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俺たちの距離

「着いたぞーー」

 目の前から腹を両足で挟まれて目が覚めた。

「おえ?!」

 一気に体を動かしたら、首が痛っ……って、目の前につばさの顔があった。

「ごめん!」

 俺はつばさの肩に頬を乗せて眠っていたようだ。

「はよ」

 つばさは乱れた制服を正した。肩の部分が皺になっている。俺どれだけ全力で寝てたんだよ……。

 寝る前の事を思い出すと、つばさが俺に寄りかかって寝てて、何とも言えない良い匂いがしてて、なんだこの匂い……すごく眠くなる……と思ったら俺がめっちゃ寝てた。要するにあまり記憶がない。

「これサンキュ」

 つばさが俺が足にかけていたタオルを畳んで渡してくれた。

「涎ふいとけ、涎」

 江崎はケラケラ笑った。マジで?! 俺は顔に触れて確認したら全く濡れてなかった。

 くっそ! タオルで江崎を攻撃する。江崎は俺のタオルを適当にあしらって

「船めっちゃ眠れるなー。これで山もりもり登れそうだわ」

 と、脱水を防ぐゼリー飲料を飲み始めた。小さな山に向かって本気すぎない?


「想像以上にヤバい」

 俺はさっき江崎に本気すぎね? と思ったことを後悔している。

 伊豆大島に到着して山を歩き始めたんだけど、遮るものが何もなくて、超炎天下だった。

 首の後ろまで隠れる大きな帽子をかぶってきたのに、それでも暑い。

「ふおお……視界が広いな。パソコン画面ばかり見てるから、たまにはいいわ。春馬撮ってくれ!」

 グループの中で一番元気な江崎は俺にスマホを渡して写真を要求した。

 俺はカメラを渡されれるとレイアウトを気にして写真を撮ってしまう男……! 山をバックに写真を撮った。

「いいじゃん~」

 江崎はそれを即ソーシャルにUPしようとしたが、かなり電波が悪いらしくウロウロしながら歩き始めた。

 しかし暑い。これは持ってきた塩飴が効く。

 俺は登山用のリュックから塩飴を出して食べた。

「いいなそれ」

 つばさが言うので、レモン味と塩味を出した。

「どっちも」

 と両方飴を持って行き、レモン味のほうを口入れた。

 そしてなぜか、ゴミを俺に渡してくる。

「ん」

「なんでやねん」

 俺は無視して歩きはじめる。

「ん!!」

 つばさは俺を追ってきて、俺のポケットにゴミをねじ込もうとする。

 だからなんでだよ! 俺とつばさは何となく追いかけっこをしながら登山路を歩いた。

 その結果膝がガクガクし始めた。

「っ……つかれた」

「やめよう」

 無駄に疲労が増したところで、やはりつばさは俺の尻ポケットにゴミを入れた。

「だからなんでだよ」

 疲労としつこさで笑えてきた。小学生か!


 山頂まで登りきると、恐ろしいほど景色が良くて、俺たちは立ち尽くした。

 360度海。そして遠くに富士山が見える。

「すご……」

 俺たちは景色に見入った。

 秋の空は抜けるように青くて、数日間雨が降ってないから、遠くまで見渡せて……東京からたった数時間でこんなにすごい所まで来られるんだな……と驚いた。

 そしてお昼用に渡されていた寿司を持って、食べられそうな場所を探す。少し歩くと神社が見えた。俺たちのグループはそっちのほうに向かう。

 持たされていたのは、べっこう寿司という白身魚を漬けたようなものだった。

 食べてみるとピリ辛で美味しい。疲れた体に酢が最高に染みた。

 食べ終わってお茶を飲んでいると、つばさが石の上に更に石を積んでいるのが見えた。

「なにしてんの?」

「山を、さらに高くしてる」

 なんだそれ。俺は鼻で笑った。つばさは丁寧に石を積み投げながら

「……小学生の時にさ、親父と富士山登って。その時親父がやってたんだ」

「へえ……」

 そういえばつばさというか美桜ちゃんから親父さんの話は初めて聞いたかもしれない。

 つばさを信じられなくて、出て行った人。

 無心で石を積み上げる横顔は無表情で、何を考えているのか分からない。俺は無言でその細い指先を見ていた。

 義母さん……圭子さん……は、かなり和解したみたいで、夏休みも数回コロッケを買いに来ていた。

 でも一度壊れた心とか、事実とかは、そう簡単に元には戻らない。

 父親は全然帰ってきてないって言ってたから、吐き出せない気持ちだけ「そこ」にあるまま……なんだろうな。

「春馬は山登りとかしないの?」

 つばさに言われてハッと顔を上げた。山登りか……

「姉がビール好きで、高尾山のビアガーデンに行ったことはあるけど」

「それ山登りか?」

 つばさは表情をクシャリとしてほほ笑んだ。

「え? 凛さん? 凛さんビール好きなの?」

 一瞬にして江崎がグイグイと顔を突っ込んでくる。

「ビールが好きなのは七々夏」

 俺は弁当のゴミを片付けながら言った。

「七々夏さんかー、でも凛さんも飲むんだろー? ビアガーデンいつまで? まだやってる?」

 江崎はスマホを立ち上げたが、やはり電波が弱くて発狂しはじめた。

 その前に高校生集まってビアガーデン行っても楽しくないと思うけど。

 つばさは立ち上がりながら

「……高尾山、ケーブルカー派?」

 と聞いてきたので

「絶対リフト」

 と自信満々答えたら、目を丸くして何度も小刻みに首を振った。なんだよ、あれが面白いのに!

「あれ……怖い……」

とつばさが面白いほど怯えるので、今度絶対一緒に行こうと心に誓った。


 ホテルに到着したのは昼過ぎだった。

 俺たちはロビーに置いてあった荷物を抱えて部屋に向かった。

 班は五人で、みんなで一部屋に泊まる。

「おおー! めっちゃ海がみえるじゃん!」

 同室のみなもとは扉からバルコニーに出て歓声を上げた。

 山の中腹にあるので、景色は最高で全ての部屋から海が見える。

「マジで汗だく! 音速で風呂!」

 江崎は到着した瞬間に荷物をぶん投げて押し入れからタオルを取り出した。他の三人も「風呂だな!」とバルコニーから部屋の中に戻って荷物をひっくり返した。江崎はまだバルコニーにいる俺とつばさを見て

「二人とも風呂行こうぜ!」

 江崎は叫びながら、もう服を脱ぎ散らかして浴衣になっている。早い早い。

 俺はバルコニーにある椅子に座って

「今行ったらめっちゃ混んでるだろ。あとでゆっくり入るわ」

 と言った。もう一つの椅子に座ったつばさも頷く。

「マジで?! じゃあ俺たち行ってくるわ!!」

 江崎はタオルを抱えて、他の二人と出て行った。部屋に散らかる江崎の脱ぎ散らかした服……あいつ絶対部屋メチャクチャだろ。俺は部屋の中に戻り、なんとなく足で蹴とばして隅に集めた。

「入ってくればいいのに」

 つばさもバルコニーから戻ってきて言った。

「混んでるのは間違いないから、あとでゆっくり行く。それより気が付いたんだけど……」

 俺はトイレがある方向を指さした。つばさはキョトンとして

「トイレがどうしたんだよ……あ!」

 と目を輝かせた。

 そう、この部屋にはトイレの横にユニットバスが付いている。

 五人部屋だから部屋のシャワーなんて使えないと思い込んでたけど、登山が終わった今、みんな風呂に行った。

 つまり今ならサッとシャワーを浴びれるんだ。

「皆が帰ってこないか見てるから、パッと浴びて来いよ」

「さんきゅ」

 つばさはパッと笑顔になり、鞄を抱えてユニットバスに消えた。

 嬉しそうで良かった、めっちゃ汗かいたもんな。俺はいつでも行けるから……と扉の前で安堵のため息をついた。その瞬間ユニットバスの扉が開いて、もうズボンを緩めた状態のつばさが顔を出した。そして

「タオルがない」

 と出て来ようとした。待て待て待て!

 俺はそれを制して押し入れにあるタオルを持ってきた。さんきゅーと軽く言い残して、つばさはユルユルのズボンを抱えて再びユニットバスに消えた。

「おいおい……」

 本当に油断の塊すぎて心臓が持たない!!


「ありがとう」

 タオルで頭を拭きながら、つばさが出てきた。

 服装はTシャツにズボン。きっともう帰るまで着替える気はないのだろう。それは正解だと思う。

 少し開けた窓から気持ちのよい風が入っている。つばさは窓際の椅子に座って髪の毛を乾かし始めた。ホテルに備え付けの物だろうか、ふわふわと石鹸の匂いがしている。

「あっつ……」

 つばさはTシャツをパタパタして、袖をまくり上げ始めた。

 それは腋が見えるほど上の方まで……

「つばさ」

 俺はそれを自然と制した。つばさは心底不思議そうに

「みんなが戻ってくるまでに戻す。春馬しかいないだろ」

 とキョトンとした。俺は正直我慢の限界で、自然と口から言葉が出た。


「つばさは女の子だろ」


「?!」

 つばさはクッと顔を持ち上げて俺のほうを見た。

「だからあんまり、油断するな」

 まぎれもない本音だ。

 つばさは明らかに動揺して濡れた髪の毛のまま俺のほうを向いた。

 そして言葉を探すようにうつ向いて、なんの飾りもないTシャツを引っ張った。

「……でも……可愛い服装もしてないし、男の時と何も変わってないじゃん」

 と続けた。

 なるほど。つばさが美桜ちゃんの服装をしてる時は「可愛い服装=女の子」という思考でスイッチが入ってるのか。俺は

「紗季子なんて、野球してた時はカリアゲだったけど、恐ろしく女子だぞ」

 と言った。アイツはめちゃくちゃ心がめっちゃ乙女だ。

「紗季子さん……うん……可愛いと思う」

 つばさは静かに頷いた。

「服装とかじゃなくて、つばさも可愛いよ。だから、男の前で、あんまり油断するな」

 俺がそう言って巻き上げられたTシャツの袖を指さすと、つばさはそれをスルスルと戻した。

 そして無言でドライヤーで髪の毛を乾かし始めた。

 その横顔は明らかにさっきより落ち込んでいる。

 思わず言ってしまったけど……間違えたかな……と少し思う。

 分かるんだ。

 きっと、つばさは男子校で一人「女の子になった」という事実を抱えていた。

 でも俺に知られた。それはとても解放感があって、安心したんだろう。

 女だって俺にバレた時も安堵して泣いていたくらいなんだから。

 それに釘を刺されたような気持ちなのかもしれない。いや、あの状態のままじゃ、きっと油断しすぎて俺以外に知られる危険性もあると俺は思う。

 でもションボリさせたかったわけじゃないんだ、過剰に意識されたかったわけでも無い。

 なんて言えば良いんだろう……俺は言葉を探しながらつばさの横に座る。

「あのさ、ダイエット中に目の前ケーキがあるみたいな……いや違うな……」

 チラリとつばさが俺のほうを見る。俺は必死に言葉を探す。

「俺はさ、つばさを女の子だと思ってるけど、そんなえっと、何かしたいとか思って無いから……」

 ついに我慢できなくなったのか、つばさは目元とクシャリとさせて

「分かってる!」

 と噴き出した。そして、うん……確かにちょっと油断しすぎてたかも……と続けて

「春馬って、なんか安心できるから……ごめん」

 と苦笑した。

 それはきっと誉め言葉なんだけど、ほんの少し警戒してくれると、きっと安心だ。

 俺たちは窓から見える景色をぼんやり見ていた。それはきっと男友だちにしては遠い距離で、男と女にしては近い距離で。

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