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餃子と追跡

「小さいから何個でも食べられるな」

「丁度いい」


 俺と田上は約束していた餃子屋に来ていた。

 鉄鍋餃子と言われるジャンルらしく、小さめのフライパンに餃子が並んだ状態で出てくる。

 ノーマル餃子、チーズ入り、シソ、野菜……サイズが小さいのでパクパク食べてしまい、もう4皿目だ。

 俺は高校生男子の無限の食欲を爆発させてるけど、田上はどうなのかな……と少し心配したけど、ご飯を並盛にしただけで、餃子はたくさん食べている。体の構造が変わったら、胃も小さくなったりしてるのかな……とそこまで考えて、いつもランスでケーキを3つ食べてるわ……と思い出した。食べる量に関しては何も変わらないんだろう。

「暑い」

 田上はTシャツの前を摘まんでパタパタと胸元に空気を送った。

 思わず首元に視線が引き寄せられる。

 俺はもう田上が女の子だって知ってるから、あの苦しそうなブラをしてきてないのかな。いや、ここは学校からそう遠くもないし、油断した状態で来ないよな。

 でも夏とか暑そう……。細くて綺麗な首元を見ていたら、田上が顔をツイとおろして、俺と視線を合わせてきた。ん?! 見てたのバレた?!

 田上は少し首をすくめて、顔の前に手を置いて、人差し指でチョイチョイと俺を呼んだ。 

 んん? 何? あまりにもじ~~っと見てたから怒られる?!

 俺は恐る恐る田上のほうに顔を近づける。

 田上もす~~っと俺に顔を近づけてくる。

 まつげが見えるほど近くに田上の顔……近くで見るとめっちゃ長いんだよな……。ていうかいつも学校で黒縁メガネしてるのに、今日はべっ甲というか、少し軽めのメガネなんだな……ってまたじ~~っと見てしまう。

 薄い唇が開いて、田上が小さな声で話しかけてくる。

「……一番奥のカーテンかかってる個室にいるの、小清水先生じゃないか?」

 と言った。へ?! 俺がクアッと振り向こうとしたら、田上を俺の顔を両手でパチンと掴んだ。 ひっ?! 手が冷たい!! っていうか、両手で……!! 顔が一気に熱くなって眩暈がした。

 俺の顔は田上に固定されて動かせない。この状態が恥ずかしくて耳まで熱くなってきた。

 田上は俺の目をじっと見て

「あんまり見たら、バレる」

 と言った。

 バレる? 俺はそれを聞いて「ん?」と思った。この前ラーメン屋で小清水先生と亜稀ちゃん、それに凛ねえと俺たちは会っている。だから別に隠れる必要がないと思うんだけど。

 それに今日凛ねえは泊まりだって朝言ってたから、そこにいるのは凛ねえでは……? と思って遠目で見ると、女の人……足元だけ見ると、ピンク色のヒール。

 あら。あれ凛ねえじゃないわ。

 俺は一瞬で察した。

 凛ねえはピンク色のヒールなんて履かない。

 凛ねえの靴は黒一色。俺には違いが分からないほど、黒だらけだ。

 ていうことは、凛ねえ以外の人と小清水先生は餃子を食べてるのか?

 田上は残った餃子を口に入れて小声で続ける。

「……親しい人とじゃないと、餃子は食べに来ないと思う」

 確かに! と田上を指さしたが、田上の中で俺は親しい人なのか……とまた無駄に感動してしまい、そうじゃなくて……と肩越しに個室の方を意識した。

 この店は広くて、カーテンがかかっている個室と俺たちがいる席はわりと離れている。

 だから大声とか出さなければ気が付かれることは無さそうだ。

「あの人……お姉さんと、お付き合いしてるんじゃないのか?」

 うーん。

 俺は餃子を摘まみながらなんとなく説明する。正確には付き合ったり別れたりしてる時期があって、それは俺にも分からないし……

「小清水先生、凛ねえと別れてる間は、他の女の人と一緒に居たりするよ」

 俺は何度も見たことがある。

 でも亜稀ちゃんもセット……は見たことがない。亜稀ちゃんも一緒なのは凛ねえだけだ。

 ちなみに凛ねえは、ここ5年は小清水先生以外と一緒に居ない。

 だから今は付き合ってない時期なのかもな。俺は皿に残っていたザーサイを食べながら言った。

 田上もザーサイを口に運びカリカリと齧りながら

「なんか……イヤだな……」

 と小さな声で言った。全くその通りだ。でも

「子供の……亜稀ちゃんの気持ちを考えると、まあ色々難しいんだろ」

 田上もその気持ちはよく分かるみたいで、ぐっ……と押し黙った。

 ごちそうさまでしたー……と個室から声がして、どうやら小清水先生と女の人が出てきたようだ。俺たちは壁際、そこから四席ほど挟んだ通路を先生たちは歩いて行く。

 田上も俺も、なんとなく壁にあるメニューをみて顔をそらす。

 ふ~ん……チーズスティック旨そうじゃね~~?

 そして横目で、会計してる後ろ姿を見る……うーん、知らない女の人だ。

 というかめっちゃ若くて綺麗で身長高くて華やかで髪の毛くるくる巻いてて……うーん。凛ねえとは真逆のタイプ。

 服装も胸元があいてて、姉二人がいる俺の査定をするとDかEカップ。七々夏が見たらもっと情報が出るんだろうけど、俺はこれが限界だ。あと靴はきっと高いやつ! 七々夏が「靴はテカリで分かる」って言ってた。

 どうやら会計は先生が全部出してる。そして二人は仲良さそうに店から出て行った。

 うーん、黒寄りのグレー! 記憶から抹消しよう。俺は小清水先生のずる賢さが苦手なんだ。答えを出さずに居続けることが正義だと言う人もいるかもしれないけど、俺は嫌いだ。だってほんの少しずつ凛ねえを削り続けてる気がする。ため息をついた俺の目の前で、田上は残っていた餃子とご飯をモグググっと口に入れた。またリスになってるぞ。そして

「ほうほ」

と言った。何? ほうほ?? 

 田上はお茶で口の中のご飯を飲み込んで

「追うぞ!」

と言い直して立ち上がった。

 ええーーー?

 俺は明らかにイヤそうな表情をしていたのだろう、田上は立ち上がって

「ん!!」

 と急かした。えー……行きたくない―。

 でも田上が「ん! ん!」 と睨んで立たせるから渋々立った。


 その距離20mくらいだろうか。小清水先生と女の人が歩く後ろを、俺と田上も歩く。面が割れてるからついて行くのは変だし、そもそも付いて行ってどうするんだよ?

 俺は田上の横で小さな声で訴えた。

 田上は角で立ち止り

「……なんか、気になるから、行く」

 と子供のように俺を睨んだ。そうだよな、美桜ちゃんは凛ねえにめっちゃ可愛がってもらってるもんな。だからイヤなんだろ? 俺も一番最初は先生が他の女の人と一緒に居たら追ったりしたけど、そのたびラブホに消えたり、家に消えたり、濃厚キスシーン見せられてイヤな気持ちになってるの。今回も絶対そうだって! 

 二人は大きな道沿いにあるトンキホーテに入った。

「いくぞ」

 田上は俺の腕をグイグイ引っ張って店の中に入って行く。ああ、田上と腕組んで歩けて嬉しい……こういうのはもっと別のタイミングで味わいたかった……。俺は店に引きずりこまれた。二人はカバンコーナーに向かっているようだ。

「見張ってて」

 田上は俺をそこに置いて、サッと上のフロアに移動していった。なんで?!

 俺はカバンの隙間から二人が商品を選んでいるのを見ていた。旅行にでも行くのか? 二人で? また凛ねえが淋しそうに微笑むのを見るのか俺は。嫌だなあ……。

 二人はちょっと大きめの手提げ袋を購入して店を出ていく。田上……! と思って振り向いたら、ピンクの大きめのパーカーを羽織った田上が立っていた。

「へ?!」

 何その服、今買ったの?! と俺が叫ぶと

「しっ」

 と人差し指をたてて、他の商品が入った袋を俺に押し付けた。そしてそのまま二人を追うように店外に出る。

 田上はTシャツの上からピンクのオーバーサイズのパーカーをだぼりと羽織っている。おい……可愛いじゃんよ……。

 そして突然、ズボンの裾をグイグイ折り曲げ始めた。

 足首から見えてくる細い足。

「?!」

 俺は一歩後ずさりしてしまう。何?! ていうか、当然だけどすね毛も何もなくて、めちゃ細くて綺麗な足と……膝と、うわ、太もも……。

 この前の保健室のパンツを思い出してクラクラしてくる。

 田上は両方とも膝上くらいにズボンを折り曲げて、ピンクのオーバーサイズのパーカーをかぶせた。そしてメガネを取って鞄に投げ込んだ。

「田上って分かる?」

 そういって俺のほうを見た。

 正直これは、美桜ちゃんでも田上でもない……ショートカットの美少女が俺の前に居た。

「っ……わかんないっス……」

 俺は思わず敬語になった。

「よし、小野寺は帽子でもかぶっとけ」

 袋の中に入ってたのは真っ黒な帽子だった。俺はそれを目深にかぶる。

「いこ」

 丁度信号が青になり、小清水先生と女の子が歩き出した。

 追って俺たちも歩き出す。すっ……と田上が俺の腕を掴んでくる。

「……メガネ外すとマジ見えねえ」

 俺は田上の腕を軽く掴んで支えた。

「……さんきゅ」

 暗闇で小さくほほ笑む田上はただの美少女で、俺は「あーー」と叫びたい気持ちを抑えた。

 小清水先生追ったりしてなきゃ、最高に楽しいのに……!

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