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奇跡の先に

「ごめんね、うちのお店は今以上に時給を上げてあげられないけど……」

「ご迷惑をおかけました」


 結局あのお店は美桜ちゃんが持ち込んだ紙が証拠になったのか即日消えた。お店のオーナーは貸した覚えもないらしく、驚いていた。美桜ちゃんは警察に未成年だということで怒られたが、それより最近はガールズバーを入り口にした風俗斡旋が多いらしく「高校生はランスさんでちゃんと頑張りなさい!」と言われたらしい。まあ商店街は交番さんも知り合いだからなあ。

「少しならお金貸してあげられるけど、どういう事情なの?」

 凛ねえが聞いても美桜ちゃんはすいませんでした……と繰り返すだけ。

 そりゃそうだ、複雑な家庭事情を話すことになるし、迷惑かけたバイト先の上司にこれ以上迷惑かけられない。

「もうしません、今まで以上に頑張ります、よろしくお願いします」

 美桜ちゃんは体を90度に曲げて頭を下げた。

 凛ねえはため息をついてスマホをいじりながら事務室に消えた。

 うーん、バイトが終わったら美登利ちゃんにラインして聞こう……。


 カラン……と入店のベルが鳴った。

「すいません、今日はそろそろ閉店で……」

 俺は机を拭きながら顔を上げた。

「失礼します!」

「?!」

 そこには美登利ちゃんが立っていた。後ろにいるのは、美登利ちゃんのお母さん?!

「あら、いらっしゃいませ」

 凛ねえは普通に対応した。え?! さっきそろそろ閉店しようって言ってたじゃん?!

「……圭子さん……」

 美桜ちゃんは明らかに動揺して一歩後ろに下がった。

「やだ……やだやだやだ……そんな服装……知ってたけど……やだ……ごめんなさい……」

 美登利ちゃんのお母さん、圭子さんは入り口で何度も首をふった。

「お店の方々に迷惑かけたと聞きました。ちょっとお話してもいいですか」

 美登利ちゃんは凛ねえをまっすぐに見て言った。

「こちらの席にどうぞ。コーヒーでよろしいですか」

 凛ねえは二人を奥の席に座らせた。そしてトコトコ歩いてドアから外に出て開店中を閉店に切り替えて戻ってきた。めっちゃ冷静……てか美登利ちゃんに連絡したの凛ねえだろ?! 俺が睨むと

「圭子さんにコーヒー、美登利ちゃんにオレンジジュース、美桜ちゃんにダージリン」

 とほほ笑んだ。わが姉ながらまじで怖い。

 凛ねえはあの一件以来、美桜ちゃんを自分の妹か娘みたいに可愛がっている。

 環境が似てるのはわかるけどさ、怖い。

 美桜ちゃんは顔を真っ青にして俺の横に立ち尽くしている。

 もうこうなったら逃げられないだろ。

 手を伸ばして背中に優しく触れた。すると美桜ちゃんはハッ……と顔をあげて振り向いた。

 俺は苦笑した。横に立っていた凛ねえは

「制服私がデザインしたのよ? 超似合ってる。自信もって!」

 と言った。美桜ちゃんは力が抜けたように微笑み、席に向かって歩き始めた。


「引っ越し資金?」

 ふんぞり返って足を組みながら美登利ちゃんは言った。

 どうやら美桜ちゃんが働いて渡していたお金は、圭子さんと塁くんにもっと安全な場所に引っ越してほしいからだという。

「6畳ワンルームで、塁が泣くと隣の人が壁をドンドンしてくるんだ。でもそれって……正直こっちも悪いと思う。やっぱり子供がいるのに適した環境は、あるよ」

 美桜ちゃんは……完全に田上の話し方になってるけど、まあスルーするよ、俺は。

「おじさんが多すぎるほど養育費払ってると思うけど、どうしてそんな安い所に住んでるのよ」

 美登利ちゃんは呆れながら言う。

「節約したくて。塁は私がひとりで育てていくんだから」

 圭子さんは言う。

「だから俺もお金を渡してるじゃないか」

 美桜ちゃんが叫ぶ。おーい……キャラ設定がまじってるぞ……というかたぶん、さっきの圭子さんの反応を見る限り、目の前で完全女装してるのは初めてなのかもしれない。

 というか、普通の女の人でもメイド服は着ないよな。

 圭子さんは目を伏せて

「……私といると、何も良いこと無いわね。冤罪擦り付けられて、そんな、本当に女の子になっちゃって……」

 と嘆いた。美桜ちゃんはメイド服のスカートを直し、背筋を伸ばした。

「あのね、性転換病になる確率って0.001%なの。それは」スマホを取り出して何やらデータを表示させた。「お父さんの精子の運動率で妊娠する確率と同じなの」

 見て。と美桜ちゃんはスマホをグイと圭子さんに見せた。

 圭子さんは「そう、なんだ……」と力なく言う。美桜ちゃんは続ける。

「でも俺は女になったし、圭子さんは妊娠した。圭子さんが俺の病気を信じられないように、父さんが自然妊娠を信じられないのも分かるだろ」

 誰も悪くないんだよ。

 美桜ちゃんは語りかけた。

 美登利ちゃんも美桜ちゃんが見せたスマホの画面をのぞき込んでいる。

「0.001%で女になった俺だから分かるよ、0.001%の運動率で妊娠するなんて、奇跡でしょ。でも奇跡って悪くない。塁かわいいじゃん、それに俺……私も、女の子、わりと気楽」

 受け入れてくれる人たちもいるし。

 そう言って俺と凛ねえのほうをチラリと見た。

 凛ねえはスッ……と前に動き出した。そしてスマホの画面を見せた。

「圭子さん、お仕事はどちらでされてるんですか?」



「ものすごい量だ!!」

俺は叫んだ。雑草雑草雑草、ゴミ! これはなんだ自転車の車輪?!

「5年くらい誰も住んでなかったからねー」

 コロッケおばちゃんは手伝わずに縁側に腰かけて言う。手伝ってくださいよ! てか元々コロッケ屋でバイトしてる瀬戸せとはこないんですか? と聞いたら

「アイツは予選終わるまで来ないの。だから春馬くん、予選終わるまでコロッケ屋手伝って!」

 と拝まれる。えー……でも今回世話になってしまったから、正直断りにくい。

 俺はブチリと雑草を抜いて投げた。

 結局。

圭子さんと克己さんの離婚の理由は、克己さん……美桜ちゃんの父親の精子が弱いことに関係していたらしい。

 美桜ちゃんを妊娠するとき、克己さん、それは苦労したようだ。

 めっちゃお金をかけて精子を取り出して? 妊娠したらしい。

 だから一回の性交で妊娠した圭子さんを信じられなかった。

 美桜ちゃん……田上との浮気を疑われ、圭子さんは離婚したようだ。

「どっちも0.001%、か」

 そんな奇跡が重なることが、あるんだな。

 その0.001%の先に、俺は美桜ちゃんと出会った。そして田上とは同級生だ。

 この奇跡はどれくらいの確率なんだろう。きっと同じ0.001%くらいだ。

「美桜ちゃん、手伝いにきたの?」

「おばさん、今回はありがとうございました」

 雑草を両手に振り向くと、そこには美桜ちゃんがジーパン姿で立っていた。

 俺は軽く会釈をする。美桜ちゃんは目じりをさげてほほ笑み、俺に頭を下げた。

「まずどこを手伝えばいいですか!」

 美桜ちゃんの弾んだ声。

「障子の張替えしようか」

 コロッケおばちゃんはボロボロの障子を外した。

 この家はコロッケおばさんが持っている家だ。

 まあ駅から徒歩20分、しかも下り坂の一番下、横は大きめの川で土が柔らかいのでモグラが出る……という東京とは思えないスペシャルな平屋で、人に貸せるほど直せないし、かといって潰すのももったいなくて、そのままになっていたらしい。

 それを手入れしてくれるなら、と圭子さんに貸し出すことになった。

 家賃は今の六畳間と同じ金額。でも平屋で庭付き、子供がいる人には良い環境だと思う。

 ただ本当にボロいし、雑草やばい!!

 俺は人間ブルドーザーになった気分で雑草を引き抜く。モコモコした穴がある……本当にモグラが住んでるんだ。ひえ……。

「あー、ノリが!」

「すいません!!」

 美桜ちゃんが障子用のノリを塗りすぎて床をベタベタにしていた。すいません! と言いながら障子をどかすと俺の頭に角が当たった。痛い!

「ああーー! すいません!!」

 大丈夫。俺はそれを縁側に置いて、ハケを受け取ってスーーッと塗った。

「引っ張ってはるから、ふちを多めに塗ると良いよ」

「はい!」

 言ってるそばから美桜ちゃんはドベチャーと多すぎる量を塗っている。

 俺とコロッケおばちゃんは目を合わせて、意見は一致した。

「美桜ちゃんは、雑草ぬこ」

「すいません!!」

 

 結局美桜ちゃんはタンスを運ぼうとして指を痛め、段ボールを持とうとして転び、畳を運び出そうとして足を挟んでいた。

「すいません……私ほんと……来たのは良いけど役に立ちませんでしたね……」

「このおにぎり……エビが入ってるの? おいしい」

 俺は美桜ちゃんが持ってきてくれたおにぎりを一口食べて言った。

 めっちゃ働いたのでお腹がペコペコだったんだけど、美桜ちゃんがお弁当を作ってくれていた。ちなみにこの平屋は近くにコンビニもない。本当に東京だろうか……。

 俺はエビマヨが大好きなんだけど、コンビニのやつはスカスカで悲しい。

「ちゃんと海苔も甘い」

「……実は完全再現なんです」

「すごーい!」

 俺は気が付いたら八割一人で食べていた。

「あ。ごめ、やば」

 振り向くと美桜ちゃんが笑顔でクッキーを持っていた。

「デザートもどうですか?」

「え、天才じゃない?」

 俺は素で言ってしまった。

 美桜ちゃんは顔をくしゃくしゃにして目から涙を浮かべた。

「えええ?! どうした?!」

 美桜ちゃんは目元をぬぐって

「わりと、できること、ありますね」

 と涙で濡れた指をこすった。俺は何をどう言っていいのかわからず

「と……りあえず、クッキーお代わりしてよい?」

 と聞いた。美桜ちゃんは

「どうぞ!」

 と俺に差し出したら、横からコロッケおばちゃんが3つほど盗み食いした。そして「そろそろ働かないと夜になるわよ~」と言いながら去っていった。

 俺と美桜ちゃんは笑いながら同時に口にクッキーを放り込んで立ち上がった。


「こんにちは!」

「あら美桜ちゃんいらっしゃい」

「コロッケ10個ください!」

 美桜ちゃんという声に俺は裏のキッチンから顔を出した。あれから俺は本当にコロッケ屋を手伝わされる回数が増えた。でも……

「小野寺さん、こんにちは」

「どうも」

 圭子さんは俺におじぎをした。横には美桜ちゃんと美登利ちゃんがいる。

 圭子さんの胸元には小さな赤ちゃん、塁くんだ。

 たまに四人でコロッケを買いに来てくれるようになった。

 俺は0.001%の奇跡に俺は心底感謝する。


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