明日への期待
「玲子、帰る前にリボンさんにチラシ持って行って確認もらって。あとこれ、美桜ちゃんに差し入れ」
「分かった」
俺は作業済のチラシと、凛ねえからの差し入れを持って店を出た。
今日は久しぶりに喫茶店のバイトに入って、来週行われる商店街夏祭りのチラシを作っていた。うちの商店街は毎年スタンプラリーを行っていて、うちはスタンプ対象店舗だ。
子供がチラシを持って来るのが可愛くて、店の前でスタンプ片手にニコニコしてしまう。
二年前まで普通の景品だったけど、俺のアイデアで小銭つかみ取りにしたらお客さんが倍になった。そして商品を準備する費用も時間も減った。人の手で取れるのは高額でも500円前後だけど、やっぱり現金のほうが絵面も良いようだ。
だから今年は上右左から手を入れられる巨大な透明ボックスを作った。そこに現金を入れるのが今から楽しみだ。
俺は夜の商店街を足取り軽く歩く。
リボンさんは駅から少し離れた女子大の方にある。
味が良ければ場所はどこでも良いという好例だ。
リボンさんもスタンプラリーに参加してくれていて、そのためにミニサイズのゼリーも作ってくれる。これがまた星とかハートとか、可愛い入れ物に入っていて美味しいんだ。絶対原価割れてる。でも有名パティシエが参加してくれることは、本当にありがたいし、商店街としては助かる。
お店の電気はもう落とされてるけど、奥の厨房に電気が付いている。
「こんばんは……」
俺はノックして覗いた。ガラス窓の奥、美桜ちゃんと双子がケーキを作っているのが見える。パティシエさんは帰ったようだ。そりゃそうだ、もう時間も結構遅い。
美桜ちゃんは色とりどりのジャムを舐めて、首をかしげている。
ポニーテールの莉々(りり)さんは生クリームを何種類も泡立てていて、ツインテールの野乃さんはそれをスポンジに塗っている。
もうこうなるとケーキを作るというより、研究所だ。
「玲子さん! 来てくれたんですか」
美桜ちゃんが俺に気が付いて手を振ってドアを開けてくれた。
「あ、ランスの人だ、やっほー」
野乃さんは俺に手を振った。
「こんばんは」
莉々さんは俺に頭を下げた。
エプロンにネームプレートが付いていて助かった。正直名前を間違えるのが怖かった。
「これ、凛ねえが差し入れって……」
俺は袋を渡した。本当にこんな差し入れが喜ばれるのか分からなかったけど、凛ねえが間違いないと言うから持ってきた。野乃さんは袋を開いて目を輝かせた。
「カップラーメンのミニ~~」
野乃さんは叫んだ。
「え、今すぐ食べたい」
莉々さんは速攻でお湯を沸かし始めた。
「よし、これは冷蔵庫いれとこ!」
美桜ちゃんも机に上にあった作りかけのジャムやクリームをバタバタと冷蔵庫に入れた。え、カップラーメンミニがそんなにテンション上がるもの?
三人曰く、甘いものを食べすぎて舌がマヒしてる、塩っ辛いものをほんの少しだけ食べたいんだ! とカップラーメンを汁まで飲み干した。
まあうん、気持ちは分かる。さすが凛ねえ。
「さて」
トンと莉々さんはコーヒーカップを置いて立ち上がった。そして俺の前に二種類のケーキを置いた。
「食べてくれる? そしてなるべく普通にコメントしてほしい」
左右の二人も頷いている。これはきっと来週の製菓甲子園に出す品なんだな……。
「じゃあ、頂きます……」
試食、俺なんかで良いのかなと思うけど、別に俺だけじゃなくて色んな人に頼んでるのだろう。何かの足しになればいい。
一つはクリームにベリーの味が付いていて、スポンジになんだろ……ナッツか何かがついている。
二つ目はクリームは生クリームのままだけど、上のスポンジにベリーのジャム、下にナッツが細かい状態で乗っている……のかな。
正直どっちも美味しいけれど
「生クリームのままが好きかも。ジャムが酸味がきてて美味しい」
「なるほろー」
野乃さんは頷く。でも、と俺は続ける。
「私はあんまり甘いものが得意じゃないから。このベリー味のクリームは美味しいと思うけどクドイ感じがする」
「ありがとう、助かる」
莉々さんは「ベリーの種類変えてみる?」と野菜室を開けた。莉々さんが「砂糖変えてみたらどうかな?」と種類を出した。
美桜ちゃんは俺の前にコーヒーを出して、自分の前には水を置いた。
「閉店後、お店借りてずっとやってて、本当にすごいの」
「本格的なんだね」
俺はコーヒーを飲みながら答えた。
「うちの学校はバカばっかだけどね~部活に関しては本気なの~!」
野乃さんは右手でピースをして笑顔を作った。
たしかこの二人、二宮第一の栄養学部……。たしかにあの高校は偏差値は低いけど、陸上や水泳、それにバレーでも名前を見た事がある。
「長所があるのは、良いことだと思うよ」
俺は戦場のようになっていくキッチンを見ながら思った。
うちの男子校は偏差値は結構高くて大学への進学率も高い。俺もあまり苦労せずにどこかの大学は行けると思うけど……はっきりと目的なく親にお金を使わせることに罪悪感はある。
その点、ここまで明確に目標があるのは強いよな。
「目標がはっきりしてるのは、カッコイイと私も思います」
美桜ちゃんも俺の横で頷いた。
俺はスタンプラリー用のチラシを店長さんにチェックお願いして、店をあとにした。
美桜ちゃんからラインが入ったのは、終電近く。
どうやら大会は来週らしく、最終調整らしい。
「私は出られないけど、見てるだけで楽しいんです」
そう絵文字が踊っていて、ランスに居ないのは淋しいけど、頑張って欲しいと素直に思った。
「学校が始まりましたーねー」
江崎はドスンと椅子に座った。
「はよ」
9月になり、学校が始まった。
夏休みはつばさと出かけられて、関係も変わって、夏祭りも一緒に回ったし、ずっと夏休みでも良い! と思ったけれど、制服姿のつばさも好きなので、いつもより始業式がイヤでは無かった。
江崎は俺の方を向いて、そういえば! と睨んできた。
「海、何で来なかったんだよ、すいか3つも準備したのに」
俺が居たとしても3つは多すぎる。行かない理由は単純で、東京にいたほうがつばさや美桜ちゃん(いや、同一人物だけど)に会えて楽しいからだ。それにつばさは絶対海には来ないと分かってるし。
俺は
「海って楽しいか……?」
と大人っぽく返答した。
江崎はムッとしてインスタを開き
「去年は水着の姉ちゃんみながら一緒に楽しんだじゃん。今年もあの海の家のお姉ちゃん居たよ? ほら俺たちのこと覚えてたよ? ほらあの巨乳の! へそのピアスしてた!」
んー? そんな子居たっけ……?
俺がインスタを覗き込んだ後ろから声が降りてきた。
「へえ……春馬って、巨乳が好きなの?」
俺はガバッと振り向いた。
「お、田上うぃーす」
「はよ」
俺の目の前の席に座ったつばさは「ふーん……?」と言って椅子に座った。
いや、なんだろう、俺は今世界で一番弁明したい気分だ。
「いやいや、巨乳は記号であって、それ以上でもそれ以下でもないし、姉ちゃん二人で見飽きてるからね!!」
姉ちゃん二人というワードに江崎がカッと顔をあげる。
「待って……凛さん何カップ……? C以上D以下と見た」
江崎が目を閉じて手をさわさわと動かす。
「キモ」
俺とつばさは、ほぼ同タイミングでつっこんだ。
つばさは俺の方を一瞥して「へー……巨乳好きかあ……そう見えなかったけどね……」と続けた。
だから誤解だって!!
今日は始業式しかなくて、その後教室で10月にある旅行の同意書が配れた。
うちの学校の修学旅行はジェット船でいく伊豆大島一泊二日だ。
「伊豆大島めっちゃ楽しみ~!」
江崎は同意書を鞄にねじ込んで「今日は撮影!」と帰って行った。
伊豆大島は行った事ないし、班は席の形で決まっているので、俺とつばさは同じ班だ。
俺はチラ……と前の席のつばさを見る。するとつばさも肩越しに俺の方を見た。
「……アイスでも、食べに行く?」
「いく」
つばさは完全に振り向かずに頬の横でピースを作ってチョイチョイ動かした。
くそ、めっちゃ旅行が楽しみだ。
俺とつばさは駐輪場まで歩く。
9月の太陽はまだカンカンに熱くて、空気の密度が濃い。
今日はアイス日和だ。
「41行く? もうダブル食べられる……」
俺が呟くと、つばさは周りを軽く見渡して、人が少ないことを確認してから、ツイと俺の横に並んだ。
「あのさ……うちの学校はさ、プールもないし、面倒な要素がないんだけど……」
ん? 旅行の話?
面倒な要素って女ってバレるってことかな? 俺はうんと小さな声で頷く。
「旅行はやっぱり色々違うから……、春馬が一緒だと、助かる」
つばさは俺のほうをチラリとみて目元だけで微笑んだ。
ああくそ、同じクラスで、同じ班で良かった!
俺は唇を固く噛んで何度も頷いた。




