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コロッケと逃走

「おつかれさまでした」

「買い物あるから駅まで送るよ」

「大丈夫です。では失礼します」


 最近バイトを終えた美桜ちゃんは、俺と出かけない。

 すぐに着替えて私服で帰っていく。

 バイト終わりに紅茶飲んだり、コロッケ買ったり、美味しいプリンのお店もオープンしたから行こうかなって思ってたのに……正直に言うと淋しい。

「フラれちゃいましたか、玲子さん」

 今日は土曜日で客が多いので、手伝いにきていた七々夏が給湯室から顔を半分出して言う。

「彼氏いたこと無い七々夏さんに言われるのはちょっと~」

 俺が返すと、はっ?! 彼氏とかいう観念が古いわ、そんなのに頼ってても幸せになれると限らないでしょ~? は~ん? と目を開き呪いのビデオみたいな表情で負け惜しみを言ってくるのでスルーした。

「春馬、やっぱり美桜ちゃんだわ」

 鳴った電話を受け取った凛ねえが俺に声をかけてきた。

 やっぱり? 俺はイヤな予感を感じつつ、椅子に座った。


 凛ねえがスマホの画面を俺に見せた。

 そこにはピンクと赤と黄色がガチャガチャ踊るサイトがうつっていた。

 目がちかちかする……。

「ここ、西側にあるガールズバーなんだけど、美桜ちゃんがバイトしてるみたいなの」

「?!」

 俺は目を細めて適当に見ていたスマホ画面をガン見した。

 ガールズバー?! ……って何?

 見ると『お客さんの隣に座ることはありません・お酒の作り方が勉強できます・お話が出来る方ならそれでOK!』みたいな事が書いてある。

「キャバクラ……?」

 俺が想像できるのはそこまでだ。

「女の子がお酒を作る場所よ。触られたりとかしないみたいだけど」

 へえ……そんな場所があるんだ。そのまま画面をスクロールして気が付いたんだけど『高校生不可』

「ダメじゃん!」

 俺は凛ねえを見て言った。

「お店側は高校生って分かってるのに使ってるわ、たぶん。それにこの店変な噂があって」

 商店街仲間のコロッケ屋のおばちゃん曰く、店の目の前に裏口があるんだけど、何人も女の子がそこから連れ出されて、黒い車に乗せられているらしい。

 怪しいのよ~~、凛さんの所のバイトちゃん、大丈夫? と電話がかかってきたらしい。

「ダメじゃん」

 俺は椅子から立ち上がった。

「コロッケおばちゃん、閉店してるけどジャガイモ煮るのを手伝ってくれるのは大歓迎だってよ?」

 凛ねえはそう言ってほほ笑んだ。

 天才!!


「おじゃまします……」

 俺はコロッケ屋の裏口から入った。

「あら春馬くんで来たのね」

 コロッケおばちゃんが俺の方を見て手を振る。

 俺は頭をさげてお礼を言いながら

「玲子がここ居るのはちょっと変なので……俺がここでバイトしてることにして貰ってよいですか?」

 さっき考えたことを言う。おばちゃんは

「本当にいつ手伝ってくれても大歓迎よ、力仕事多くて大変なの」

 とジャガイモが山ほど入った段ボールを俺に手渡してくれた。重っ!!!

 まず洗って~きれいにね~と言われて、俺は箱の中をみた。すごい量だ……。

 ここのコロッケは本当に美味しくて無限に食べられるんだけど、いったい何個のジャガイモを煮るんだろう。とりあえず作業しながら出口を見張れるだけで安心だ。俺は泥だらけのジャガイモを洗い出した。

 目の前のビルにはたくさんの人たちが入って行く。正直どいつもこいつも怪しく見える……。俺は目を細めながら睨んで見た。

「あのビルってほら、ず~~~っと奥まで繋がってるでしょ、それで、あっちのビルの出口に出てこれちゃうのよね」

 おばちゃんはひき肉を炒めながら言った。

「前は道路側も出られましたよね」

「そうそう! さすが春馬くん、地元っ子ね」

 おばちゃんはザバーと塩コショウをひき肉に入れた。そんなにー?! と思ってフライパンを見たら今まで見たことがない量のお肉がそこに入ってた……というか、フライパンがフライパンのサイズじゃなくて、小さな子供なら入れそうだ。

「あのジャガイモって……」

「あと5箱あるから、あの店の閉店時間まで余裕ね!」

 とおばちゃんはほほ笑んだ。飲食店はどこも大変だ……。

 

 しかし地味な作業は全然嫌いじゃなくて、商店街あるある話を色々聞きながら作業するのは俺は嫌いじゃない。

「あのガールズバーが入ってる場所は、おじさんがやってる小さなバーなのよ。ビルの持ち主も知り合いだから聞いてみたんだけど、オーナー変わってないとかいうし。勝手に貸してるのかしら、ヤバいわー」

 あの子なんだっけ、あなたのお店のかわいい子!

「美桜ちゃんです」

 俺はジャガイモを洗いながら答えた。

「駅前によくキャッチがいるじゃない? あれに捕まっちゃったのかしら、あのビルに連れていかれるのを私、見てね、すぐに凛ちゃんに電話したわよ、小清水先生が出たけど」

「あはー、聞きたくないっスね」

 俺は即首をふった。

 コロッケおばちゃんも当然凛ねえたちの事はよく知っている。

 というか、たぶん俺よりみんな詳しいだろう。

 小清水先生も大きな道路を挟んだ向こう側が地元だし。

「よくお惣菜も買いにくるわよ」

「あーー、聞きたくないっスね」

「シスコン~~」

 俺はコロッケおばちゃんを睨んだ。同じような思いをしたらそう思うって!


「あ、ほら、あんな風に」

 コロッケおばちゃんが俺のほうに声をかけた。

 建物に繋がっている裏口に女の子が連れてこられている。女の子の服装はいかにも『キャバクラ嬢』といった派手なものではなく、うちのカフェでケーキの写真を撮っているような普通の子だ。ちょっと胸元の露出が大きいTシャツが若さを語る。でも普通にGパン姿だ。表情は不思議そうに、納得がいかないような、それでいて何も分かっていないような。

 連れて行ってるのは若い男の人でスーツ姿。ここで待ってて、と言って目の前の道に止めていた車を動かして女の子を乗せて新宿方面に消えていった。

「ね、変でしょ」

 面接や体験入店なら店ですればいい。連れ出して何処へ……?

 心当たりは? とコロッケおばさんに聞いた。すると

「もっといい時給があるとかいって、連れ出したりするって聞いたわよ。系列店があるとか言って。でもそこは風俗らしいけど」

 背筋がぞくりとした。

 絶対に止めないと……。

 もう一度さっきの男の服装を思い出す。スーツ姿で足元は? 車を回してくるタイミングでこの店から飛び出して……店の出口まで何秒かかるんだろう。

 何より『美桜ちゃんは俺を知らないし、俺は美桜ちゃんを知らないんだから、それを気を付けないと』つまり名前を呼ばないようにしないといけない。実は俺、春馬の状態で美桜ちゃんに会うのは初めてだと思う。それなのに飛び出していって大丈夫なのかな、やっぱり玲子の状態のほうが良かったんじゃ……


「春馬くん!」


 コロッケおばちゃんが叫んだ。

 裏口に男に連れられた美桜ちゃんが立っていた。

「!!」

俺は裏口から全力で飛び出した。時間は夜の21時を過ぎていて人が多い。人の隙間を抜けて一気に加速する。男が美桜ちゃんから離れて車に向かう。

 まじで数秒しかない……!!

「ね……」

 美桜ちゃんに話しかけようとした瞬間、美桜ちゃんが俺のほうに向かって走ってきて、ぶつかりそうになった。

「?!」

「お……!!!」

 小野寺といいかけて美桜ちゃんは口を閉じた。

 突然目の前に学校で後ろの席の男が現れれば、そりゃ名前も叫びたくなるよな。

 でもこの周辺は前に田上と布を買いに来た時にも歩いてるから、俺が居ても変じゃない。

 美桜ちゃんは一瞬で真顔になって

「あのすいません、この辺、詳しいですか」

 と言った。

「うん、地元」

 俺はうなずいた。

「じゃあ逃げ道教えてください!」

 美桜ちゃんは俺の手を握って走り出した……けど、めっちゃ遅い!

 そういえば体育祭のタイム測定も恐ろしく遅かったし、転んでた。

「あ、まて!」

 美桜ちゃんが走り出したことに気が付いた男の人が俺たちを追い始めた。

 俺は美桜ちゃんの横に並んで

「なんで逃げるの? というか追われてるの?」

 と聞いた。美桜ちゃんは走りながら手に持っていた紙を俺に見せた。

「バイトの面接に来たんですけど条件がおかしくて。これって違法なんだと思います。それを秘密にしたいのかと」

 美桜ちゃんは玲子といる時より、学校に居る時より、はるかに高い声で可愛らしく俺に言った。ちゃんと女の子に見せてる美桜ちゃんが可愛くて叫びたくなるが、もちろんそれはダメで。

 ていうか、美桜ちゃん本当に足が遅い!

「リュックと紙!」

 俺は受け取って紙をリュックにねじ込んで背負った。

「こっち!」

 美桜ちゃんの手を引いて雑貨屋に入った。え?! と美桜ちゃんは叫んだがお構いなし。実はこの店奥に通路がある。男たちが追ってきてるのを確認して、そのまま店内を突き進み、奥の道へ出る。そこからすぐに180度回転して隣の店に入ってビール瓶が並ぶ奥を通り抜けると非常階段に出た。それを駆け下りてそのまま地下に向かう。

「すごい、すごいですね! ダンジョンじゃないですか!」

 美桜ちゃんはもう笑っている。

 ここは子どもの頃からよく遊んだ俺の庭だ。

 だから抜け道も隠れ場所も、完璧に頭に入ってる。

 数秒地下に隠れてみたが、俺たちを探している声は全く聞こえなくなった。

 地下を半周して、駐車場に入る。そこから外階段をのぼって外に出ると、近くを通っている地下鉄の駅の裏側だ。

「もうここまでくれば大丈夫」

 俺はカバンを美桜ちゃんに返した。

「……ありがとう、ございます」

「ちゃんとその紙、警察に持って行ってね」

 俺は地下鉄の入り口で手を振った。

 美桜ちゃんは何度も何度も振り返って手をふりながら、地下に降りて行った。


 ……セーフ。


 俺は自販機横のベンチに座り込んだ。

 しかし、うちでバイトして、時給目当てにさらにバイトが必要なほどお金が必要な理由は何なんだ。お母さんにいくら渡したいんだよ。

 ため息をついて額の汗を拭いたら、手がガサガサで驚いた。そういえばジャガイモの皮をむいてる最中だった。俺は手をズボンで拭きながら店に戻ることにした。

 とにかく美桜ちゃんが無事で良かった……。

 


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