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大切だからこそ

「はあ……」

 美桜ちゃんは休憩室の椅子にトスンと力なく座った。

 大会の次の日は土曜日だったので、喫茶店のバイトに入っていた。美桜ちゃんも一緒なので楽しみにしてたんだけど……元気がない。

 昨日あんなに楽しそうだったのに?

「大丈夫?」

 俺は聞いてみた。

 美桜ちゃんは「あ、すいません……」と顔を上げて、すぐに視線を下してため息をついた。

「……友達にどうしても病気のこといえなくて……もう受け入れてるのに」

 弱くてイヤになっちゃいます。美桜ちゃんは苦笑した。

 ??? 俺は脳内をリサーチした。同じような言葉を少し前にも聞いた気がする。凛ねえと出かけた時だっけ? とにかく美桜ちゃんは必要以上に嫌われることを恐れてる気がする。俺は配慮がない言葉だったらごめんねと先に言ってから続けた。

「それ、ちょっと前も言ってなかった?」

 美桜ちゃんがキョトンとする。

 俺は七々夏秘蔵のマドレーヌを棚から出した。そしてティーバックだけど紅茶を準備する。え……前も……? 美桜ちゃんは戸惑ってうつ向いた。

「凛ねえと出かけた時も言ってた気がする。あれって圭子さんのことだよね」

「あ……そうですね」

 美桜ちゃんは俺が入れたまだ味が薄い紅茶をすすった。

「全部受け入れてくれる人ばかりじゃないとは思うけど、美桜ちゃんは入り口でバタバタ足踏みしてるイメージある」

 ほら、食べて。甘い物が足りないのかもよ? 俺はマドレーヌを渡した。

 美桜ちゃんはそれをピリ……と開いて小さく口を開いて一口かじり

「……入り口でバタバタ」

 とつぶやいた。

「せめて中に入ってバタバタするとか?」

 俺は茶化して笑った。でも美桜ちゃんは

「……そうですね……むしろ入り口より前で脱走してるかもしれません」

 少し冷静になれたみたいだ。

「やっぱり甘いものは最高だね」

 美桜ちゃんは「わかります」と頷いて、大きな口を開いてマドレーヌをパクリと食べた。



「あのチーム、去年まで普通に活動してたんだね」

 紗季子は俺の前でスマホをいじりながら言った。チラリと覗くと、ゲームのまとめサイトを見ていた。そこに先日対戦した美桜ちゃんが所属するチーム……ハイパーウイングが載っていた。大会の実績もあるチームで、全員男性。写真をみるとマスクと伊達メガネの田上がいた。他のメンバーもめっちゃ笑顔で四人の仲の良さが写真一枚で分かる。

「去年オフライン大会で突然の出場キャンセル、のちリーダーのウイングさんが活動停止を宣言。それから一年活動してなかったのに、どうして昨日突然、しかもエンジョイ大会に出てきたのか……理由は不明だって」

 去年ならきっと田上つばさが美桜ちゃんになったタイミングだろう。

 性転換病になったことを知らせてない【嫌われたくない大切な仲間】がまだ居たんだ。

「めっちゃ強かったよね!」

 紗季子はグイと俺の目の前に顔を置く。

 でかいでかい顔がデカい。紗季子の目の前にオレンジジュースを置いて遠近感で誤魔化すことにした。紗季子は「邪魔!」とキレてそれを退け俺が頼んだモンブランを勝手に食べながら

「もう一回戦いたいなあ……あ、でもチームメンバーレッキさんが【またやると思います】ってツイートしてる。あるかも!」

 とつぶやいた。俺は美桜ちゃんのことを思い出していた。

 もし性転換病になったことが原因なら……もう一回は難しそうだけどなあ……。俺はなんとなく思う。

 仲のいい友達に嫌われるのが怖いのは分かるけど、もっと一緒に居たいなら一歩進まないとどうにもならないこともあるけど、難しいのも分かる。現に……

「しかし遅くね……?」

 目の前の紗季子もそうだ。

もう帰ればいいのに、ずっと俺の前でスマホをいじっている。俺は店のほうが集中して作業できるので此処にいるけど、紗季子は部活帰りにここを通るであろう瀬戸を待っている。待ってない顔をするために俺の前にすわってウダウダ言ってるだけだ。もし瀬戸が通っても店の中から手を振る程度なのに。ほんと美桜ちゃんも紗季子も強いのか弱いのかよくわからない。



「玲子さん、今日バイト終わったらお食事付き合って貰えませんか」

 久しぶりに美桜ちゃんに誘われた。

俺はウキウキと化粧を直して、一緒に商店街に向かった。

 怪しげなバイトをやめてから美桜ちゃんは前とおなじようにメイド服で喫茶店に来ている。俺は美桜ちゃんのメイド服姿が好きなので、一緒に外を歩けるのは嬉しい。

「こっちですね」

 美桜ちゃんが長い髪の毛を耳にかけた。

 そして俺があまり知らない方向に歩いていく。商店街から少し離れた場所は来ないので全然分からない。

 美桜ちゃんはスマホのマップを見ながら裏通りを歩いていく。この辺くるのは本当に久しぶりだ。ていうか、こっち側はわりと風俗店とラブホが多いイメージなんだけど……?

「私も個室があるお店……で紹介して貰って知りました」

 マップアプリがあるので大丈夫だと思うんですけど……と続ける。

俺の心臓がドクンと踊る。個室?! 美桜ちゃんと二人で個室で食事?! こんな右も左もラブホみたいな地帯で?! なんで……? どうしようもなくドキドキして唇を噛んだ。話じゃなくてこうもっと違うことだったらどうしよう。よく考えたら好きですって言われてるんだし、女同士でそういうことは全然あり得る。でも俺男だし、実際そんな服を脱いだらもうそんな!!

「ここですね」

 美桜ちゃんはマンションの二階に外階段で上がっていく。一見なんの看板もない建物で飲食店には見えない。なにここ?! 中は照明が暗めで店員の顔もよく見えない。怪しい、なんか変なお香の匂いもする!! 

 そして何重にもあったカーテンの奥、通された部屋には、三人の男の人たちが待っていた。

「……????……」

 メイド服を着た俺が入ってきて、男三人も「???」と言った表情で見ている。

 俺は入り口で立ちすくむ。これは部屋を間違えた。

 部屋から出ようとすると、後ろから入ってきた美桜ちゃんが俺を静止させた。

 美桜ちゃんを見てアニメTシャツを着た男が立ち上がって叫んだ。

「?!?! つばさ……ちょ、そういう趣味になったの?!」

「つばさ? どっちが?」

 もう一人スーツ姿の男は眉間に皺を入れて俺と美桜ちゃんを見る。

「メイド服本物?! 可愛い、すごい、なにこれ!」

 子供にしか見えない子が俺のスカートを引っ張る。

 美桜ちゃんは真ん中の席にトスンと座って

「……黙っててごめん。性転換病になって、女になった。本大会の時には倒れてて連絡できなくてごめん。みんなであんなに練習したのに……ごめん……」

「……とりあえずさ、一年半ぶりに全員集合したんだ、乾杯しようぜ」

 社会人らしくスーツをきた男性はビールを持ち上げた。そして

「そっちのメイドさんは?」

 と俺に話を振ってくれた。美桜ちゃんは

「バイト先の先輩で、友達。一緒だから、ここに来られたの」

 と俺の腕の服を引っ張って横に座らせた。

「じゃあ一緒に乾杯しよ、つばさを連れてきてくれてありがとう」

 サラリーマンの人は俺はレッキと名乗り、ビールを持ち上げた。


 美桜ちゃんはオフライン大会当日の朝に倒れたこと、病気が判明した時のこと、説明して頭を下げた。レッキさんは

「ドタキャンはもちろんショックだったけど……一週間寝込んでたらたしかに連絡取れないね。今は大丈夫なの?」

 と枝豆を食べた。

「薬さえちゃんと飲んでれば大丈夫。まだ完全に女性の身体になってなくて……完全になったら薬もいらないんだけど」

 美桜ちゃんは説明をした。

 俺もそれは知らなかった……というか、気になっても聞けないことだった。

「現時点では、ふたなりってこと?」

 アニメTシャツを着たゆっきーが真顔で言う。それをレッキさんが殴る。

「ふたなりって何?」

 どうやら俺より年下らしい男の子……イチゴくんは不思議そうに聞いた。

 ふたなりって言うのはな、とゆっきーが説明を始めたのでレッキさんが頭にやきとりの串を刺した。まあうん、俺も友達相手なら同じことする。

「一年連絡無かったのに、突然一緒に大会出てくれ! とか言うからびっくりしたよ。まあ久しぶりに四人で大会でて楽しかったけど」

 レッキさんはビールのお代わりを頼んで笑う。

「たまたま暇だったから良かったけど……コミケの原稿なかったら家に居なかったよ」

 とゆっきーはメガネをあげた。

「僕毎日ひまー」

 イチゴくんはアイス食べていい? とビールと一緒に注文した。

 そしてイチゴくんは続けた。

「ハイパーで大会出てる時は練習あって楽しかった。つばさ、またやろうよ」

 と言った。

 三人の視線が美桜ちゃんに集まる。美桜ちゃんは胸元の服をぐっ……と掴んだ。

「正直、オフライン大会は、もう無理かもしれない。男と女と自分でも境界線があいまいで、今はわりと女の服装してるほうが、気持ちが楽なんだ」

「そりゃ性転換して女になってるんだから、普通じゃん?」

 レッキさんはきたビールを受け取って、イチゴくんにアイスを渡した。

 イチゴくんはアイスを受け取って

「でもさあ、メガネとマスクしてたから、男の子とか、女の子とか、わからなくない?」

 とスプーンですくって舐めながら言った。

「俺は! 正直! 男が女になるという超常現象に興奮している!! それが二次元なら尚良い、読むか俺のおススメおっさん転生エルフ、そうだよなつばさなんて元々顔がキレイだったから興奮しないな、やはりおっさんじゃないと……」

 アニメTシャツのゆっきーはぶつぶつ言う。

「メンバーに危険人物も居るしオフライン大会は出なくていいよ。オンラインだけいいから、たまに出ようよ。事情分かった」

 レッキさんは再び串でゆっきーの頭を連続で刺しながら言った。

 イチゴくんは刺身の氷をゆっきーの背中に入れている。

 なるほど、良いメンバーだ。俺も一緒にマグロの頭を投げつけたくなるのを我慢しながら思った。

「……みんな、ありがとう」

 美桜ちゃんは嬉しそうに微笑んだ。

「てか、つばさめっちゃ強かった!」

 イチゴくんは叫んだ。

「そうだよ、前より視界広いくらいじゃなかった? 戦いやすかったよ」

 レッキさんが言う。

「練習してたん? てかゲームに男とか女とか関係あるの?」

 突然真顔でいうゆっきーに二人が「お前が言うな!」とツッコミを入れる。

「関係ないからさ、また大会でよ」

 レッキさんは大会出場者募集のスマホの画面を見せた。

 美桜ちゃんは「ん」と言ってうつ向いた。

 ほらね、入り口でバタバタしてないで、入ってみてよかったね。

 俺は美桜ちゃんの顔をみた。美桜ちゃんも俺の方を見て、にっこりとほほ笑んだ。


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