田上つばさが発する言葉
俺は頭をくるくる混乱させたまま喫茶店に戻った。
手に美桜ちゃんのカーディガンを持ったまま戻ったので「間に合わなかったの?」と凛ねえに声を掛けられ「んー……」と曖昧に答えた。
本当のことを言うと、間に合ったけど、会えなかったんだ。
メイク落としで顔を拭きウィッグを取って、着替え終わり、いつもの俺に戻る。
そしてスマホを取り出した。
クラスLINEの所にある田上のアイコンをクリックする。
個人的に繋がってはいない。ただクラスLINEでアイコンのみ知っている状態だ。
そしてそのアイコンはゲームの某キャラクター……美桜ちゃんのリュックについていたキャラクターと同じ。
そのたびに、いやいや偶然でしょと首をふる。
とりあえず田上の顔を思い出したい。
部屋に帰り、何か顔写真があるものが無いか考えてみるが、顔写真なんて卒アルくらいしかない。
田上とは同中じゃなくて、高校で一緒になったので顔写真などない。
そこで俺は思い出した。
俺の親友の江崎の友達だった!
すぐにスマホを取り出してラインを打つ。
俺『おう明日から学校おつ。でさ、突然なんだけど中学校の卒アル今ある?』
仲が良い江崎相手なので、すぐに本題に入る。メッセージはすぐに既読になった。
江崎『うっす、明日からよろ。卒アルあるけど? なんか気になる子でもいるの?』
江崎はバンドマンで無限にモテてるし、基本女好きだ。だから俺みたいに女に興味ない人間の世話を焼きたいみたいだけど……俺は正直彼女が欲しいとは思わない。
家にうるさい姉が2人いるので、夢が見られないからかもしれない。
そう考えた瞬間脳内に、ほんわりと微笑む美桜ちゃんが浮かんだ。
違うんだ、美桜ちゃんは他の女子とはちょっと違う気がするんだ。
それが何かとはっきり説明できないけれど。
俺『女子じゃなくて、田上つばさ。同じクラスの』
江崎『田上? なんで。 まあいいや、ちょっとまって』
ほんと何でだよな。男の卒アル写真写メってくれっていうなんて俺も初めてだ。
数分後にスマホで撮った写真が上げられた。
そこにうつっていたのは、まぎれもなくクラスに後ろの方の席でいつも静かにスマホいじっている田上で、美桜ちゃんの欠片も……と思い込もうとしたが、よく見ると両方の目の下にあるホクロが同じだ。
「……ちょっとまてよ、俺」
写真加工ソフト(簡単にモザイクとか居られるアプリ)を立ち上げて、その写真を読み込む。
そして田上がかけている黒縁メガネを肌色で塗って……髪の毛を美桜ちゃんみたいに栗色の前下がりの髪型にすると
「……うん、似ては、いる」
似てるけど……もう脳内が混乱していて、田上にも美桜ちゃんにも見えてくる。
それもそのはず。美桜ちゃんはバイト先でいつもニコニコしていて笑顔だけど、この卒アルの田上は真顔で何の表情もない。
田上といえば無表情、田上といえばスマホみてるだけ。声も江崎と話してるのをチラリと聞いたことある程度……。
どんなに脳内絞っても笑顔は出てこない。
だって美桜ちゃんはバイト先でこんな無表情じゃない。
「わけがわからん……」
なんで田上がトイレから美桜ちゃんの鞄と靴で出てきた?
ねー、なんで気になるのーー? と江崎からラインが来ているのを無視して、俺はベッドに転がった。
もう一度スマホで加工した写真を見る。似てる……似てというか、不機嫌な男バージョンと、ご機嫌な女バージョンっぽい……
「あ!」
俺は、思わず大声を出した。これ、兄妹とか、姉弟なんじゃないか?!
あのトイレに偶然いたのかも。
それも江崎に聞こう! とスマホを立ち上げたが「なんで田上のことを知りたいの?」というメッセージを既読スルーしてたことを思い出す。それなのに「姉とかいる?」なんて追加で聞いたら「それこそ、なんでそんなこと知りたいの!?」だ。
俺だってバカじゃない、言い訳のひとつやふたつ考えられる。
いや、田上そっくりのかわいい子がバイトに居てさ → 江崎「え、俺もみたい」→ 俺のバイト先には呼べない → 詰む。
ダメだ……。
俺はばたりと布団に倒れこんだ。
「うっす、おはよ。昨日の何だったの?」
次の日。
登校してすぐ江崎に捕まって田上のことを聞かれた。俺は昨日考えておいた言い訳を口にした。
「俺の知り合いが田上のこと気になるってさ」
まんざら嘘ではない。俺の知り合いっていうか、俺自身なのだが。
「へえ。田上か。クールで顔も綺麗だしな。でもアイツは止めといたほうが良いと思うけど」
思いがけない江崎の言葉に俺は
「え? なんで?」
と素で聞いていた。江崎は
「田上の家複雑なんだよ。マジでわけわかんない、アイツ超苦労人、ホームクラッシュ。でもさ……」
江崎はスマホを操作して何を見せようとした瞬間、教室の後ろのドアが開いて田上が登校してきた。それをみて江崎はスマホの電源を落として制服のポケットに落とした。
「はよ」
江崎が声をかけると、田上は
「ん」
とだけ言って、一番うしろの席に座り、スマホを出して眺めていた。いつもの景色だ。
でもよく見るとリュックは昨日美桜ちゃんが持っていた限定品だし、ゲームのキャラクターがついたアクキーが付いている。
それにやっぱり顔の中心が美桜ちゃん……にも見えるし、当然田上にも見える。
いやいや、姉弟、兄妹の可能性が高いと昨日の深夜思った。七々夏なんて俺のリュックを日常的に使ってるし、なんなら今日俺が持ってきたタオルは凛ねえのものだ。カバンなんて確証にならない。
ならないけれど……気になる。
俺は超さりげなく
「田上、そのゲーム好きなの?」
とアクキー指さして聞いてみた。
田上はスマホからツイと視線だけ上げて
「ん」
と答えた。
ん、しか言わねーーーー。
今日発した言葉の二つ「ん」。
バイト先で毎日ニコニコしてほほ笑んでくれる美桜ちゃんと同一人物ってありえなくないか?
俺が「??」という表情をしていると江崎が
「春馬ってゲームすんの? じゃあ俺とコレやらね?」
とスマホに即お誘いラインを送ってくる。違う違う俺はそういうことがしたいんじゃない。
チラリと田上を見ると、俺のほうは一ミリも見ていない。
いやいや、全然別の人間だろ、これ……。
放送がかかり、始業式のために体育館に移動を始めた。
「今日もバイト? てかバイトって何してんの?」
江崎は俺が始めたバイトに興味深々。だってうちの学校は基本的にバイト禁止で、先生にバレないバイト先は生徒の間でシェアされて、こっそりバイトに行ったら〇が居た……なんてよく聞く話だ。
「弁当屋で飯詰めてる」
と嘘をつく。
「マジで? そんなの1時間もしたら飽きない?」
「飽きる飽きる」
俺は笑う。その俺のよこをスッと田上が追い越していった。
「なー、田上、お前はバイトしてんの?」
江崎が流れで聞く。ナイス江崎!!
田上は肩越しにチラリと江崎の方をみて眉毛を上げた、そして黒淵メガネをクイと上げて
「興味あんの?」
と静かに言った。
いやいや……美桜ちゃんじゃない……違う。
これは田上が兄で美桜ちゃんは妹だな……冷たそうな兄貴で美桜ちゃん大変だ……。