表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

46/53

無力と未来とジャガイモと

「玉ねぎとか、切ってるんじゃないの?」

「いや、俺は芋を潰して揚げてるだけだ。いいぞ、芋を潰すのは……いいぞ……」

 つばさは

「料理はあんまり得意じゃないんだね……」

 と呟き、コロッケをかじった。しゃくりと高い音を立てて、茶色のパン粉が落ちる。

 つばさは俺がカレー作りの時に切った玉ねぎのサイズがバラバラだったことを、今も思い出したようにネタにする。

 俺の料理は、細かいことは気にしないのだ!

「でも、チラシは良い感じ」

 つばさはカバンからチラシを出して俺に渡してくれた。

 礼を言って受け取る。印刷上がってくるのは知ってたけど、今日はコロッケ屋のバイトを休めなかった。

 そしたらつばさが店まで持ってきてくれたんだ。

「こういうのは、すごく細かくできるんだな」

 つばさは仕上がったチラシを見て言った。

 江崎が著作権フリーだぜええと山のように写真を送ってきたので、江崎祭りなチラシを作ってやった。紙面に江崎が溢れかえっている。とにかくうちのクラスに来れば江崎を拝めるのは間違いない。それと一杯100円ということだけはすぐにわかる完璧に仕上がりだ。

 つばさは細い指先で、小さく張り込んである江崎の写真を指した。

「これ、釣りの時の」

「釣り竿振り回してる写真な。こっそり入れた。ちなみに釣ったアジもこっそり飛んでる」

「こういうの、いいな、面白い」 

 褒められ慣れてない俺はサンキュ……とおでこを掻いた。恥ずかしくて顔が熱い。


「あ、裏口に居た。あ、つばささんも居る」

「亜稀ちゃん!」


 俺とつばさが話していたコロッケ屋の裏口に、凛ねえの好きな人……小清水先生のひとり娘、亜稀ちゃんが顔を出した。たまに小清水先生や凛ねえとコロッケを買いに来てくれるけど、一人で来るのは珍しいというか初めてだと思う。

 つばさも会った事があるので「こんにちは」と完全に美桜ちゃんの表情で話しかけた。

 よく考えたら美登利ちゃんと年が近いのかも知れない。

「あのね、お父さんがここのお店のコロッケ大好きで、私も作りたくて、作り方教えて貰えないかなあと思って来たの」

「……? 教えるのは全然良いけど、家も近いし買いに来た方が早い気がするよ」

 俺は営業ではなく本音を言った。

 コロッケ屋でバイトをはじめてから思ったのだが、コロッケ作るのは面倒だ。芋を煮てつぶして肉とかと混ぜて衣つけて揚げる。店で売ってると一気に100個分とか作るから、もう流れ作業になるけど家庭で食べる10個とか手作りするほうが面倒だと思う。

 あの……と言いにくそうに、でも亜稀ちゃんは口を開いた。


「凛さんから聞いてませんか? 私とお父さん、春からアメリカに行くんです」

「?!」


 俺とつばさは目を合わせて驚いた。

「……聞いて無いな」

 俺たちは二人で同時に首を振った。全く知らないし、凛ねえはそんな素振りを見せない。

「先生と二人でいくの?」

 つばさは近くにあった自動販売機でジュースを買って亜稀ちゃんに渡した。

 亜稀ちゃんは「わー、すいませんー」と言いつつそれを一口飲んで

「お父さんと二人で行きます。私一兆回くらいお父さんに凛さんも一緒が良いって言ったんだけど、大人には色々あるんだ……ってそればっか。大人って何があるんですか?」

 亜稀ちゃんはブーと口元を膨らませて言った。俺は

「大人じゃないから分からないや」

 と苦笑して返した。

 でも今の店は凛ねえが店長で、母さんは半分引退した状態だ。ずっとお店にいて自由が無かったけど、今は友達を作って楽しそうにしているのを見ると「店にもどってきてほしい。私は好きな人とアメリカにいく」なんて凛ねえが言うはずない。

 というか、そんなことを言える人だったら、こんな何年も理不尽な恋を続けてない。

 だから先生が戻るまで待つつもりなんだろうけど……

「何年くらい行くの?」

「二年です。中途半端すぎませんか?! でももう行くって言うから、少しでも料理とか勉強して凛さんに安心してほしくて……」

 亜稀ちゃんは淋しそうにうつむいた。

 小学生でお父さん……しかもきっと多忙で家に居ない人と二人で海外。

 心細いだろう。

「コロッケ作るなんて、今日からでも教えてあげるよ!」

と俺は立ち上がり、コロッケ屋のおばちゃんも全面協力の中、一緒にジャガイモを洗った。なぜかつばさも手伝ってくれて三人であつあつのジャガイモの皮を剥きはじめた。

 でも……心なしか、つばさの表情が晴れない。俺は「疲れたなら休めよ」と軽く声をかけた。つばさは「大丈夫」と答えて亜稀ちゃんに話かけた。

「……ずっといた場所から離れるの、怖くない?」

 亜稀ちゃんはドスンとジャガイモを潰して

「怖いですよ! 言いました、行きたくないって。でも何度も言ってたら、行くこと自体を辞めそうになって……考えたら私、お父さんに行ってほしいけど、私が行きたくないんだなーって気が付いて。ずっとその人の元で勉強したいってずっと言ってて、たぶん最後のチャンスなんですよねー。私のせいで夢が叶わないなんて、それって違うなーって……」

 そう思って……とやがて声は小さくなり、油がじゅわじゅわとそれを飲み込んで行った。

 俺は

「亜稀ちゃんめっちゃカッコイイな」

 と脳裏に浮かんだ言葉をそのまま言った。この年でそんなこと考えられるの凄すぎる。

 亜稀ちゃんはジャガイモをドスンと潰しながら

「もうこうなったら、金髪彼氏作りますよ!」

 というので、それが一番英語の上達が早いらしいよ? と俺は笑った。つばさは

「……ほんと、カッコイイね」

 と静かにジャガイモをクシャリと潰した。

 どうしようもなく俺たちは無力だった。

 ゆで上げられたジャガイモがボウルに転がるように、無力だった。



「鍋を明日11時に持っていけばいいの?」

 遅い夕食を食べながら、凛ねえは俺に聞いた。

 色々あっても何一つ言わない女……それが俺の姉だ。

「明日の11時、裏門でお待ちしております……」

 俺は冷蔵庫からお茶を出しながら、じ~~っと凛ねえを見た。凛ねえは生姜焼きをパクリと口に運び

「そういえば、今日亜稀が顔出したみたいだけど、ケガだけはさせないでね」

 と平然と俺に言いきった。

 何もかもお見通しの女……それが俺の姉……。

 大丈夫なの? とか別れるの? とかめっちゃ聞きたいけど、大丈夫なわけないのに大丈夫な顔して、絶対別れられないから別れないのだ。何年見せられてると思うんだ、このドMプレイを。

 かといって小清水先生と結婚してほしいわけでもないのが、複雑なところだ。

 正直全然結婚してほしくない、もっと良い案件が絶対あるだろう! 

 江崎のほうがマシなんじゃないか? そう考えて、それは無い……と静かに思った。俺的に、ない。友達が兄。ホラーだ。

「そういえば江崎くん、歌が良くなったわね」

「え?!」

 俺は心の中を読まれたようで叫び声をあげた。凛ねえは夜中に大声出さないでよと俺を睨みつつ

「ネットで偶然動画を見たけど、昔と雰囲気が違っていて意外だったわ」

 昔……? 昔というほど前から江崎を知ってたのかな? 俺は

「歌が歌いたくてユーチューバーしてる男だからなあ……本人に言ってやったら喜ぶぜ」

 と伝えた。ほんと飛び上がって喜んで新曲のひとつでも書き上げそうだ。

 凛ねえは

「そうね、誉め言葉は本人に直接いうべきね」

 とほほ笑んだ。反応が怖い。俺が居ない所でしてくれ……。


 次の日はもう文化祭の前々日で、最終的な準備が始まった。

 俺とつばさと江崎は、遠くの業務用スーパーまで買い出しにきている。

「俺の顔よりデカいくね?!」

 江崎は目を輝かせて巨大サイズのカレールーを両手に持ち、俺に写メらせた。

 ていうかすべての商品がデカすぎてクソ重い。

 カレールー10個、ジャムの大瓶にチョコレートソースに乾燥ワカメ。とにかくすべてがビックサイズで重量も半端じゃない。しかも江崎は

「早く帰らないと凛さんがくる時間になる!」

 と焦り始めた。まだ30分あるし余裕だろ……と思うのと同時にうしろを振り向くとつばさは両手に荷物を抱えて辛そうにしていた。そりゃそうだ、筋力が違う。

 俺はつばさの袋も受け取ろうと手を伸ばした。つばさは軽く首を振って断ってきたが、俺はゆっくり頷いた。

 こういうときくらい男っぽい事させてくれよ。つばさは通じたのか、俺に重い袋を渡した。どっわ、重い! でもきっと筋力が少ないつばさのほうが辛い。

 代わりに乾燥わかめとかふりかけとか、乾き物が入った袋を渡して、江崎の後ろを歩いた。


 駅のホームに入ってきた電車はめちゃくちゃ混んでいた。朝の通勤ラッシュ並みの人が乗っている。

 でも駅のホームにも溢れかえるほど人が居て、どこかの駅でトラブルがあったことを放送が告げていた。これは動いてるやつに乗らないとアウトになるやつ。

 俺たちはこの満員電車に乗り込むことにした。

 乗客が少し降りて、空いた空間に待っていた乗客が一気に乗り込む。俺たちも流れるまま一番奥まで押されていく。

 人の激流に流されるまま、電車に一番向こう側まで到達した。そのまま壁に押し付けられそうになるつばさを、なんとか守った。

 でもまだ後ろからググ……と押される。

 うおお……俺はなんとか腕で空間を作ってつばさを守った。

 江崎は……? と一瞬探したら、人間の限界まで薄くなっている。もはや一反木綿、電車にめり込んでるように見える。よし、生きてればいいや!

 背中が圧迫されて痛い。でもつばさは潰したくない! 俺の痛みに気が付いているのか、気が付いていないのか、つばさは俺の胸元でリスのように顔を動かして、顎の下でモコモコ動いている。腕の隙間からピョコと頭を動かして、クルリと回ったりしている。俺は小声で

「……なにしてんの」

と言った。つばさは俺の顎の下からチョロリと視線だけあげて


「なんか、春馬の胸元で飼われてる猫みたい」

 と言い、再びモコモコ動いた。


 っ……なんだこの可愛い生物は。

 そして悠長にスマホを取り出して「昔猫かってて、好きなんだよなあ」と写真を見せてくれたが、俺は背中をグイグイ押されてそれどころじゃない。

「クロネコ可愛くない?」ってその笑顔……つばさが一番かわいい、間違いない!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ