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君の体温

「んで、どこに行くんだよ」

「駅からバスに乗るんだ」

 つばさの右手と、俺の左手を繋いでいるので、両手でスマホを使えない。

 右手だけで何とか操作してるけど、指の届く範囲がギリギリだ……でも繋いだ手を放したくない! 一度離したらもう一度繋ぐタイミングが難しそうだから!

 幸い、乗るバス停の場所とか行先とか、すべてメモアプリに入れてきた。

 片手で何とかメモアプリを開く。

「何番?」

 ツイとつばさが俺の腕にくっついて、スマホを覗き込んできた。つばさの顔が俺の左肩すぐ……近いっ……! 俺はスマホをつばさの方に見せて

「16番」

 と言った。じゃああっちだな~とつばさは俺の手をグイと引っ張った。

 その瞬間、繋いだ手がするりとほどけてしまった。

 しまった、緊張しすぎてて、手が汗だく……!

 焦った俺の目の前、つばさが両手をズボンのポケットで拭いた。

「……手が汗かいてた、ごめん」

 緊張してるのは俺だけじゃないと思ったら、ほんの少し心に余裕ができた。

 俺も両手をズボンで拭いて

「俺も」

 と笑い、再び左手を出しだした。つばさはもう一度ポケットで手を拭いて、俺の左の手人差し指を握った。俺は改めて、つばさの指を、すべて握り返した。

 いつも冷たいつばさの指先が、今日は少しだけ温かい。



 乗り込んだバスの中。俺たちは後方にある二人掛けの席に座ったけど、椅子が小さい。

 ていうか、ここは【少し太った人専用の一人席】じゃないのか?

 だから密着した状態で座ることになり、俺の左手とつばさの右手は、なんとなく繋がれたまま、俺の膝の上にある。

 心臓のバクバクが身体の左側を通して伝わってしまうのではないかと、小さく息を吐いて

「駅では大声だしてゴメン、緊張してるわ」

 と謝った。つばさは首を振り、あのさ……と話し始めた。

「……元々声が高すぎて、イヤで。この病気になった時、実はそんなにイヤじゃ無かったんだ。それならそれでいいや……って思ってた」

 俺はバスに揺られながら小さく頷く。

「でも……実際春馬の前に出ると……予想より恥ずかしかった」

 つばさは前髪をチョイといじって言った。


 それはきっと男であるつばさを俺が知っているからだ。

 知り合いの男の前で初めて『女の子の片鱗』を見せたのが俺なんて、幸運すぎる。


 俺も、美桜ちゃんで見慣れてるから、パッチン止め一つでこんな動揺するなんて思って無かった。

 でも全然違うんだ。美桜ちゃんとつばさは同じ人だと知ってるけど、俺の中では全然違う人なんだと思い知らされた。

 つばさは続ける。

「でもなんか、うん……もう大丈夫だ」

 そう言って俺の手を握りなおし、トン……と体重を預けてきた。

 その瞬間に心臓がドクンと跳ねた。

 お……俺は大丈夫じゃねーー!!

 つばさは何か安心しきってるけど、俺の口からは心臓が飛び出しそうなほどドクドクして口がカラカラだ。



「次のバス停で降りるぞ」

 俺はマップとサイトの情報で確認してつばさに声をかけた。

「わりと山の中?」

 俺たちは支払いをしてバスの外に出た。

「学校からなるべく離れたいと思って」と言ってすぐに付け加えた「あ、つばさと居るのを見られたくないんじゃなくて……!」

 つばさは

「分かってるよ、ありがとう」

 とリュックを背負った。そのリュックはいつも使ってるアクキー付きのでは無く新しい鞄で、もしかして俺と同じで新調してくれたのかなあ……なんて想像してしまう。

 マップを見ながら店まで歩く。

「あった」

「陶芸?」

 そう、色々考えた結果、昔商店街でお店をしていた人が山の中で始めた陶芸教室を予約してみた。最新のデートスポットとか色々調べたんだけど、ここを教えてくれたのは凛ねえだった。曰く『一緒に何か作ると時間も繋げるし、記念品も残るわよ』だって。さすが叶わぬ恋に人生捧げてる姉、すごく名案だ。

 それに90分くらい楽しめて3000円くらいで、高校生の俺でもギリギリ払えた。

「春馬くん、久しぶり!」

「お世話になります」

 俺は頭をさげた。昔商店街で雑貨店を営んでいた菊池さん、母さんの同級生で長い知り合いだ。俺はつばさを紹介した。

「あらら可愛い女の子連れちゃって。おばちゃんね、春馬くんが赤ちゃんの頃から知ってるのよ」

「聞かせてください」

 つばさはにっこり微笑んで言ったので、俺はノーノーと頭を振った。でも俺の昔に興味あるの?! と嬉しくなってしまったが、小学生の時は宿題やりたくなくてランドセル川に流したり、七々夏に嫌がらせするためにカマキリ集めたり、わりと奔放だった気がするので、あまり話したくはない。

「ろくろでマグカップコースって聞いてるけど、それでいいかな」

「いい?」

 俺はつばさに聞いた。つばさは突然こんな所に連れてこられて意味分からないと思うけど、笑顔で頷いた。俺たちは早速エプロンをつけて土に触れた。

 俺は子供の頃から土に触れるのが好きだった。

「冷たくてきもちいい」

 つばさも粘土に触れて言った。凛ねえが言ってたけど、俺みたいに絵を書くのが好きな人とか、つばさみたいにケーキを作る人は「指先に何か触れていることに幸せを感じる」タイプらしい。小麦粉こねることで、精神が落ち着く……みたいな。

 まず土を柔らかくなるまでこねるんだけど、正直これだけでめっちゃ楽しい。

「子供の頃、粘土、好きだった」

 つばさがこねながらいう。

「わかる。泥団子作った」

「焼いた?」

 つばさがパッと顔を上げた。一緒に過ごしていない子供時代の共通点が嬉しくて、俺は昔の記憶を思い出す。

「ガスバーナー使った気がする」

「石灰水は?」

 俺たちは粘土を捏ねながら話した。つばさは

「……親父が釣りとか、山歩きとか好きで、色んな土を持ってきてくれたんだ」

 と呟いた。親が土を持ち帰ってくれるとかレアな気がする。うちの母さんは俺が毎日磨いていた泥団子を「邪魔だから」ってボウリングして割ったぞ?! つばさはそれを聞いて軽く笑い

「今思い出すと、良い所ばっかり出てくるもんだな」

 と言った。旅行行った時もそうだったけど、つばさは最近父親の話をぽろぽろと俺にする。それは誰かに話したく言っているというよりSNSに独り言のように言うような感じ。

過激な反応を求めている感じもしないし、それこそ人との会話に『イイネ』があれば良いと思ってしまう。

しばらく黙って粘土を捏ねていたつばさが、手を止めて、まっすぐに俺を見た。


「私ね」

 つばさの姿で『私』という姿に俺はドキリとして手を止めた。


「うん」

 俺もちゃんと手を止めた。

「今度、春馬に付き合ってほしい場所があるんだ」

「もちろん良いよ、行こう」

 俺は普通に答えた。

 そして作業開始したけど……でも何だろう、何か背中の裏側あたりに違和感を感じていた。



 たぶんつばさが俺も付き合ってほしい場所はランスだろう。



 そして俺はきっと、美桜ちゃんに会うんだろうなあ。



 そう考えた時に心の奥がチクリとして、俺は「?」と思った。

 いいじゃないか、俺が先に好きになったのは美桜ちゃんなんだから。

 じゃあなんでこんなに『心に違和感があるんだろう』。


 でもそれは分かっていた。


 俺の目の前に今、つばさと美桜ちゃんが少し混ざった女の子がいて、一緒に居ればいるほど、好きな所が増えていく。

 俺と出かけるために服を選んでくれたり、パッチン止め一つで恥ずかしがったり、言葉少ない話し方も、足ふみろくろを回しながら、粘土をふにゃふにゃにして困惑した顔も。

「これは……?」

「指先に力が入りすぎてるのよ」

 菊池さんの手元をまっすぐ見ているその眼差しも。

 ああ、よく考えたら今日は学校のつばさの時にしているメガネをしてないんだ。

 コンタクトなのかな。美桜ちゃんと同じ。


 好きなつばさが増えていくのに、消えていく。


 変な感覚に俺の心臓はドクンと傷んだ。よく分からない。

 美桜ちゃんを先に好きになったのに、つばさは美桜ちゃんなのに。

 なんだろうこの淋しさは。

「春馬、これでどうだ」

 つばさが自慢げに出来上がってきたコップを見せる。

「……おでこに粘土付いてるぞ」

「え」

 慌てておでこに触れてるけど、手のほうが汚れていて、髪の毛まで粘土が付いた。

 俺は立ち上がり、首にかけていたタオルで拭いた。

「ありがとう」

 つばさはほほ笑んだ。


 俺は今きっと、美桜ちゃんと同じくらいつばさが好きなんだ。


「つばさ」

「ん?」

「つばさは、そのままで良いからな」

「? なんだよそれ」

 つばさは首を傾げたけど、ただそう言いたかったんだ。

 俺たちはやたら分厚く仕上がったコーヒーカップの裏に今日の日付と名前を入れて完成させた。

 ちょっと遅いお昼ご飯に食べたパスタは二人で大盛にして、バスではぐっすり眠ってしまった。繋いでいた手はいつの間にか、俺の高い体温とつばさの低い体温が混ざって、心地よい『普通』になり、俺はそれを何より幸せに思った。


 本当に、俺はずっとこのままで良いんだ。

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