布とUFO
「布だよな」
「は?」
「ただの布だ」
「なんなの、春馬キモ……」
七々夏はパンツの上から部屋着Tシャツを羽織った姿で俺の前を歩いていく。
そのパンツを見て思う。布だ……! と。やっぱりただの布。
そしてこれも布!
俺は山盛りの洗濯物を前に正座していた。俺と姉二人と母さん四人の洗濯物は8割が女物。当たり前だ。男は俺しかいないんだから。だからパンツも三枚入ってるけど、全部女物。俺は洗濯物係なので、毎日畳んでるけど、布。そして目の前をパンツ一丁でパピコ食べてる七々夏のパンツも布だ!
脳裏に田上の脚と一瞬見えたパンツが浮かんで眩暈がする。
ちゃんと女物だった。
「ボクサーパンツのが良くね?!」
俺は七々夏のウニクロのボクサーパンツを畳みながら言った。
「なんなら母さんみたいにファリシモのデカパン!!」
バンと広げたら、めっちゃデカい……なにこれ……胸の下まで来そう……。
「もしくは……!」
凛ねえのパンツが見当たらない。シルクだから手洗いしてるんだな、今日はない。
田上のパンツも、なんかテラテラしてる布だったな……じゃないよ!!
俺は部屋に転がった。頭が痛い。今日は美桜ちゃん居るけどバイト行かない。透視しちゃうからだ。変態? そうだな、もうダメだ。さようならおやすみ……
「ねえ春馬早く畳んでよ、私のスカートどこ?」
七々夏が叫んでるけど今日の俺は営業終了だ。
「昼飯は?」
「弁当持ってくるの忘れた。購買で適当に買ってくる」
俺は財布を持って教室から出た。せっかく凛ねえがお弁当作ってくれたのに置いて来るとかアホすぎる。昨日はよく眠れなくてダラダラ絵を書いてて、寝たのは三時過ぎだった。
寝られなくて窓をあけてボンヤリしてたら涼しかったけど、昼は蒸し暑いな。渡り廊下を抜ける風はすっかり夏だ。
学校の購買は無駄に充実していて、お弁当からサンドイッチまで幅広く売ってる。でも学食に憧れてるから、大学いくなら学食あるところに行きたいな……と思う。
ていうか、大学か……。もう塾に行ってるやつも沢山いるし、決めて動くべきだけど。なんか実家の喫茶店に甘えてて、最悪あそこがあるから良いかと思ってしまう。
美桜ちゃん……田上はどうするのかな。ケーキを作るのが好きみたいで(というか、美桜ちゃんは単純に甘いものがめっちゃ好きだ)最近仕入れ先のケーキ屋、リボンさんで勉強させてもらってるみたい。
うちの店でオリジナルケーキを出すのも時間の問題だろうな、楽しみだ。
俺はエビマヨおにぎりとサンドイッチを買って弓道場の奥まで歩いた。
そこに芝生と大きな木があって、目の前は小さい畑がある。視界が開けてて、割とここが好きだ。
今日はなんか教室に戻って食べる気にならなくて、俺はそこに寝転がった。
蒸し暑い風も、ここなら吹き抜けて気持ちいい。
「これも取って良いんスか?」
「大丈夫」
誰か話してる声がする……。
ウトウトしていた俺の横に見えたのは……制服のズボン……? あれヤバ、今何時?!
顔を上げると、横に座っていたのは田上だった。
「はよ」
俺を見下ろして言う。
「……はよ」
俺は髪の毛を直しながら体を起こした。遠くにある時計を確認したら、まだ昼休み中だった。セーフ。俺の太ももにトンとオレンジジュースが投げられる。俺に? と聞いたら田上は「ん」と頷いた。サンキュと受け取って飲み始めた。これ俺がいつも売店で買ってるヤツだ。知っててくれたなら……嬉しい。
「よう起きたか、どこにいるのかなーと思って探しちゃったよ。キュウリ食べる?」
江崎はなぜか学校横にある畑でキュウリを取っている。なんで?
うちの学校が管理してる畑は、草花を育てる授業や、家庭科用に野菜が育てられていたりする。学校に畑? と思うが、農地じゃないとダメな理由もあるらしい。都会の税金は複雑だ。
江崎と一緒にキュウリを取っているのは家庭科の柳先生だ。なぜか二人で夏野菜の収穫をしている。それが終わるとバケツに水を入れて、柄杓で撒きだした。柄杓! 縁日みたい……。俺は田上の横でオレンジジュースを飲みながらボンヤリみていた。もう7月に入った夏の空はギンギンに青くて、江崎が水をまき散らすとキラキラと光の粒が光って美しい。
「あれ、掃除に便利だよな」
俺の横で田上が呟く。珍しい。田上から口を開くなんて。
「わりと遠くまで飛ぶもんな……って江崎お前!!」
言ってるそばから江崎がこっちに水を飛ばしてくる。
「これ水鉄砲より優秀じゃね?!」
田上濡れたら……! と思って振り向いたら、もうすでに笑えるほど遠くに移動して座っていた。こういう時だけ動きが早すぎる! 安心だけど。
俺は江崎から柄杓を奪ってズボンのすそを狙ってかけた。
「春馬お前!」
逆に江崎はバケツごと水を俺にかけようとする。
「江崎ふざけんなって!」
逃げようとしたら足が雑草に引っかかって見事に転び、その上からバケツの水と江崎が降ってきた。背中からドバーとくる水とクソ重たい江崎。
「ありえないんだけど!」
「うおお俺もつめてえええ!!」
俺と江崎は二人してずぶ濡れになった。もう仕方ないから二人して上のワイシャツを脱いだ。ずぶ濡れの俺たちを田上が冷たい目で見ている。そして俺がワイシャツの下に着ていたTシャツを見て
「……ヌー……」
ぬ? 何? と思ってTシャツを見たら、今日はUFOで有名な雑誌ヌーのTシャツを下に着ていた。しかも創刊四十周年記念Tシャツ……しかも太陽光を貯めてUFO部分が光るんだよこれ……恥ずかしい。
「お前ヌー好きなの?」
江崎が笑うが、江崎が下に着ていたTシャツは細い文字で「ひじき」と書いてあった。
「江崎こそ、ひじきって!!」
「これはリスナーが送ってきてくれた俺のお気に入りだぞ!」
俺たちはズブ濡れのテンションもあって笑いながら教室に戻り、体操服に着替えた。
夏で良かった。しかし窓の外にぶら下げた俺のヌーTシャツと江崎のひじきTシャツを皆がみてクスクス笑うのは頂けない。
放課後、たった二時間で俺と江崎のTシャツとワイシャツはカリカリに乾き、着て帰ろうとしたら、廊下で田上が俺に手招きした。
ん? 田上は俺を呼んで、そのまま歩き始めた。え? 何? 何の用事? 田上はほんと何も言わないから猫集会に呼ばれる人間のような気持ちが味わえる。
こっちは人気がないB館だけど、何? 俺は妙にドキドキしてきた。
田上はスッ……と美術室裏の倉庫に入って行く。え? ここ入れるの?
ていうか、この人気のない場所に何の用事?!
田上は美術室裏の本棚を指さした。そこには……
「創刊からの……ヌー……?」
「美術の榎本が集めてるんだ」
田上はそれを指さして、な?! という表情で俺の方を見た。
え? これが見せたかった……の? 俺は思わず「くっ……」と笑い出してしまう。
「この号」
田上が一冊を取り出すと、その本の裏に俺が着ていた四十周年限定Tシャツが載っていた。一緒だ、一緒だけど!! それより横をみるとなぜかドヤ顔している田上がいて、俺は面白くて……いや、可愛くてしかたない。
「本当だ、これ載ってるやつだな」
「見た時に見せたいって思った。裏側にプリントもあるバージョンもあるんだな……この作家さん有名な人なんだぜ」
田上は珍しく饒舌に話した。
「好きなの? ヌーとか、UFOとか」
田上は興奮してる自分に気が付いたのか、ハッ……と我に返って
「わりと」
と踵を返して倉庫から出た。
くそ、俺のヌーに対する知識不足で話が広がらなかった。
俺実はこのTシャツ、何年か前に七々夏に誕生日に貰ったんだ。「古着屋に売ってた。ヤバくない?」って。だからヌーに全然興味ないけど、田上が好きなら読んでみようかな。宇宙人の本を夢中で読む田上を想像して、俺は笑いを押し殺した。だって横で田上が本を紹介出来て嬉しそうだったから。
俺はTシャツにプリントされていた人を調べたら、めっちゃ有名な人だった。
今度はこの話をしようと俺はウィキを見ながら電車に乗った。




