一歩、一歩
「シソとチーズ……間違いなく旨い」
俺はサイトを見てブックマークした。
調べると都内は色んな餃子の名店があるんだな。
どこに行こう。俺は増えてきたブックマークをみてニヤニヤした。
花火の日、田上が美味しそうに餃子を食べていたので「餃子好きなの?」と聞いたら「わりと好き」と小さな声で答えた。
「新円寺に旨い店があるんだよ、来週行こうよ」
と誘ったら
「マジ……?」
と目が輝いた。たぶんあれは『わりと好き』なんてレベルじゃなくて、すごく好きなんだな。俺は身近な人が好きなものを掘り下げるのが好きだ。
「もっと調べようよ。俺も楽しいし、田上も好きなら、なんかお得じゃね?」
そう言ったら田上はキョトンとして
「なるほど」
と頷いた。
それに来週の約束も出来た。三倍くらい得した気がする!
「イラスト系ユーチューバー?」
最近はそんなのまでいるんだ。紗季子は
「絵を書きながら配信してる人とか多いでしょ。それの進化系だよ。リアルタイムで話しながら要望ある絵を書いていくの」
「へえ~~。俺には無理だ」
そんな瞬発力がない。
春馬も出来そうだけどー……と紗季子はラインを打ちながら言った。
今日は江崎&紗季子の事務所の人と会う約束をしている。
事務所の人といっても、ユーチューバーらしいんだけど……
「その子、春馬の絵をすごく褒めてて……あ、居たー!」
紗季子は店内にいる女の子に手を振った。そこには真っ黒な前髪をまっすぐ切りそろえて、後ろの髪の毛もオカッパ。一見ユーチューバーには見えないような女の子が座っていた。そして紗季子に手を振り、俺にお辞儀をした。
「はじめまして、陽菜です」
陽菜と名乗った女の子は俺にペコリと深く頭をさげた。そうされると俺も深く頭をさげて、二人でぺったんぺったん頭をさげあった。
「サラリーマンか」
紗季子はウエイターを呼んで勝手に俺の分のオレンジジュースとモンブランを頼んだ。
陽菜さんはカバンから仕上がった球団イラストを出し
「小野寺さんにお会いできてうれしいです。これ可愛くて事務所でも評判良いです」
とほほ笑んだ。
紗季子に頼まれて書いたイラストは受けがよくて、そのままTシャツやサイトに使われることになり、なんと俺の所に数万円のお金が入ることになった。
陽菜さんはユーチューバー兼事務員として働いていて、今日は契約の書類を持ってきてくれた。それにハンコを押して名前を書いて振込先を記入……おおお……フリーランスみたいだ。しかし持ってきて貰うなんて手間をかけてしまった。
「すいません、俺が事務所に行けば良かったですよね」
と謝ると陽菜さんは手を大きく振って
「違うんです、私が小野寺さんと外でお話したくて、社長に頼みました」
と恥ずかしそうにうつむいた。おう……? 紗季子のほうを見ると(ええやん……?)と口だけ動かしていった。なんだよそのエセ商人みたいなのは!
陽菜さんは俺が書いた球団イラストにトンと触って
「あの、間違ってたらすいません、このロゴって……映画を参考にしてたり、しませんか……?」
俺は手に持っていたストローの袋をビリッと破った。
「ひょっとして、ミーテルズ知ってるの?!」
思わず大声が出た。陽菜さんはパッと笑顔になり
「やっぱり。これってミーテルズの変身カラーを使ってるんじゃないかなーって思ったんです」
と目を輝かせた。
ミーテルズは海外のマニアックなヒーローもので、日本で見るためには海外の専門チャンネルに入るしかない。俺は自分のためだけに加入してるけど、女子でも好きな子がいるんだ!
「先週の放送、見ました?」
なんとリアルタイム派。俺は「見たよ!」と身を乗り出した。
「なんなのそれ?」と興味がなさそうな紗季子に向かって、俺はノートに絵を書きながら説明を始めた。
「このキャラが一番最初の映画に出てきてさ」と、なんとなく絵を書くと「私はうさぎのキャラが好きで見始めたたんです」と陽菜さんが書き加えた。そしてその絵が上手い!
俺と陽菜さんは映画を見る順番について、あれこれ話し合った。
「やっぱり旧作全部みてから来てほしいですよね」
「いやいや旧作は20本あるからさ」
二人でノートにキャラ絵を書きながら勝手に順番付け。オタク的にはめっちゃ気持ちがいい時間だ。
「二人ともオタクだね~」
と紗季子が笑うので
「いや、マニアな話はリアルであんまり出来ない」
と俺は真顔で返した。横で陽菜さんも深く頷いている。SNSで語るのとは違う快感がある!
そういえば先週新情報が流れてたな……とスマホをいじり始めたら、机の上にカバンがドスンと置かれた。顔を上げると
「ういーす春馬、ユーチューバーになったってマ?」
と全力で茶化しにきた江崎がいた。どうやら俺がイラストでお金をもらうために契約したことを知ったらしい。
「いやいや、イラスト書いただけ」
と俺はついさっき陽菜さんと書いていたノートを見せた。
すると陽菜さんは
「わ、江崎さん、本物だ!」
と目を輝かせた。どうやら江崎は事務所の中でも有名側に入るらしい。
江崎は陽菜さんを見て「んー……」とおでこに指をあてグルグル回して記憶を呼び覚ましている。そしてカッと目を開き「イラストの陽菜ちゃんだ。やっほー!」と指さした。
なんだその安いホストみたいな行動は。
そして机に上に置いていたイラストを見て「なにこれウマッ」と瞬時に写メった。
安い、江崎は全体的に安い。
「陽菜ちゃんと春馬、めっちゃ趣味が合うの。なんだっけ、ミミズだっけ?」
と紗季子が説明するが、全然違う。
「ミーテルズ」
俺と陽菜さんは同時に突っ込んでしまった。めっちゃ説明してたのに、全然聞いてないな、紗季子は。ていうか、江崎夏休み中になんで制服……と思ったら後ろのドアが開き、田上は入ってきた。
「……うす」
俺を見てほほ笑む。
うわ、なんか、あんなことがあってから制服の田上に初めて会うから、すげぇドキドキする。俺は自分の横に置いてあった荷物を高速で退けた。すると田上は俺の横に普通に来た。なんか嬉しい……。
毎日見ていた制服なのに、前と今では全然違う気がする。女の子だと知っていて見る制服姿はものすごく……気恥ずかしい……というのが正しい言葉のような気がする。
「今日数Ⅱの補習だったんだよー、疲れた。春馬数Bだっけ」
江崎はウエイターにコーラを頼んで言った。
そういえば江崎も田上も選択は数Ⅱだった。
「……小野寺数Bか。居ないな……と思った」
と田上が小声で言う。
えっ……俺が居ないなって、俺を一瞬でも探してくれたんだ。
言いながらストロー開ける姿が可愛くて、春の俺はなんで数Ⅱ選ばなかったんだーと思うが、こんなことになるなんて知る由もなく……。
「そういえば小野寺さん、来春新作短編あるって知ってます?」
俺の目の前に座っていた陽菜さんがスマホの画面を見せてくれた。おっと陽菜さんのことを忘れていたし、俺もさっきその話をしようと思ってた。
「先週発表ありましたよね、リーダーが再登場するとか」
俺が言うと
「それってめっちゃ熱くないですか」
と陽菜さんは言った。
というか、冷静に考えるとこの話は俺と陽菜さん以外分からない。だからやめよう……と思ったら、ノートを田上がじーっと見ていた。俺はそれに触れて
「映画の話してたんだ。偶然陽菜さんが詳しくて」
と軽く説明した。
「へえ……」
田上は興味なさそうにスマホに視線を移した。
陽菜さんは興奮していた事に気が付いたのか
「すいません、私、数少ないお仲間に興奮してしまって……」
と頭を下げた。すると江崎が
「趣味があう人って貴重だよね。しかも女子! いいじゃん~」
とノートを見て「二人とも絵がうめぇ!」とまた写メって、すぐにUPしてた。
俺はなんとなくこれ以上この会話をしたくなくて、共通の話題……補習行きたくない……に切り替えた。
ポン……と田上からラインが入ったのは、その日の深夜だった。
「これ、どこ順番で見るの?」
そこに載っていたのは、昼間俺と陽菜さんが話していた映画一覧で……。
俺はこんなマニアックな映画……と思うのと同時に、めっちゃくちゃ嬉しかった。俺の好きなことに、少しでも興味を持ってくれるってことは、俺に一歩近づいてくれるってことで……。
「見てくれたら、話せて楽しい」そう素直に書いた。するとすぐに既読になって
「普通に面白そうだと思ったし、小野寺も楽しいなら、お得だろ。で、どれ?」
と返って来た。それはまさに先日俺が言った言葉で、一歩一歩近づいていける感覚が、何よりもうれしい。




