ラーメンと覚悟
「春馬」
つばさが新田さんとの話を終えて楽屋に戻ってきた。
「おつかれー」
俺は楽屋で差し入れ荷物の最終チェックをしていた。
差し入れを渡す相手を間違えてたら悪すぎる。
「新田さん打ち上げに行ったよ。誘われたけど行かないの?」
つばさは楽屋に一人でいる俺のことを不思議そうに見た。
俺は椅子に座り、首振って否定した。もちろん打ち上げはお邪魔する。
むしろそのために手伝ったといっても過言ではない。
ただ、俺は過去二回打ち上げに参加させてもらって知ってるんだ。
劇団の人たちの酒の飲みっぷりと狂いっぷりを!!
浴びるように飲み、大声で演劇論を語る。平たく言うと
「ものすごくうるさいんだ」
「……へえ」
つばさは目をぱちぱちさせて俺の横に座った。
でもその騒ぎは1時間くらいで終了する。というか、みんな舞台の準備=徹夜明けでお酒を飲むのですぐに酔いつぶれるのだ。そしてご飯はキレイに残っている。2時間ほど飯やで眠って起きてくるので、それまでに荷物を準備しとくと喜ばれる。
「酔ってても読めるように、名前も大きく書いてな」
俺は段ボールの横に大きく俳優さんの名前を書いた。
「……春馬って、オカンみたいだな」
つばさが平然というので、俺は
「元気な姉が2人いると、弟はしっかりするんだよ」
と苦笑した。凛ねえは叶いそうもない恋を延々してるし、七々夏の恋の相手は俺が知ってる限り『変人』だ。つばさは「はは」と軽く笑い
「でも、俺は妹が可愛いし、世話になってるよ」
と言った。たしかに美登利ちゃんはつばさをめっちゃ心配してるし、なんなら旅行の前も『よろしくお願いしますね!!』と脅迫に近いラインが来ていた。
「身近にいる家族だと、色々無視できなくてなあ……」
俺は時計を確認した。40分くらい経ったから、そろそろ飯屋に移動しようかな……と立ち上がる。つばさは立ちながら
「……靴さ、頼むことにしたんだ」
と言った。そっか~と軽く言いながら、高そうだったけど、お金は大丈夫なのかよ……また変なバイトとかこっそりしないでくれよ……? コロッケ屋で見張りを強化すべきか……? と俺は考えていた。
「新田さんは、医療用の靴を作った経験もあって、皮みたいに見えるけどメッシュ素材の蒸れない素材とか……色々聞いた」
「そういうの楽しそうだな」
と部屋の照明を落とそうと振り向いたら、目の前につばさが居た。つばさはまっすぐ俺の方を見て
「春馬。連れてきてくれて、ありがとう」
と言った。
あまりに真っすぐ見て言うので、俺は一歩身体をのけぞらせて「お、おう」と答えた。
つばさは基本的に無口なのに、たまに素直になるから挙動不審になってしまう。
「あ、きたきた、遅いじゃん~」
「最後の片づけてました」
俺とつばさが焼肉屋に入店すると、予想通り8割の人が畳に倒れて眠っていた。
七々夏も座長の隣で突っ伏して寝ている。
事件ですか? 通報しなくていいんですかね? というレベルだが、これが日常なんだろう。俺は机上に残ってるお肉たちを見てほほ笑んだ。山ほどある~!
「熟成肉だぞ、食べろ食べろ!」
座長さんが俺たちを座らせた。机の上には焼酎の瓶が置いてある。座長さんはお酒にめっちゃ強くて、酔ってる所を見たことがない。なんなら普段から酔ってるようなテンションだから良く分からない。
「わあ……」
お肉をみて目を輝かせているつばさの目の前。網を店員さんが新品にしてくれた。
うおおお……正直この熟成肉を目的に手伝ってる!!
俺たちはお肉をトングで掴んでじゅわわと焼いた。乗せた瞬間にパチパチと大きな音をたててお肉が動く。そしてふわりと美味しそうな声と煙を上げた。
「どうぞ」
と店員さんに大盛ごはんを渡される。日本昔ばなしかよっ!……てくらい大盛だけど、 でもこれが最高に……俺は焼きあがったお肉を掴んでご飯の上に乗せた。ここのお肉にタレなど要らない。ご飯で包んで口の中に入れると一瞬でお肉が溶けていくのに、しっかりとした歯ごたえと肉の味、何より油が強すぎなくて、塩が効いてて、ご飯と最高に合うーー!!
「ふお!」
俺の目の前でつばさの目が輝いた。めっちゃその気持ちわかる!
俺たちはお肉を食べ続けた。座長は
「いいな、若いもんはいいな!! 素晴らしいな!!」
とどんどんお肉を注文してくれた。座長も焼けたお肉を皿に盛っている。
「お、来ましたね、つばさくん」
突然机の下から顔がむくりと持ち上がった。怖い!……と思ったら新田さんだった。
「頂いてます」
つばさは正座した。いいのいいの、楽にして。新田さんはつばさの横に座り、座長の焼酎をロックにして飲み始めた。そして
「座長、この子のおばあちゃん、めっちゃファンキーなの。つばさくん、見せてあげてよ」
と笑った。ファンキーですか? つばさは笑いながらポケットからスマホを取り出して座長に見せた。
俺も写真を横から覗き込むと、おばあちゃんは相変わらず紫色の髪の毛は更にバージョンアップして蛍光色になっていて、大きなピアスが見える。
そして黒に金色の刺繍が入ったロングコートのようなものを羽織っている。ズボンも同じような素材を使っているのだが、よく見ると左右のズボンの太さが違うのだ。そして太いほうのズボンだけ、 さらに派手な刺繍が入っている。
相変わらずすごい。
座長はそれを見て
「……ばあちゃん、すごいカッコイイな、これはラーメン本丸だ」
と言った。
俺はそれを聞いて始まった……と思った。
この座長、たとえ話がわかりにくいのだ。某俳優さんが出ていたドラマに向かって「マラソンしなきゃいけないのに、筋トレだけしてたみたいな映画だ」とか意味不明な事を言っていた。
「あ~~、隣町より、もうあれじゃないかな、港区の浜屋くらいまで行ってそうだね」
新田さんが同意して更に追加するのもよく分からないが、座長は深く頷いて
「俺はセブンイレムンの上に住んでるんだ。理由はセブンイレムンの豚ラーメンが世界で一番好きだから。ほぼ毎日食べている」
と突然断言した。うん? まあアレ普通に美味しいけど……
「でも、元気がある時は駅前の元気ラーメンにいく。これがまた旨い。そしてもっと、元気があるときは、新宿にラーメン本丸まで行く。ここは神のラーメンだ、俺はここならビールも飲む。でも俺はセブンイレムンの豚ラーメンが一番好きだ。分かるか、この余裕、それが人生の豊かさだ!」
豚ラーメンが好きだけど、元気があると新宿行く。
俺は肉と言葉を脳内でなんとか咀嚼してみた。
「一言で言うと、元気があるときは頑張れるってことですか?」
と言った。座長は一言でまとめるな俺の名言を! と言いながら
「実は豚ラーメンで幸せって所が大切なんだ。ばあちゃん、この足ガンの後遺症だろ。生きてるだけでラッキー!! それなのにオシャレに盛って更にビューティー!!」
あ、そうなんだ……。
俺無知で全然知らなかった。
「へえ……」
気が付いたら七々夏も起きてて、つばさのおばあちゃんの写真を見ていた。
写真を拡大して見て
「これ、ズボンの太さ違うし、通気性が良い素材使ってそう。カッコイイ」
と座長の焼酎を勝手に飲み始めた。
座長は大声で
「そして酒がうまくてラッキー!」と叫んだ。
同時に床で眠っていた人たちがムクリと起き上がって「ラッキー!」と叫んだ。
寝てたんじゃないの?!
そして突然ドンドンドンと座長の背後にある押し入れが中から叩かれた。何?!
「ごめんごめん、肉忘れてたわ」
座長は少し空いた隙間からさっき焼いていた肉を差し入れた。
同時に空の皿が出てくる。あそこで焼肉食べてた人がいるの?!
俺の視線に気が付いたのか、座長は
「ああ、ここには脚本の稲葉がいるんだ。コイツは人と飯が食えないんだけど、打ち上げは好きなんだよな~」
稲葉さんって劇団の脚本を全部書いてる人だ。
こんな変わった人なのか……。
座長は更に肉を焼いて皿に盛りながら押し入れに向かて話しかけている。
「俺はさあ、稲葉がいるからラーメン本丸行けるんだよ。なあ稲葉、今回も最高だったよ!」
押し入れが中からドンドン鳴らされた。怖い!
おっけおっけーと座長は肉を更に入れた。スッ……とカラの皿が出てくる。怖い!!
でもまあ、いい仲間がいると楽しいのは分かるけど、相変わらず話が分かりにくい。
つばさはお肉をもぐもぐ食べながら、おばあちゃんの写真を見ている。
そっか。ガンの後遺症なのか……。
「つばさ、肉食べて逃げようぜ」
と話しかけた。なぜなら皆起きてきてうるさいからだ。
俺たちはたらふく食べてススス……と店から逃げ出した。
働いた分は、食べた!
「肉は旨かっただろ。だけどまあ……変人の集まりだよな」
俺は店員に貰ったガムを渡した。つばさはそれを受け取り
「ん……。でもなんか色々、目が覚めたし、覚悟ができた」
と口に入れた。覚悟ができた……?
何かがつばさの刺激になったなら良いけど、極端な人が多すぎてあまり参考にはならない気がする。
「ラーメンの話しもさあ、俺だったら……、ラーメン本丸に似せたラーメンを家で作るけどな」
と言った。
つばさが「は?!」と口にガムを挟んで顔を上げた。
「いや。頑張ったらうまい物食える例え話だって事は分かるけどさあ、だって知ってるか? セブンイレムンの豚ラーメンに駅前の総菜屋で売ってるニラ炒め入れると、池袋の浜田ラーメンにそっくりになるんだぜ。というか、浜田ラーメンより旨い。これは俺が発明したんだけどな!」
俺が意気揚々と自作ラーメンについて語っていたら、つばさは立ち止って「くはっ……」と吐き出すように笑った。そして俺の方を見て
「俺は、春馬のそういう所、好きだぜ」
とほほ笑んだ。
「へっ……?!」
突然に好きというワードに俺の脳天から変な声が出た。つばさは続ける。
「そういうところ、好きだわ」
「お……おう……?」
つばさは自分を納得させるように、落ち着かせるように、言い聞かせるように何度も「好きだわ」と言いながら駅に向かって歩き始めた。
ナニコレ俺、告白されてるの? されてないの? 絶妙に呆れられてる気もするけど?!
何なんだーー!
「つばさ!」
俺は我慢できずに呼び止めた。つばさはガムを膨らませながら「ん?」と振り向いた。
「その……好きって、どういう意味で……」
つばさは膨らませたガムを噛んでハムリと小さくした。そしてもぐもぐと口の中に戻す。
「どうって、そういう考え方をする春馬が好きだなって思うって話」
おう……? 俺は顔を上げた。
「それは手を繋いだり、する、好き……?」
心臓がバクバクと音を立てて身体中の血が逆流するように熱い。
つばさはぷ~~と口元でガムを膨らませて
「……男子校の制服きて、それする?」
と制服を引っ張った。
「え?! じゃあ制服着て無かったらいいのか?!」
俺は思わず叫んだ。でもそういうことだろ?!
つばさは膨らませたガムを再びモグモグ食べて小さくして黙り込んだ。
あまりに長く黙っているように感じたが、ほんの数秒かも知れない。
俺は生唾を飲み込んでつばさの返答を待った。
もしかして急に踏み込みすぎたかも知れない。
そんなこと言うなんてって幻滅されるかも知れない。
心臓が痛くて、耳鳴りがする。
つばさは、キュッ……と顔をあげて
「……考えてみたけど、イヤではないな」
と答えた。
心臓が耳元にあるような大きさで脈を打っているのが分かる。
俺は必死に口を開いた。
「じゃあ、今度、制服は、やめて、みる?」
「おう、また今度な」
つばさは反対側のホームに消えて行った。
ま、マジで……?
俺は脱力して駅の椅子に座り込んだ。
一歩前進……というか、めっちゃ前進……?!




