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夏の夜の真実

 俺たちは小清水先生と女の人を追って夜の街を走り出した。

 田上が着ているパーカーの帽子部分がリュックの下敷きになっていたので、なんとなく引っ張り出す。よく見たらこのリュック……あのゲームの限定アクキーが付いてるやつだ。

 このリュックを背負っていた美桜ちゃんを追って、田上を知ったんだよなあ。

 あの頃は遠かった田上が、今はこんな近くにいる。

「店に入った」

「んぐ!」

 目の前を歩いてた田上が突然立ち止ったので、頭におでこをぶつけてしまった。

「ごめん!」

 田上はすぐに振り向いた。すると今度は田上の顔が俺の目の前にあって、俺は思わず後ずさりして今度は後頭部を電柱にぶつけた。脳内に星が駆け巡る。前も後ろもガンガン痛い。

「眩暈がする……」

 俺は思わず座り込んだ。するとススス……と田上も目の前に座り込んだ。目の前に細くて丸い膝小僧が見える。そしてパーカーの袖口から指先を伸ばしてきて、俺のおでこに触れた。その指は氷みたいに冷たい。

「たんこぶになってないか? ごめん」

 田上は小さな声で謝った。そんなの俺の不注意で……でも

「田上って手の温度が低いんだな」

 俺は触れられながら思わず言っていた。その瞬間、田上は手を引いて

「あ、ごめん、それよく言われる。冷たかったか」

 と言った。俺は

「いや、きもちいい」

 と言った。田上は遠慮がちもう一度指先を伸ばしてきて、ぶつけた場所を小さく撫でてくれた。

 ほんとうに、気持ち良い。


 どうやら小清水先生と女の人はモタバでコーヒーを飲むようだ。

 同じ店に突入は出来ないので、少し離れた角で飲み終わるのを待とう……と思ったら

「無料でお配りしています。お一ついかがですか?」

 と外に立っていた店員さんにチョコレートをオススメされた。

 店員さんが持っている籠の中には色んな種類のチョコレート。

 看板を見たら、チョコレート専門店の目の前だった。 

 チョコ……と思って田上を見たら、案の定目が輝いている。ここのチョコって一粒300円くらいする高級チョコ屋なのでは。それを無料で配ってるのか。田上は自分から行くタイプじゃないけど、たぶん食べたいよな。

「ください」

 俺が言うと、田上もススッと近づいてきて

「……俺も」

 と言った。クソかわいい……。

 俺は田上が何味を貰ったのか確認して、違う味を貰った。

 田上は貰ったチョコレートを、もう口の中に入れてモグモグ美味しそうに食べている。

 本当に甘いものが好きなんだな。

「店内には他の商品も多数ございますので、ぜひご覧くださいー」

 と店内を勧められる。まあ600円のものを貰ったら何か買わないとダメだろう。

 俺たちは店内に入った。小清水先生たちもコーヒーを飲んでるだろうし、少しなら大丈夫かな。

 店内は右側に色々なチョコレートがばら売りされていて、袋に詰めて好きに買えるようだ。左側はカフェで、上に商品名がズラリと並んでいた。

「レモンチーズホワイトチョコレートミルクアイスドリンク……美味しそう……」

 なんだその混ぜたら爆発しそうな飲み物は。そういえば田上はクレープ屋でもそんなの食べてたな。田上はメニューを見ながら「うーん……うーん……」と悩んでいる。女子が買い物を悩んでる時は先に買えって七々夏に習った俺は

「コーヒーのアイスください」

 とチョコレート専門店のカフェでその注文はないだろ?! と言われそうな商品を選んだ。だって正直餃子で口の中が油に満ちていて、小清水先生たちがコーヒー屋に入ったのをみて「分かる」と思ってた。普段はオレンジジュース飲みたいけど、油の後だけコーヒーが飲みたくなる。

「すいません……チョコレートドリンクください」

 田上は長く考えた末に、オーソドックスなものを選んだ。そして店外に出てそれを早速一口のんで目を輝かせた。

「チョコレート!」

 そのままのコメントじゃないか。

 俺は思わず吹き出してしまう。

「誤魔化してない純粋なチョコレートの味がする。液体チョコレートだ」

 田上が珍しく話していて聞きたいけど……俺は口元に人差し指を持っていき、静かに……と小さな声で言った。

「二人が出てきた」

「んぐ」

 田上は口を一文字にして俺のほうをみた。なにその顔。大丈夫、忘れてたとか思ってないよ。俺たちは再び先生たちを追って動き出した。

 でも俺はアイスコーヒー、田上は手にチョコレートドリンクを持ってるから、なんだかこれは完全にデートで……先生を追うのは不本意だけど俺は少し楽しくなってきていた。



 楽しくなってきてたけど、やっぱり楽しくないわ。

「だから言ってんじゃん……」

 俺は田上の隣でため息をついた。

 小清水先生と女の人はラブホテル街のほうに歩いて行く。

 俺もこの町はあまり詳しくないけど、どんどんヤバい方向に向かってるのは分かる。

 だって今俺が隠れてる看板は何かが大回転するし、なんなら頭上はデートクラブのお誘いだ。俺は小清水先生が女の人とキスしながらラブホに入っても「またか」で済むけど、美桜ちゃん……田上は……凛ねえが裏切られてるのを見るのは初めてだから、きっと傷つくだろうな。セットで凛ねえにキレたくなるから、俺は本当にイヤなんだけど……。

「あのビルに入った」

 田上が言うので、俺たちはそのビルの入り口まで来た。

 その看板に入ってる店は

「ピンサロ……おさわり風俗……生パンツ販売……カップルで色んなプレイ……」

 要するに風俗山盛りビルだ。

 二人で入って行ったことを考えると、カップルで色んなプレイ店?

 SMから巨大鏡やら、コスプレから電車の中でチカンプレイまで色々楽しめるようだ。

 うーん、予想をはるかに超えてて吐き気がする。

 凛ねえに亜稀ちゃん任せて先生は若い子と色んなプレイを楽しんでるのか。

 恐る恐る横をみると、田上が怒りで震えている。

「……なんだよ、それ、汚い。最低だ、本当に、本当に最低だ」

 俺も一緒に罵りたいし、なんならこれを何度もされて俺は行きたくなかったんだけど、横で田上がこの状態になると俺は一緒にキレられない。でも慰めることも出来ない。だって俺も最低だと思ってるから。あれが教師なんてやってるんだから世も末だ。

 ていうか、出てきたところを写メってタグつけて匿名垢作って放出したらクビになるんじゃね?

「なあ……」

 声を出した瞬間、階段の上から小清水先生の声が聞えた。出てきた?!

 俺たちはさっきの看板の奥に走って移動した。

 俺はなんとなくスマホを取り出して録画を始める。マジならやるからな。

 二階の店から出てきたのは、小清水先生と女の人と黒い服を来てるから男の人……お店の人かな。

 小清水先生と女の人が深く頭を下げる。

 トンキホーテで買った大きな袋には入りきらないほど何かが入っていて、それを先生が持っている。

「今回は本当に申し訳ありませんでした」

 小清水先生の声だ。

「すいませんでした……」

 女の人も謝っている。

「まったく……これバレたらヤバいのはこっちなんですよ。身分証明偽るとか、やめてくださいね!」

 黒い服をきた男の人は大声で言って、二階に戻っていった。

 身分証明、偽る?

 つまりあの女の人は身分証明を偽って風俗店に居た……のかな。あの子は小清水先生の学校の子とか……? それを知った先生は辞めさせた……?

 女の人は何度も先生に頭を下げて、泣いているように見えた。

 先生も優しい表情で見ている。

 どうやらそう……みたいだな。

 良かった……。俺は安堵して力が抜けて看板裏に座り込んだ。

「ティッシュ持ってないか……」

 ずず……と音がして、横をみると膝を抱えた田上が目と鼻から大量の水を出していた。

 ちょっと!

 俺はカバンを探る。今日も凛ねえの鞄を借りてきたから、ティッシュは入ってるはず。

「はい!」

 俺はティッシュを出して渡した。さすが凛ねえ、これ駅前で配ってる無料のガサガサティッシュじゃなくて柔らかいティッシュだ。

 ずず~~っと俺の横で田上が鼻をかむ。

「……俺、マジで頭から煙上がりそうなほどムカついたから、良かった。マジで殴りこむ所だった……」

 ええー……過激派……。苦笑する俺のほうを田上は目をこすりながら見た。

 目元が真っ赤で、潤んでいる。

「……小野寺は、こんなの、何回も見てたのか。キツイな」

 俺はハッとした。

 心の一番奥の正しい部分に、田上が声をかけた気がした。

 何度も見たキツイ景色を認めてくれたんだ。

 それはドス黒い世界にキレイなカーテンがかけられたような新しさで。

「そう、なんだ、よね」

 俺は言いながら泣きそうになってたことに気が付いた。

 本当は誰かに、そう言って欲しかったのかもしれない。

「げ」

 田上が後ろを見て言った。何? 俺は涙を無理矢理押さえつけながら後ろをみた。

 すると女の子が小清水先生に抱き着いていた。でも先生は抱き寄せて……ない。

 ただ泣き止むのを待っているようだ。

「……あれ見てるだけで腹たつんだけど」

 田上が俺のよこに座って言うので、俺も

「な、腹立つだろ?」

 と目元押さえながら言った。

 苛立ちを共有できる人が居ることが、こんなに気が楽だなんて知らなかった。

「離れろ、先生には凛さんがいるんだ」

 田上は隙間から見て言う。

「そうだそうだ」

 俺たちの呪いが届いたのか、先生は女の子を引きはがした。

 そして二人で歩き始めた。

 俺たちは目を合わせた。俺も田上も膝を抱えて座り込んで笑った。

 良かった。田上に絶望を与えなくて済んで良かった。俺も救われた。

 なにより凛ねえが今は裏切られてなくて、良かった。

「……食べる?」

 俺はポケットに入れていた貰った無料のチョコレートを田上に渡した。

 さっき違う味を貰ってポケットに入れていたんだ。

 田上はそれを口に入れた。

「春馬の体温でぬるくなってる」

 そう俺の名前を呼んで、ほほ笑んだ。

「つつつつ、つばさ、は、甘いものが好きだから、取っといた」

 便乗して俺も言ってみる。

「お、お……う……」

「だろ?!」

 俺たちは無駄にぎくしゃくしながら、でも足取りは軽く夏の夜の道を走った。

 暑くて、でもどこか新しい風が吹く夜。


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