意外な素顔
「この人は?」
「みみたそ? この人は理系の大学行ってるんだよ。野球企画の時は野球分析用のソフトで解説してた」
「あんなお遊び野球で分析ソフト使ってたの?!」
「大学で開発してるみたい。特色だよ、最近はユーチューバーも個性の時代。何か強みが無いと即死よ」
江崎は俺はこれだけど……と、ギターを鳴らした。
日差しがきつくなってきた昼休み、俺はそれを聞きながらデザインを仕上げていく。
紗季子に聞いてラフはOK取ったので、あとはイラレを使って実際のデザインを作り上げていく。
「なにこれ、普通の線じゃないの」
江崎が俺の画面をのぞき込んで言う。
「パスっていう解像度フリーのやつ。クセがあるけど慣れると楽しい」
昔はこういう作業は家のPCでしか出来なかったけど、今はタブレットで普通に出来て楽になったよなあ。やっぱり手書きが一番好きだけど。
窓を背にしている田上も、俺の手元をじ~~っと見ている。
喫茶店にも「こんなケーキを作りたいんです」ってスケッチブックに書いて来ていると聞いた。よく考えたらうちのメニューはシンプルすぎるから、ケーキの絵とか食事の絵とか書いてあったら可愛いかもしれない。
田上、絵のセンスは悪くないから手書きでも良いと思うけど。
俺が手を止めて田上のほうをチラリと見ると、タブレットの画面を見たまま
「絵というより、点を結んでるのか」
と聞いてきた。まさにその通りで、俺は
「ベジェ曲線っていうんだ、印刷とかにも使える」
と答えた。ふーん……と田上は俺の机に肘をついて見ている。
田上は学校では黒縁メガネをしてるんだけど、メガネに当たるくらいまつ毛がめっちゃ長くて、素の髪の毛もサラサラなんだよなあ。美桜ちゃんの時は黒髪のウィッグ付けてるけど、それを付けてない時は陽にあたると少し茶色だ。
いつも女装してる美桜ちゃんしか見てないけど、素の顔もキレイなんだよ、田上は。
俺がこっそり見とれてると「ん」と画面をトントンされた。もっと書けと。
分かったよ。俺は曲線を引き始めた。「ん」って猫か何かかよ……めっちゃ可愛い。
最近俺は、田上が男装してる美桜ちゃんにしか見えなくて、この【もう嫌われてはない】距離感が好きで仕方ない。
俺は正直【美桜ちゃんが中に入ってる? 田上】がかなり好きなんだけど……田上は学校では男なわけで、このままじゃ俺はホモだ。でも学校にいる限り、好きなそぶりも出来ない。
いや別に同性を好きなひとを否定はしないけど、俺は美桜ちゃんを先に好きになったから。
幸い玲子の時は美桜ちゃんはほほ笑んでくれるから……と思うが、そういえば昨日の態度が気になる。
「お、紗季子動画上げてるじゃん」
江崎が席で言う。ユーチューバー世にいう昼上げってやつだ。どれ……と思って視線を上げたら田上と目がガッツリ合った。そしてもう一回「ん」とタブレットの画面を叩かれる。
そんなの見てないで書けってこと? くお……可愛い。
てかこれってラノベで言う所の「俺の好きな子は女の子が好きだから俺なんて見向きもするはずないよね?」みたいなタイトルで出せるんだけど、ここは丁度いいから誤解を解こう。
「紗季子って、小学校の時から変わらないんだよ」
俺は江崎に話しかける感じで田上に説明をする。高等技術だぞ、考えながら話せ俺。
「へー、昔からこんな感じなんだ」
江崎が普通に返答してくる。いいぞ、そのまま俺に続け!!
「小学生の時からの幼馴染でな、付き合い長いから女に見えないっていうか、あれは女のジャンルじゃなくて、野球バカだし、なんなら高校野球で有名な北陵行ってるヤツと良い感じなんだよ、付き合っちゃえばいいのにな!!」
どうだこの説明で。チラリと田上を見ると「ん!!!」と画面を少し怒った表情で叩かれた。幼馴染の野球バカ&恋愛は無いって言ってるじゃん、なんで?!
あ、絵を書いてる所がちゃんと見たいだけ?
……やっぱり嫉妬じゃなくね? 説明必要だった?
急に恥ずかしくなってきた。
俺はペンでなぞって絵を仕上げていく。
田上が俺のペン先を集中して見てるのが分かる。
横で小さな音で流れる江崎のアコギ。新曲を考えてるのか、音をさぐるように上に下に移動しながら音を探す。ほんと残念な人間性だけど、声だけはいい。
そうだよな、動画なんていつでも見られるけど、田上に見つめられて絵を書く時間のが幸せだ。
線を引いていると、机の上に江崎がスマホを置いた。
俺も田上もそれを見る。
「なあ、今ラインきたんだけど、春馬ってこのゲームしてたよな」
あ、これ美桜ちゃんがハマってるゲーム……てかこの前美桜ちゃんからフレンドコード貰ったんだ。俺のはまだ渡してないや。てかゲーム機全く立ち上げてない。
チラリ……と田上を見ると画面をガン見している。大会とか出そうにないけど、配信とか見るのかな。
「今日エンジョイの大会があって紗季子が一緒に出ないかって。どう?」
「俺めっちゃ下手だよ」
「道つくるくらい出来るだろ」
「まあねえ……」
結局誘われるまま、ゲームの大会? といってもネット上に時間で集まって一緒に遊ぶことになった。
ゲームにログインしてフレンドの江崎の所から入ると、紗季子っぽいアカウントがもう居た。二人ともユーチューバーだからゲームの配信のために頻繁にエンジョイ大会に出てるみたいだけど……俺本当に下手くそなんだけど大丈夫かな。
江崎もわりとやりこんでるみたいで、一緒に出るもう一人のプレイヤーも強いらしいから、俺は道を作ればいいか。
このゲームは玉を投げて道を作るプレイヤーがマップを広げて、その戦場で己が選んだ武器を持って戦うゲームだ。強い人が道を広げるか、一番弱いひとが道を広げるか、それはチーム戦略だけど、 今回俺はどう考えても一番下手なので、道を延々作るひとを引き受けた。姿を隠すアイテムを身に着けてれば、ほぼ死なない。まあ戦力にもならないけど。
音声通話アプリなんて入れてなかったけど、江崎に言われてさっき入れた。
まあ位置くらい把握しないとダメだよなあ。
エンジョイ大会らしく、初戦と二回戦は簡単に勝った。俺わりと役にたててない?
「次の相手は、昔強かったチームなんだよね。勝つよー!」
紗季子が配信用に声を出す。
戦い準備の部屋に入ると……ん? この名前……見覚えが……キングウイング……王の翼……? つばさ? まさか。
俺は美桜ちゃんから貰ったフレンドコードと、ネットにアップされている参加者のコードを確認してみると……やっぱり美桜ちゃんだ! えええ……このタイミングで一緒にゲームすることに? ていうか敵? さっき紗季子が「昔強かったチーム」って言って無かった?!
焦る俺に関係なく試合が始まった。
俺が道を作らないとワールドがはじまらないので、先行してどんどん道を広げる。俺の武器はただただ塗れる武器だ。全く射程がないけど、とにかく塗れてワールドを広げるのに適している。戦略によって広げる場所を変えていけるのがこのゲームの面白い所で、来てほしくない場所は先に塗ると、数秒間キープできる。
俺が狙われても味方の援護もあって、かなり塗り進めて……と思ったら、頭上から思いっきり撃ち抜かれた。
ええ?! この場所でどこから?! と思ったら一番重く大きい武器を持った美桜ちゃんが高台から飛び降りてきた。
えええええ!! その武器使ってるの?! 扱いがめっちゃ難しくない?!
美桜ちゃんは遠くから近くから、バッチャンバッチャンと広い視界を元にワールドをキープしていく。
美桜ちゃんが使ってる武器は、ワールドのキープも出来て、敵を倒すことも出来る強い武器だ。ただ扱いが難しくて使いこなしてる人は少ないって聞いたけど?!
「うっわ、ちょっとマジで?!」
「無理――!!」
「これどうやって止めるの?」
紗季子も江崎も上手な人も、みんな美桜ちゃんに狩り取られて試合はあっという間に終わってしまった。
俺たち四人とも茫然自失。
美桜ちゃん、めっちゃ強い……、まじかよ!!
結局美桜ちゃんのチームが優勝して大会は終わった。
ネットで主催者がする簡単なインタビューがあって、美桜ちゃんは
「久しぶりに皆に声かけてみたんですけど、勝てて良かったです」
と余裕のコメントだった。
ガチ勢だとは聞いてたけど、ここまで?! ……すごーい……。
あの美桜ちゃんが、ゲームでは最恐武器を振り回して優勝してるなんて……俺は考えたらめっちゃ楽しくなってしまって大笑いした。




