本当の姿
「天才春馬にかんぱーい!」
「か…かんぱい…」
俺はため息をつきながらオレンジジュースが入ったコップを持ち上げた。
それに合わせてクラスの皆が「かんぱーい!」と叫ぶ。
「よ、功労者! マジで神ヘッドだったわ」
お祝いに親友の俺が歌います! と勝手に演舞曲だった星野源の恋を入れて恋ダンス始めた。
江崎のテンションにクラスメイトの9割がダンス始めてカオスになったパーティールームで俺はため息をついた。
体育祭、クラス対抗最後のサッカー対決で、俺はゴールを決めた。
が、俺の意志ではない。
サッカー部の緒方が蹴った見事なボールが俺の脳天にヒット、偶然サッカー部正キーパー豪田先輩の上を飛び越えてポインポインとゴールネットを揺らした。
豪田先輩のスーパーセーブでそれまで失点ゼロだった3-1組にシューターはおらず、総合力でうちのクラスが優勝した。
豪田先輩は号泣して最後には俺をサッカー部に勧誘してくるし、クラスでは神と崇められて中心で写真撮らされるし、もうなにが何だか分からない。
俺はクラス旗を徹夜で作っていたので、眠くてぼんやり立っていただけなんだけど。
ゴール決まった瞬間に田上を探したが、学校で笑うことなんてない田上が目に涙うかべて笑ってたから、もうそれで良いとする。
でも夜の打ち上げには来てないみたいだ。
まあ田上は打ち上げに来るタイプじゃないよな。
「最後にこれも一緒に写真撮ろうぜ!」
と団長が袋からクラス旗を出してきてくれて床に広げた。わざわざ持ってきてくれたのか! 旗の周辺に皆があつまって撮影会が始まった。
「リボンの部分がめっちゃカッコ良かった!」
「ここが光って目立ってた」
と皆から褒められて、正直それが一番嬉しい。
「こんな写真いつ撮ったんだよ……」
俺はSNSに上げられたパーティールームでXジャンプしてる江崎の写真にイイネした。
江崎は学校の打ち上げとかもUPするけど、他の人の顔は絶対入れない。「ネットに顔さらした俺は一生ネットで生きてるから」と覚悟してるらしい。そういう所は評価できるんだけどなあ……。
「こちらの卵プリンでよろしいですか」
「はい」
「あ、そっちじゃなくて、メロン乗せスペシャルプリンにしてください~」
「うわ七々夏。てかそれ高いんだけど」
「手伝ってあげたっしょー」
駅前のケーキ屋で七々夏にお礼をチョイスしてた所を見つかった。それ一番高いやつじゃん。
今回のクラス旗の縫い付けは結局全く間に合わず、家に持ち帰った結果、七々夏に手伝ってもらったからだ。舞台の衣装やメイクを手掛ける七々夏は縫う速度が段違いに早かった。何も考えずにキレイ~とサテンのリボンをチョイスしたらミシンで縫えないんだな。
「メロン美味しそう」
「800円ってもうケーキ二つ分の金額じゃん」
そんな毎日プリンとかケーキ食べててよく太らないな……と思うけど、七々夏は朝は劇団の仕事、日中は百貨店で販売員、夜はメイクの仕事と駆け回ってるので、かなり体力を使ってるんだろう。
「今回は本当にお世話に……」
「しっ」
ケーキを受け取ってぼんやりと歩き始めた俺の背中を七々夏がグイと引っ張って柱の陰に押し込む。
なに?! と七々夏が見る方を見ると
「田上……」
と、女の人。暗くてよく分からないけど、田上が女の人といる。
制服じゃないけど年齢はよく分からない。でも長い髪だけが『女の人といる』ことだけを示すって、まあ俺も女装するけどそうじゃなくて……。
七々夏が俺の肩の上にアゴを置いて女の人をじ~~っと見た。そして
「ふむ。年齢は20後半から32。靴は運動靴ではなく低いヒールだから日中それなりに動くお仕事してるか、動く作業してる人ね。あとリュックサックを持ってるから行動派ね。服……あれは上はGUね、下はグローバルワークス……去年モデルのパンツ。メイクもアイメイクに頼ったシンプル系だから、結論、オススメするなら水で落ちない日焼け止め1800円」
ええええ?! 七々夏こんな暗いのによくわかるな。そして分析力が半端ない。てかオススメ商品まで?!
私はお店に来た人を瞬時に見分けて何を買ってくれそうか考えてオススメしてるのよ。バイトが許されるトップ社員を見くびらないでほしいわ……とブツブツ言いながら見ていた七々夏が「あ……」と俺の背中の服をさらに引っ張った。
田上がリュックサックから銀行の封筒を出して、それを女の人に渡した。
女の人もそれを受け取ってリュックに入れた。二人はスーパーマーケットの方向に歩いて行った。
「……メロン付きプリン、奢ってあげよっか」
七々夏が俺の腕にへばりついて言う。
「お腹空いてない……」
俺は呟いた。
でも、俺はあの雰囲気に見覚えがある。
次の日は体育祭の代休で一日バイトの予定だったけど、凛ねえに事情を話して休ませてもらうことにした。
凛ねえも思う所があったみたいで「美登利ちゃんに聞いてきな!」と快くだしてくれた。
連絡を取ったら「学校終わったあとなら大丈夫ですよ」というので、またフルポテの店に誘った。
「わー! 美桜に聞いてから食べたいなーと思ってた!」
と喜んでBIGサイズを買って二袋入れてふりふり。そして口にポテトを食べながら俺の話を聞いた。
すると
「あーそれ、きっと私のお母さんです」
と言った。やっぱり。
実は俺の中に予感があったんだ。二人は家族関係にあるんじゃないかって。
だって歩く距離感が変なんだ。
遠くも近くもない。
表情も会えて嬉しいんだけど、笑っていいか悩むような。
でも一緒に居たいような……そうだ、凛ねえと小清水先生と亜稀ちゃんの三人に似てる疑似家族感。だから予感があったんだ。
「会ったの西織田の駅前でしょ、それ。塁を迎えに行く前かな」
美登利ちゃんは写メを見せながら、この人でしょ? と指をさした。
そこには駅前で見た女の人が赤ちゃんを抱っこして写真に写っていた。
「そう、この人……赤ちゃんいるんだ……」
まだ胸の上に収まる小さなサイズ……
「この赤ちゃん、美桜とお母さんの子供」
?!?!?!?!
俺は手に持っていたオレンジジュースをカップごと握りしめてしまった。
バチャンと容器が潰れて氷が落ちる。
美登利ちゃんは紙でそれを拾い上げて
「……たぶん違うけど。でも、それを疑われて私のお母さんはおばあちゃんに追い出されたの」
心臓がドクドクと大きく脈を打ちすぎて息が苦しくなってきた。
美登利ちゃんのお母さん……花房圭子さんが美登利ちゃんを連れて、美桜ちゃんの父親……克己さんと結婚したのは三年前。
「家に帰ったらいつもいるお母さんはいなくて、おばあちゃんが一人で座ってたの。それで『圭子は克己を裏切った』って、それだけ何回も」
そして一年後くらいに子供が生まれた。
裏切ったって……そういうことだと思うんだけど……美登利ちゃんは、シェイクをトンと置いて俺の方を迷いなくみた。
「でもあの美桜が、あのつばさが、自分の父親の母に手を出すとか、あり得るとおもう?」
あの美桜ちゃん、あの田上。
声がコンプレックスで学校は黙って過ごし、何を言われても無視して。警戒心がめっちゃ強くて、でも大切な人に対しては臆病な美桜ちゃんが……?
俺は少し苦笑しながら言った。
「ありえないでしょ」
美登利ちゃんは「だよね」とため息をついた。
「でも何かがあったんだよ。妊娠中に離婚してお母さんだけ出て行ったし、おじさんは帰って来ない。何があったかは知らないの。でも『みんなが納得する何か』があったのよね……」
美登利ちゃんはズズ……とシェイクをすすった。
「美登利ちゃんは……?」
どうして離婚した家に残ってるの?
「本当のことを知りたい」力強く言い切った。そして続ける。「つばさの元を離れたら何もわかんなくなる気がするの。子供だからって、そんなのイヤだ。私もつばさもおかあさんも、絶対間違ってないもん!!」
子供なんて超やだ! なんも教えてもらえない!
美登利ちゃんは空になったポテトの袋をグシャグシャと丸めた。
「……玲子さんに話しながら思ったんだけど……だからつばさは男をやめられて嬉しかったのかなーって気が付いた。女なら女の人妊娠させられないもんね」
ね? 名探偵じゃない?
美登利ちゃんはおどけた。
俺は頭の中に情報が入りすぎて爆発しそうになりながら、それでもはっきりと分かったのは、本当にそんな理由で性転換病を受け入れたとしたら、辛すぎるってことだ。
突然女の子になったのに、すんなり受け入れた美桜ちゃん。
亜稀ちゃんを見て優しくほほ笑む田上。
凛ねえと小清水先生たちを見送っていた田上。
亜稀ちゃんと自分をかぶせて「嫌われたくない」とつぶやいてた美桜ちゃん。
美登利ちゃんの母親に渡すためにバイトをしている美桜ちゃん。
そのお金を渡す切なげな表情も、全部全部含めて。
苦しくて言葉も出ない。
俺は田上が性転換病になったからこそ美桜ちゃんに出会えて、本当の田上を知れたんだ。




