキのフィルムを取りながら聞いた。

 すぐに答えが返ってくると思っていたが……答えが返ってこない。

 ヤバい……なんか普通に聞けて無かった……? もしくは聞こえてない……? てかストレートすぎた? もう一度聞く勇気はないぞ? そろりと振り向くと、美桜ちゃんが固まっていた。そして恐ろしく真剣な表情で俺のほうをじっと見ている。真っ黒な瞳が俺をまっすぐに動かず、棒立ちで見ている。そしてゆっくりと口を開いて


「……なんでそんなこと聞くんですか?」


 と言った。

 うわあ、今まで見たこと無い真剣な表情。全然さりげなく聞けてないし、これきっとNGワード、地雷だったわ。体中がドクンドクンと脈打って心臓が苦しい。何か言い訳を……。

「ほらうちって二人も姉がいてさ、えーっと……今日の朝パンが全部食べられてて、仕方なくご飯レンチンしたんだけどジャムしかなくて白米のまま食べた……みたいな……えーっと……そういうことって美桜ちゃんもあるかなーって世間話をしたかったんだけど……」

 俺はしどろもどろになりながら弁明する。

 美桜ちゃんは少し緊張がとけた表情になって


「あ、なるほど。私は……年が近いお兄ちゃんがいます」



 !!! 



 俺はそれを聞いた瞬間、超満面の笑みを浮かべていたと思う。

 美桜ちゃんは田上の妹決定!! うわああ……すごくスッキリした。まあ兄の同級生が女装してバイトしてるって気が付かれなければOKだな、うん。

 バレたら俺の高校人生終了するわ、ふー、気をつけよ!

 はー……良かった。これで安心してバイトが出来る。

 俺は安堵して、再び作業を開始した。冷蔵庫に入っているシフォンケーキを美桜ちゃんに切ってもらうために冷蔵庫から出す。

 美桜ちゃんはケーキを切るのも上手い。俺が何かガタガタ&サイズがバラバラになってしまうのだ。

「美桜ちゃん、これ今日もお願いしていいかな」



 振り向くと、美桜ちゃんの表情が固まっていた。



 いや、固まっているというか、どこを見ているのか分からない。

 正しく言うと、目の焦点が合って無い……?

 俺また何か悪いこと言った?

 俺と美桜ちゃんは視線を合わせたまま、動けない。

 どうかした? そう声をかけようと思った瞬間、目の前に立っていた美桜ちゃんの身体が真横に倒れていった。膝から崩れ落ちとかじゃない、たったまま、真横にそのまま倒れて行った。まるで頭の横から銃で撃ち抜かれたように。

 ドスンと、普通の生活をしているとあまり聞かないような鈍く、大きな音が響いた。同時に手に持っていたのだろうか、ボウルに入った生クリームが生き物のように弧を描いて空を舞い、高い音を響かせて床に転がった。


「美桜ちゃん!!」


 俺は叫びながら手を伸ばした。



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