オンリーワンを求めて
土曜の昼下がり……俺はジャガイモと対話している。
俺の手によって美しく磨かれた精鋭たち…10ℓにおおさじ10の割合で入った塩が北海道から直接仕入れているジャガイモに良い味をつけるんだ。
最初はこんなに入れるの? と思ったが、この塩こそが神髄、塩のこだわりこそがコロッケの真の姿……!
「今だ!」
俺は巨大な鍋を抱えてシンクにお湯をぶちまける。
湯気で顔が燃えるように熱いぜ!!
しかし見ろこの見事に茹でられたジャガイモ美しい、皮が浮く手前、このタイミングこそ命! そしてここからが大事だ、音速で皮を剥いて特製ドレッシングをまとわせる。
このドレッシングこそジャガイモに対して最高のドレス! 纏えジャガイモたちよ!
「あのーすいません……」
「今ジャガイモむいちゃうから用事があったら表のほうにお願いします!」
声を掛けられたが、俺はとりあえず皮を剥くことに集中した。剥いて潰してドレッシングまでは熱いうちにしたほうが美味しい、間違いない。
俺はババババと皮を剥いて潰して、作業を完了させた。ふう……俺この作業だけは好きかもしれない。気持ち良い、なんか脳汁出る。
「……あのすいません」
うわ、まだ裏口に人が……って
「お邪魔でしたら、ここに置いていきます」
「全然邪魔じゃないよ、落ち着いた、大丈夫」
「本当ですか……? じゃあ少しだけお邪魔します」
美桜ちゃんがクッキーを持ってコロッケ店に来てくれていた。
俺は汚れていたベンチを軽くふいて美桜ちゃんを座らせる。
「これ割れちゃったんですけど、凛さんが差し入れてきたら? って言ってくださって」
「ありがとう!」
俺はそれを受けてとって速攻開けた。最近喫茶店はお茶菓子に力を入れていて、色んなクッキーを作っている。甘い物好きの俺としては最高に嬉しい。
「これは紅茶?」
「ダージリンの葉を入れたんですけど、少し苦くなっちゃって。色んな茶葉を試そうって事になってます」
美桜ちゃんは俺の横で嬉しそうに言った。
「紅茶も好きなんだね、美味しく出来ると良いね」と俺が言うと
「小野寺さんもジャガイモ潰すの好きですよね!」と力強く言われた。
え? ジャガイモ潰すのが好き……? それは中々意味不明な感じがするけど、好きか嫌いかと言われれば好きかも。
「好きだよ!」
「あ、私もここのコロッケすごく好きです」
美桜ちゃんが春馬の俺に対して好きとか言うから妙にドキドキして「お試しのカレーコロッケ食べてみる?」と店内に戻って渡してみた。
「中にとろけるチーズが入ってるのが……すごくいいですね」
美桜ちゃんは目を細めた。このチーズもこだわりなんだよ! と思ったけど、口からとローンとチーズが出ているのが面白くて、俺は手を伸ばしてそれを引っ張った。
「っ……すいません」
「いえいえ」
「……俺バイトに戻らないほうが楽しそうじゃね??」
俺と美桜ちゃんが楽しく食べていたら、前に巨大な影……
「瀬戸じゃん、おつ」
元からここでバイトしてる瀬戸孝史郎だ。俺の幼馴染で野球バカ。エースで4番の絶対王者だ。
「彼女?」
瀬戸は上からぬぼーと美桜ちゃんを見下ろして言った。
俺は手に持っていたカレーコロッケを一気に食べて立ち上がり、ちがうちがうと手を振った。誤解されたら美桜ちゃんに悪すぎる!!
ていうか瀬戸は、この近辺では毎年甲子園に出ている高校に行っていてこの時期は練習で鬼忙しいのでは……?
「肘やっちまった。今年は無理かも」
瀬戸は、はあ……と大きくため息をついた。6月の今、それはアウトだろう。
「まあ秋季に合わせて治すしかない」
瀬戸は右ひじを軽くあげた。
「ここに居たの!」
瀬戸の後ろからセーラー服を着た小さい女の子が顔を出した。小さいというのは比喩でもなんでもなく、本当に美桜ちゃんより小さいというか、瀬戸の半分くらいのサイズに見える。でも瀬戸と同じ北陵の制服だから、高校生なのか。
「検査に間に合わないよ」
「今行く」
じゃあまたと俺に手を振って瀬戸は商店街の奥に消えていったが、一瞬だけ店舗表に顔を出して、おばちゃんに挨拶していた。その間も小さな女の子は「早く早く!」と飛び跳ねていた。
「この時期に肘は……うーん……」
俺は眉をひそめた。もう6月も後半で当然だけど夏の予選は無理だ。秋だって8末くらいには本格的に動くはずで、間に合うのか。もちろんケガの程度によるけど肘は……。
「心配ですね」
横に居た美桜ちゃんは表情を曇らせた。
ね、と俺も頷いた。小学校からずっと野球だけをしてきたような野球バカで、甲子園に出るためだけに頑張ってきた。それをスタンドで見るのは辛いだろうな。
「聞いた……? 瀬戸のケガ……」
「どっわ、紗季子どっから沸いたの?!」
「……もうダメ心が死んだ……」
学校帰り、俺の華麗なる音ゲーを録画してくれ! と江崎に頼まれて俺はゲーセンに来ていた。なぜか「クレープ食べる……」と付いてきた田上も一緒だ。田上はイチゴスペシャル生クリームましましカスタード混ぜバナナインチョコソース+という早口言葉みたいなクレープを横でもくもくと食べている。正直踊り狂う江崎を見ながら、横でクレープ食べてる田上を見るのが楽しくて、めっちゃのんびりしてたのに。
紗季子は俺の横にドスンと座った。
「最近ずっと駅前で待ってても瀬戸来なくて。リサーチしたら、あいつ反対側のジムに筋トレ行ってたのね……せめて下半身を強化しようってさ……そりゃ帰る道がいつもと違うわ……てか、春馬知ってた? ケガのこと」
紗季子は、肘にアゴを乗せてハァ……とため息をついた。
「俺は先日会ったときに軽く聞いた。おじさんの所行ってみたら?」
紗季子は膝にのせた頭をグリグリと振った。
「家まで行ったらストーカーみたい……」
通り道で待ってるのはストーカーじゃないのか?
瀬戸の家はスポーツ用品店をしている。小さい店だが地元の少年野球チームを見ている監督さんで、そのチームで紗季子も活躍してたから、おじさんとは仲良しだ。
店にきたら快く話してくれると思うけど……まあ小中と高校は違うよな。
「やっぱり無理しても北陵行けば良かった。野球できなくても情報は手に入ったのに」
「紗季子は紗季子のオンリーワン見つけるんだろ。野球見たくないって女子高行ったのに」
かなり体が大きかった紗季子は中学校一年生までは野球で無双してたんだけど、やっぱり中二、中三くらいで一気に追い抜かれて、野球をやめた。
今じゃ10センチ以上瀬戸が大きいけど、中一までは同じくらいの身長だったし、なんなら紗季子のほうが打率良かったはず。
「そう思ってユーチューバーなんて始めてみたけど……一番ウケたのは結局野球だし。何やってるんだろ……」
目の前では江崎がド派手に音ゲーして見知らぬ観客から拍手を貰っている。
最近の音ゲーはもう別の運動だな。かなりの反射神経が必要で、俺が一回やった感想は「腕が6本ないと無理」だった。
江崎も決して上手くないけど……アイツはやっぱり華があるんだな。
ミスっても笑いが取れるヤツは強い。
「江崎みたいに人前にガンガン出ていく才能もないし、ゲームの才能もないし、好きな人の状況もわかんない。何もないわ……」
正直紗季子は男にくらいついて行くガッツがあるんだけど、まあ心折れてる時に言っても無駄だ。それにコロッケ買いに来た時に一緒にいた女の子の事は知らないのかな。
……まあ地雷を踏みに行く必要もない。
元気だせやと軽く言って俺は田上のほうを向いて
「クレープ旨かった?」
と聞いた。田上は
「ん」とレシートを見せてきた。
そこには『レシートがあれば、二個目半額!』と書いてある。
マジで? と聞いたら田上はコクンと頷いたので俺は立ち上がった。
「いっとくか。ほら紗季子も。奢ってやるよ」
「じゃあチョコミルクスペシャルバナナダブルでホイップましましキウイインにする……」
盛りすぎじゃね?!
「良い……」
えー? 田上それ良いの?!
俺はシンプルなのでいいや……と二人の後ろをついて行った。
「ツイッターみて!」
紗季子からラインが入ったのはその数時間後だった。
「ハイパーウイングのキングウイングさんに大会誘われた!」
?!?!
それは間違いなく田上だ。
ていうか田上アカウント持ってたんだ。見たら新規のアカウントだったけど、どうやら一年前に消していたようだ。でも復活してハイパーウイングのメンバーがRTした結果、数時間でフォロワー二万越え。
「……すげぇ」
「鍛えてくれるって……大丈夫かな」
紗季子は不安げなスタンプを押してきた。俺は実はゲーセンで言いたかった言葉を書くことにした。
「中学校の時、瀬戸からホームラン打った唯一のヤツは誰?」
「私だ!」
なら大丈夫じゃね?
俺は大会のスケジュールをリマインダーに入れた。




