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この手を離さない

 俺は家に帰って野乃ちゃんと莉々ちゃんが行っている学校を調べた。

 二宮第一高等学校。ランスを真ん中にして、右側に俺たちの高校があるとしたら、同じくらい左側に行ったところに、その高校はある。

 色んな専門分野が強い学校で、偏差値こそ低いが部活にも力を入れてるし、なにより就職に強いようだ。

 そして……共学。

 つばさが、男子生徒と一緒に教室。

 女子の制服はセーラー服、ああこれはきっとつばさに似合ってめっちゃ可愛い。制服デートとかヤバくない?……でもこの制服をきて他の男子生徒がいる所にいるつばさ……

「うああああいやだああああ……」

 俺はベッドに飛び込んでゴロゴロゴロ転がった。

わかってるんだ。つばさは女の子なんだ、男子校になんて居ないほうが良い。

うちの高校は、三年の旅行で毎年石垣島にいく。

 そこではみんな水着になって遊ぶし、ホテルもプールつき。伊豆大島みたいに裸を避けるのは限界がある。

 バレて騒ぎになるより、自らの意志で転校したほうがいい。

 分かってるんだ。俺だって美登利ちゃんに「なんで転校しないの?」と聞いたくらいだし。

正直。

ランスに呼ばれて美桜ちゃんになったつばさに会う覚悟はできていた。

 実は俺が玲子だという事も告げられるて楽になる。それでいいじゃないか。そんな心の準備をしていたんだ。

 まさか学校もやめるつもりだったなんて。

 

 じゃあもう、完全につばさは消えるのか?


 俺は胸元の服を掴んだ。

 一緒に花火をみたつばさも、靴がぬれて文句いいながらついてきたつばさも、油断して生足放り出すつばさも、一緒に星をみたつばさも、家庭科室の廊下で手を繋いだつばさも、全部全部消えるのか……?

「うわ、めっちゃイヤだ……」

 俺はベッドの上で正座して普通に言った。そんなの悲しすぎる。

 どこにも行かないでほしい、今のままがいい。

 俺だけがしっているつばさが近くにいて欲しい。

 そこまで考えて、俺は小学生の亜稀ちゃん以下の生物だと思い知らされる。

 今を変えるのが、イヤでイヤで仕方ない。

「はあ……」

 ため息をついてスマホを見るともう12時だ。寝ないと……明日も学校だ。

 とりあえず喉乾いた……俺は一階に降りて行った。

 するとドタン! と何かを殴りつけるような音がして階段で驚いた。

 何?! こっそりと台所を覗いたら、投げつけられる白い塊……。

「あら、春馬。起こしちゃった? ごめんね。うどん捏ねたの」

 凛ねえはドタン! と再び白い塊を机に投げつけた。えー?! 夜の12時に何してるんですか。

「お……おう……、店で出すの?」

 俺はお茶を出しながら聞いた。凛ねえは喫茶店で手打ちうどん出さないでしょ……と苦笑して

「寝れなくて。ちょっと粉でも練ろうかなと思ったの」

 と言いながら白い塊に体重をかけた。

 陶芸を紹介してくれた時に、粉とか粘土とかいじっていると心が落ち着くと教えてくれたのは凛ねえだ。つまり凛ねえの心は今荒んでるんだな……。そりゃそうだ、小清水先生が行っちゃうんだもんな。

「……俺もやろうかな」

「あら、良いわね」

 俺は手を石鹸で洗って、中力粉の塊を半分受け取った。こねこねして伸ばして叩いて。

 不思議と心が落ち着いた。

「……アメリカ、行けばいいじゃん」

 俺はこねながら言った。凛ねえはドン! と塊を投げつけて

「私は何も変わらず、ここにいるの。そしたら先生は安心して帰ってこられる」

 と言った。なんという強気。絶対に自分の元に戻ってくるという条件で話をしている。

 凛ねえは、再びドスンと塊を投げつけた。

 その横顔をチラリとみると、決意に満ちていて……いや、違うな。

そう思い込みたいんだ。そう思いたくて、そう決めたくて、分かってるのに辛くて言えなくて、うどんを捏ねてるんだ。

 凛ねえに散々「言いたい事言えよ」とか思ってきたけど、俺も同じだ。

 残念な姉弟だ。何もできそうにないし、言えそうにないし、うどん捏ねることしか出来ない。

 俺たちが無言でうどんを捏ねていると、玄関を乱暴に開けて廊下に鍵を投げ捨てる音が響いた。そして酒臭い塊が台所にフラフラ入ってきた。

「たっだいまあ~、あれ~何してるの~? 七々夏はお酒たくさん飲んではっぴーはっぴーでーす! 明日は有給! うーん幸せ! おやすみ!」

 そう言って机で眠り始めた。

 なるほど。姉弟だからといって同じ性格というわけでは無さそうだ。

「打ち粉で真っ白にしてやろうか……」

 凛ねえはうどんを捏ねながら毒づいた。珍しい。やってやれー!



「おい、春馬! 今日新作プリン入荷してるぞ」

「マジ? でも今日は眠すぎて……」 

 昼休み、俺は机に突っ伏して寝ていた。

 結局俺と凛ねえは夜2時までうどんを捏ねて(なぜだかその後はスッキリ眠れた)朝からそれを切り、美味しく頂いてきた。

 ちなみに机でそのまま朝を迎えた七々夏は頭に打ち粉乗せたまま「朝から手打ちうどんとか神じゃね?!」とペロリと食べてそのまま寝た。強い……。

「春馬、プリン買いに行く?!」

 目の前で江崎が財布抱えてワタワタしている。

「買えたらよろしく」

 俺は軽く右手をあげて、再び机に倒れこんだ。眠すぎる。

 うちの購買は予告なしで新作プリンを投入してくるんだけど、これが安くて美味しいので毎回戦争が勃発する。

 でも今日は不参加。うどん効果で少し落ち着いたけれど、つばさの目をみると悲しさが押し寄せてしまっている。

 ダメだ……。

 俺は机に頭を押し付けたまま、軽く首を振った。今日もバイトだから、少しでも睡眠時間を確保しないとヤバイ……うとうとした。

 そして夢をみた。

 旅行でつばさと海をみてた時の景色。誰が作ったのかブランコが置いてあって、俺たちはそこで写真を撮って遊んだ。空が青くて砂浜はやたら狭くて、俺たちははしゃいでいた。そして靴に砂が入った。ザラザラした小さな砂。靴を脱いで出していたら、つばさは先に行ってしまったんだ……まってくれよ! 手を伸ばしたら……パシンとその手を掴まれた。


「?!」 


 手を掴まれたのは現実だった。

 俺は夢と現実の境界線が分からなくなって、何度もまばたきをした。

 そうだ、ここは教室だ。

「春馬も参加」

 ん? 何に?!

 気が付くと、つばさが俺の腕を掴んで持ち上げていた。

 俺は眠っている間に何に参加させられたの?

 黒板を見たら『新作いちごプリン・争奪あみだくじ大会』と書いてあった。

 ああ、これね……。変な事じゃなくて俺は少し安心した。ていうか新作はイチゴプリンなの? めっちゃ食べたい、今度はちゃんと参戦しよう。俺は頭を持ち上げて顎肘をついた。するとスッ……とつばさが体を低くして俺の視界に入ってきて

「な? 当然参加だろ?」

 と目をキュッと細めてほほ笑んだ。

 心臓がギュッ……と掴まれる。

 行かないでほしい。こういう日常がなくなるなんて、想像もしたくない。

 江崎が順番に名前を入れて、無駄にいい声で「あみだくじぃぃ~~」と動かして、結局斎藤がイチゴプリンをゲットしていた。

 めっちゃ旨そう……。学食のすさまじい所は、あのクオリティーで50円ってところだ。

 コンビニだと150円以上する味だと思う。

 俺はパタンと再び机に倒れこんだ。今日は食事をするより眠りたい。

 再びうとうとし始めた俺の視界に、シャーペンが下りてきた。

 俺は眠すぎて4時間目に配られたプリントがそのまま机の上に出ていた。その上につばさが何かを書き始めていた。カリカリ……シャーペンが動く先を俺はぼんやり見ていた。

「できた」

 そこには頭にバケツを乗せた雪だるまのイラストが描いてあった。

 俺はハッとした。

 この絵って……たぶんリボンで作ってるクッキーの絵だよな……。

 つばさは前から絵がうまくなりたいって言ってた。俺も知らなかったんだけど、パティシエたちは自分が作りたいケーキとかのデザインをイラストに起こすらしい。

 だからパティシエになりたいなら、絵はうまいほうが良いらしい。

 つばさは続けてカリカリと絵を書き始めた。それは、前よりも上手になっていた。


 きっと、本気でパティシエ目指すために練習してたんだな。絵はただ書き続けることでしか上達しない。

 本気でパティシエになりたいんだな……。


 俺は自分が淋しくて、そればっか考えて、つばさの本気なんて全然理解してなかった。

 いや、心の奥底では分かってたけど、淋しくて心の蓋をしていたんだ。

「わりと上手くなってきたと思うんだ。もちろん春馬に叶わないけど」

 つばさはふふ~んと笑った。

 俺はせりあがってくる気持ちを、喉の奥に押し込んで、飲み込んだ。

「……すごく、良いと思う。頑張れ」

「だろ?」

 つばさはサンタクロースの絵も描き始めた。

 未来に向かって歩き始めたんだ。それを応援しないなんて馬鹿な男になりたくない。

「春馬」

 つばさに呼ばれて、俺は顔を上げて頬杖をついた。つばさは、左手をチョイチョイと動かして俺を近くに寄せる。俺は「なに?」ともう一歩寄った。

 つばさは右手と左手で口元を完全に隠して、声を出さず、口だけ動かして

「(すき)」

 と言った。

「?!?!」

 俺は驚きすぎて思いっきり立ち上がった。ガタン!!! と大きな音を立てて椅子がひっくり返る。

「大丈夫か?」

 横の席の江崎が驚く。

「あ……ああ」

 俺は椅子を戻して座った。

 つばさは俺の前の席に座ったまま、にんまりとほほ笑んで

「目が覚めたな」

 とほほ笑んだ。なんだよもう……なんでこんなに小悪魔なんだ……。

 そして思った。


 この先、つばさがどんな人たちに囲まれたとしても、男の服装をしたつばさに「すき」って言ってもらえる男は、きっと俺だけだ。

 これからつばさが女の子として生きていくなら、なおさら今日楽しいほうがいいわ。

「ん」

 俺はつばさに向かって手を伸ばした。

「?」

 つばさは訳わかんない……といった表情をした。

 俺はそのまま手を伸ばしてつばさの手を掴んで、俺の手と繋ぎ、机の上に置いた。

「?!」

 つばさは驚いて周りを見たが、みんな昼休み中で遊びまわってて気が付かない。

 いつも冷たいつばさの手が、すこしずつ熱くなってきているのが分かる。

 逃げようとするのを掴んで、指で組み敷いて、俺はその上から覆いかぶさって、寝た。

「おーい春馬……おーい……」

 つばさが前の席で動揺しているけど、仕返しだ! 俺はお前のせいで眠いんだ!!

 絶対この手を離さないからな!!

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