安心と距離感
「はよ」
「おはよう……って、荷物小さっ」
「春馬が大きすぎる……」
やはりそうだろうか。荷物を詰めた時点で、なんか鞄でか! と思ったけど、詰めなおしても必要なものしか無くて全部入れてきたんだけど。
つばさはいつもと同じゲームのアクキーがついたリュックだ。
それにパンパンにもなってない。
「一泊なんて、替えのパンツと靴下があればいいだろ」
つばさは両手をポケットに入れながらしれーっと言った。
男子しかいない旅行でまさか女物のパンツを持ってきてるとは思わないけど、パンツとかしれ~っと言わない方が良いと思う。もっとこう、男だらけという自覚を持って欲しいものだ。
でもそう考えて、つばさが女だと知ってるのは俺だけで、そんな目で見てるのも俺だけだと気が付いてうつ向いた。一人相撲すぎて心の中で頭を抱える。
「うい~~す、いや~~朝はやすぎ~~眠すぎぃ~~」
江崎の声がして振り向いたら、一週間くらい山籠もりできそうなリュックを背負って歩いてきた。
「無人島にいくの?」
俺は素でツッコんでしまった。
なんかバトミントンとか釣り竿とか、色々刺さってるように見える。
「どうせだからアレもコレも持って行こう~って入れてたらこんな事になったわ。まあ楽しほうがいいだろ!」
江崎はうんしょとリュックを背負って集合場所に歩いて行った。まるで荷物が歩いているようなサイズだが、まあ楽しい方がいいのは同意見だ。
海上に止まっている船へ乗り込む。
実はジェット船に乗るのは初めてで、足元がふわふわしていて緊張してしまう。ジェット船というか、船に乗ること自体が初めてなんだけど……。
「つばさ、船に乗ったことある?」
俺が聞くとつばさは無言でぷるぷると首を振った。だよなあ?!
席は班で決まっている。俺はなんとなくつばさを先に通した。だってさっきプルプルと首を振ってきたとき、目が輝いてた。外が見たいから窓側に行きたいんじゃないかな。
つばさはスススと窓際の席に座った。
やっぱり。
まだ船は動いてないのに、窓に手をついて、はじめてジェットコースターに乗る子供みたいだ。
同時にくおおおおおお……と爆音がなって、つばさがパッと俺のほうを振り向いた。
俺も驚いて顔を上げた。船のエンジンってこんなに音が大きいのか?!
「ヤバ、音でかい」
「な」
つばさと目を合わせて笑ってしまった。俺たちきっと地震に遭遇した猫みたいな表情してる。
「高速船ってわりとすごい音するよな」
ボックス席、前に座った江崎がスマホいじりながら平然と言う。
「乗ったことあるん?」
と俺が聞いたら
「わりと何度も?」
とセレブのような表情で言われたので、俺はつばさにだけチョコたっぷりのモッポを開いて見せた。
「ん」
つばさはそれを取ってカリカリ食べ始めた。
「俺にもくれよ!」
江崎が手を伸ばしてきたけど、セレブにあげる菓子はない。
船は轟音を立てて動き出した。
俺もつばさも窓に張り付いて「おおお……」と見ていたが、高速移動が安定してきたら耳が慣れてきたのか、少しは静かになった。俺たちはスマホのGPSを立ち上げたりして楽しんだ。なんたって位置情報が海の上に表示されるんだ、楽しすぎる。
前の席の江崎は眠いと言っていた通り、前の席で二席使って眠り始めた。
たしかにこの振動と音……眠くなるかも。
でもせっかくつばさと旅行中だから、寝たくない!
俺は鞄から伊豆大島のマップを取り出した。
今日は山の中腹にあるホテルまで登山だ。
登山といってもそんな大きな山じゃなくて、むしろウネウネとゆっくりとした山道を歩くような山らしい。
明日はわりと自由な時間があるので、つばさとどこか行けたら良いな……と思ってるんだけど……。
「つばさは、明日、どうする?」
「うーん、温泉好きだけど、入れないからなあ……」
つばさは苦笑した。
俺は地図にトンと触れて
「この海沿いの温泉は水着OKだし、足湯みたいに入る人も多いみたいだぜ」
「へえ……」
つばさは地図を覗き込んで、スマホで検索しはじめた。
ここは景色も良いし、行きたいなってちょっと思ってた。
スマホをいじっていたつばさの手が止まった。そして目の前の江崎が寝てることを確認して、つばさは俺のほうに少しだけ顔を寄せていた。
何?! 近いんだけど?!
正直、肩と肩がぶつかる距離だし、なんなら息も届くレベル……?!
つばさは肩と肩をトン……とぶつけてきて言った。
「……風呂どうしよっかなって思ってて。汗かくし入りたいけど……」
つばさは小さな声で苦笑しながら言った。
そうだよなあ、入りたいよな、登山して汗かくし。じゃあ
「ホテルに貸し切り風呂があるみたいだから、一緒に行くか?」
そう提案しながら、でも貸し切り風呂も脱衣所は一つだよな。俺はトイレとかに隠れて……いやそれでも扉ひとつ先でつばさが脱ぐとかちょっと……と考えて頭を掻いた。
つばさは「ふーん……?」と小さな声で言って俺の腕をグイと引っ張って耳元で
「俺、巨乳じゃないけど、いいの?」
と言った。
「はぁ?!?!」
思わず大きな声を出すと、つばさは口の前に指を持ってきて「しー」と言ってニヤニヤした。俺はつばさの方にグイと寄って
「もちろん俺は入らないよ?!?!」
と小さな声で魂の叫びをあげた。つばさは
「わかってるよ。何慌ててるの。ていうか元男の裸なんて興味ないだろ」
と冷たい表情をした。温泉は足湯だけでも入りたいなーとスマホを見始めた。
つばさ……俺がつばさのことを「女の子だと意識してる」って、ひょっとして全く思ってない……のか?!
だから「春馬が一緒だと安心」なのか?!
心が濁り切ってるのは俺なのか?! あああ……。
つばさは
「足疲れた」
と靴と靴下を脱いで江崎の横の席にポイと置いた。その足首が細いとか、指が男みたいに毛だらけじゃないとか、思わないのか?!
あげくの果てには
「着いたら起こして」
と俺に寄りかかって目を閉じた。
俺、思ったんだけど、女だと俺にバレてからのほうが、距離も扱いも雑じゃないか?
よく考えたら餃子食べた後も俺の目の前で生足出すし、平然とパンツとかいうし、寝るし、足の指投げ出すし!! つばさが俺に慣れてきてくれたのかなって勝手に思ってたけど、そうじゃなくて、俺の扱いが見知らぬ野良犬から、檻の中のハムスターになったような感じか!
「ふぐ……」
俺にもたれてもう眠り始めたつばさは小さく鼻を鳴らした。
完全に安心しきってる……でもそれは距離感的には嬉しい事なんだけど、つばさを女の子として好きな俺は辛い旅になりそうだ……。
「ん……」
つばさが首が痛そうに体を動かしたので、俺はなんとなく身体を低めにしてつばさの首を支える。真横にあるこの寝顔……めっちゃ可愛い……これは安心してるからこそ見せてくれるわけで……。
俺はとりあえずつばさの足にタオルをかけた。
何も知らなくても、江崎には見せたくない。




