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帰路と香り

「新曲いきます!」

「江崎くんかっこいいーー!!」

 

 宴会場は、去年同様江崎のオンステージが始まった。

 一番叫んでるのは引率で来てる保健の石井先生だ。彼氏の生活指導、田中にチクってやりたいわ……。

 一年生の時は日光に行ったんだけど、同じように江崎は延々舞台で歌っていた。

 その時より今のほうが売れてるから、単純にえらいなあ……とは思うけど。

 スマホに通知が入って確認すると七々夏だった。

『帰ってきたらすぐに来ること』俺は『了解』とスタンプを押した。

 すぐに既読になって『今日は徹夜だわ。明日の打ち上げは死ぬほど飲むから家まで運んで』と衣装を抱えて青白い顔した写真が送られてきた。七々夏は延々ビールを飲んで最後に焼酎飲んで寝る。途中で止めればいいのにどうして大人は寝るまで飲むんだろう。

 旅行が終わり、東京に戻ったら、その足で七々夏の舞台の手伝いに行く。

 七々夏は舞台役者さんにメイクをするバイトをしていて、俺も雑用として呼ばれている。最初はチラシを作っていたんだけど、最近は色々頼まれる。まあ面白い人が多いから良いけど……。

「……それ、靴?」

 俺が見ていた写真を横に座っていたつばさが覗き込んできた。

 靴? ああ……これは

「衣装の一部だけど、まあ靴かな。これは手作りしてるみたいだね」

 俺はスマホ自体をつばさに渡して見せた。

 つばさはその写真を拡大して足元をじっと見ている。そして

「靴って、手作りできるの?」

 と聞いてきた。俺は七々夏から聞いたことを何となく思い出す。

 靴は9割既製品を使ってるけど、どうしてもない時……1割くらいは手作りしていると聞いた。衣装より靴を作るのは大変で、靴職人さんに頼むと数万円はかかるらし、オーダーするのもかなり期間が必要だから大変だとも聞いた。

「今回の舞台はわりと有名な劇団だからお金もあるし、話もファンタジーだから作ったのかもな」

 俺はつばさからスマホを戻して、明日の舞台情報を出した。 

 中北沢の有名劇場で行われる舞台に関われると、七々夏は数か月前から衣装を準備していた。写真をよく見ると、オリジナルの物が多く、やっぱり大きな劇団は違うなあ……と思う。

「靴作るの、お金どれくらいかかる?」

 つばさが熱心に聞いて来るので、俺はそこまで詳しくないけど……と七々夏に聞いてみることにした。すると即レスがあり、素材によるけど5万くらい?……という事だった。

「……ふーん」

 つばさは頷いた。そして実は……と江崎の歌声から逃げるように俺に少し近づいて話し始めた。

「俺のばあちゃん、病気の後遺症で片足だけ大きいんだ。それは一生治らなくて」

 おばあちゃんって……あのすごく強烈な紫の髪の毛さん……? 元気そうに見えたけど、そんな問題を抱えてたのか。

 でも、あの様子からすると、つばさとの関係は微妙な感じがしたけど……。

「そうか、大変だな」

 俺はとりあえずひな形で答えたけれど、つばさの横顔からは何も読み取ることができない。

 でもこうして気にしてるなら……俺は七々夏にもう一度連絡を入れる。

『値段とか聞きたいんだけど、明日靴職人さんくるの?』

 すぐに既読になって

『くるよ、聞いてみたら?』 

 と返って来た。俺はその画面をつばさに見せて

「帰り道だし、もしよかったら靴職人さんに話聞いてみない? 話聞くのはタダだよ、たぶん」

 つばさは遠慮がちに頷いた。

 

 一度数分会っただけだけど、つばさにあまり好意的な人には見えなかった。

 でも気にしてるなら、とりあえず動いてみるのは損じゃない……と俺は思う。




「部屋に戻ったらパンツDe!UNO大会だーー!」

 江崎たちは「おー!!」と叫びながら戻って行った。

 そんなの参加できるはずがない、したくもない。

 俺とつばさは視線を合わせて外にある足湯に向かった。

 夕食にくる前、しおりに付いていたアイスクリーム無料券をポケットに入れてきた。

 足湯はホテルの施設から少し歩いた場所にある。道沿いにぽつぽつとライトが置いてあるだけの暗い道。進めば進むほどにライトが絞ってあるようで、目が暗闇に慣れてきた。

 そして見えるのは

「うっわ……星がすごい」

 プラネタリウムで見る星より、大きさと小さい星に差があるのだ。

 はっきりと見える大きな星、他に無限の星が空に埋まって見える。

 ちゃんとそこの【宇宙】がある夜空。

「……これだけの星が、東京では見えないなんて、すごいな」

 今日だけそこにあるわけじゃない。ずっとそこにあるのに、見えてないモノ。

 それをつばさと見ていることに、俺は少し感動していた。つばさも

「そうだな……」

 と夜空をみながら呟いた。

 せっかく持ってきたアイスが溶けてしまうので、俺たちはズボンをまくり上げて足湯に入ることにした。

 俺は浴衣を着てるので簡単だけど、つばさはシャワーの後に着替えた服のままだ。

 遠慮がちにススス……と少しだけ上げて入るので、安心しつつ、二ミリくらい「俺しかいないぞ?」と思った。全く俺の心は面倒くさい。

 つばさは足を入れて「ほわー……」と息を吐いて「温泉だ」とほほ笑んだ。

 俺も指さきからゆっくりお湯に入れると、ぬるくて気持ちがいい。

 この島の温泉はそれほど温度が高くないようだ。

 溶ける前にアイスの蓋を開く。伊豆大島にいる牛の牛乳で作ったらしいアイスクリームは濃厚で食事のあとに最適だった。

 夜空をみながらゆっくり食べていると、つばさが口を開いた。

「お姉さんは、舞台のメイクをする人なのか」

 七々夏はランスにもたまにしか来ないレアキャラだから、つばさもあまり知らないんだな。俺は普段はデパートで化粧品を売っていること、でも営業成績がすごく良いので、副業が認められて演劇など派手なメイクを練習していることを話した。

 つばさと布を買いに行った分かりにくい場所にある店も七々夏が舞台用で使う衣装に使う布を買っている店だ。

「最後には舞台のメイクさんになりたいみたいだけど」

 俺はアイスのスプーンを舐めながら言った。

「すごいな……そんな大きな夢」

 つばさは足湯から足を出して抱えた。

 まあでも七々夏も最初はただのメイク狂いで、小学校の時からフルメイクで学校行って怒られたり、マニュキュアしたまま登校して先生にドヤったり、体操服デコって怒られたり。最初からそんな大きな夢を持っていたわけじゃなくて、もっとメイクしたい=もっと盛りたい=一番盛れるのは演劇とか、顔を作る系!! という思考だと思う。まあ俺はその恩恵で完全に玲子としてバレないままバイトしてるわけで、その技術は一級品だと思う。

 そんなこと言ったら、ケーキ屋に入って勉強はじめた美桜ちゃんもすごいと思うけど……ここでは言えないんだな。

「春馬は、大学いくの?」

 暗闇だと話しやすいのか、つばさは重ねて俺に聞いてきた。

 正直めっちゃ悩んでて、調理師免許取ってランス手伝ってもいいし……と思うけど、俺はあまり料理センスがない。だったら絵をもっと書いて……と思うけど、絵でご飯が食べれるとは思えない。ただ一つ分かってるのは、ランスが好きで商店街が好きってことだ。

「普通に行けそうな大学適当に行くと思う」

 俺は苦笑しながら答えた。正直まだ小学生だった時と脳内が何も変わってない。

 今もきっと江崎たちは部屋で脱衣UNOしてると思う。去年も俺はドロ4三枚きてフルチンになった。だから今日は行きたくない。でも男子なんて集まったらすぐに脱ぐ。そんなレベルだろ?

 それで将来の事なんて、分からない。

「それが無難だよなあ……」

 つばさも呟いた。

 つばさは製菓関係にいくのだろうか。

 道は間違いなく離れる。だから今、少しでも思い出を共有したいと心から思う。


 俺たちは次の日は釣り、無駄にビーチフラッグをして、帰りの船にたどり着くころには体力ゲージがゼロに近く、三人して秒で気絶して眠った。少ししてしまった日焼けがピリピリ痛むが、スマホの中にはつばさとの記憶が満載で、正直お宝の山だ。

 ふと目を覚ますと俺の肩で眠るつばさがいる。同じ椿せっけんで洗ったはずなのに、つばさの方は甘い匂いで、クン……と少し匂って、俺は再び眠りについた。

 甘くて深くて、優しい眠り。

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