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美桜ちゃんと玲子な俺

 俺、小野寺春馬の実家は地元で小さな喫茶店を経営している。

 商店街の真ん中にある店は、俺の母親の母親からずっと引き継いだ店で、もう50年以上続いている。

 店長はお母さんだったけど、最近一緒に働いてた凛ねえに代わった。

 理由はお母さんがお婆ちゃんの介護のために大阪に住むことになったからだ。

 お店があるから……とずっと行くのをためらっていたけれど、俺もバイトに入って手伝うから! と背中を押した結果、嬉しそうに大阪に向かった。

 最初は「こんでもええのに」と言っていたおばあちゃんも結局嬉しそうで、良かった。


 でも、俺が通ってる高校は進学校で、バイトが禁止なんだ。


 まあそれは建前で、先生たち曰く「見つけたら指導入れるしかない」らしく、皆バレないように弁当屋の裏でご飯詰めたりしてるんだけど、うちの喫茶店と学校は絶妙に近くて、仕事を手伝い始めたばかりの時、女装しないでバイトしてたら、生活指導の田中が来た。

 もうコイツだけはホント髪の毛一センチ長くてもグダグダうるさい!

 慌てて裏に逃げ込んで七々夏が仕事で使ってるロングヘアのウィッグ適当にかぶって出たら田中先生はニッコリほほ笑んで


「新人さん? 妹さんかな? 可愛いね」


 とか言って全然ばれないの。マジで笑った。

 むしろその後から保健の石井先生も合流して旅行のプラン考えてた。

 九州より~沖縄行きたいの~~って、噂には聞いてたけど、アイツら出来てんじゃん!! 

 正直女装して先生たちの秘密をこっそり見られるのは楽しい。

 現時点で俺の先生たちの秘密コレクションは結構な数がある。

 最初は適当にウィッグかぶって出てたんだけど、それをみたメイクを仕事にしてる七々夏が

「ちょっと……やるならもっとちゃんとしよ?」

 って俺にメイクを始めたのが完全女装の始まりだ。



「ほいしょ」

 七々夏が俺の頭にフアフアした髪の毛を乗せる。いつも思うが首筋がくすぐったい。俺は思わず首をすくめてしまう。

「これ、チクチクしてくすぐったんだけど」

 と俺が不満を言うと

「安いからねー。もっと良いの買えばチクチクしないよっと!」

 言いながらパチンとピンでとめた。頭蓋骨にガツンと痛みが走った。

「こんなに止めなくても取れないだろ」

 と文句を言うと

「ほらほら、女の子が眉間に皺よせないの~」

 と顔にベシャベシャと化粧水を塗られた。これがバラ臭い。

「メンズの化粧水もあるじゃん」

「メンズなんて無駄にスースーさせるだけで、何の効果もないわ。こっちは保湿効果抜群よ」

 七々夏、今度は俺の顔にクリームを塗りつけ、次は筆のようなもので顔にチョンチョンと色を置いていく。

 人間パレットになった気分。でもそれを広げていくと、顔に陰影が出来て一気に美人の顔になり、鏡の前の俺が、女の子になる。

「パウダーいきまーす」

 今度は粉なんだけど、肌につけた途端にクリーム状になる七々夏ねえイチオチのパウダーを俺の顔につけていく。

 元は顔のケガなどを隠すために開発されたパウダーは俺の肌をツルツルに仕上げてしまう。

 つけまつげにアイメイク、趣味で買い集めたものを惜しみなく投入して、七々夏は俺を仕上げていく。

「研究含めて山ほど買うんだけど、使う機会が無くてさあ……勿体ないなあと思ってたのよね」

「そら……良かった……」

 俺の唇に真っ赤な口紅がひかれる。

「完成! 本日も100点な仕上がりございます」

 七々夏が俺に鏡を渡す。

 そこには完全に別人の俺がいる。本当に毎回思うけど、完璧すぎて、鏡の中の人が自分だと思えない。

 でもここまでしてしまうと、開き直ってしまう自分も心の奥に居て、メイクをしてウィッグをかぶった瞬間に「あ、バイトしよ」と思えて悪くなかった。

 別人になれる瞬間。

 別に現状に不満があるとかじゃないけれど、俺が俺だと気が付かれないのは単純に面白かった。

 毎回学校の生徒や先生が来店すると、めちゃくちゃドキドキするけど、本当に全く気が付かれないのだ。

 

 そんなこんなで俺は実家の喫茶店でバイトを始めた。

 それに最近、少し楽しみもできた。



「おはようございます!」



 カランと喫茶店のドアが開く音がして、俺が待っていた声がする。

美桜みおちゃん、おはよう」

 凛ねえが言いながら喫茶店のほうに出て行った。

 俺もいそいそと後と追う。

 俺の顔を見た瞬間、美桜ちゃんの顔がパアと明るくなった。


「おはようございます」

「おはよう、美桜ちゃん」


 先月からバイトに入った新人の美桜ちゃんだ。

 背が小さくていつも表情がくるくる変わる可愛い子で、俺は正直めっちゃ気に入っている。

 美桜ちゃんは俺の新しい制服姿をまじまじと見て


「玲子さん、すごく似合いますね」

「あ、ああ、ありがとう」


 玲子と呼ばれるのも、まだ慣れない。

 玲子とは、俺の店の名前だ。

 なぜそんな萌え的喫茶店のようなことを導入しているかというと、本名で普通にバイトしていたらストーカー化した奴がいたからだ。

 だから凛ねえが「専用ネーム」でバイトすることを提案した。

 俺の名づけも凛ねえちゃんだ。玲子ってほら、身長あってキリッとしてそうな女っぽくて春馬には似合ってる……らしい。

 本当の俺はそんなキリッとしてないんだけど、メイクして玲子になると背筋が伸びる。

「身長があると、スッキリとした制服がとてもきれいに着れてると思います」

 美桜ちゃんがふわりとほほ笑む。美桜ちゃんも新しい制服を着ている。俺は女装だから当たり前だけど『こんなもん』だけど

「美桜ちゃんのほうが、よく似合ってる」

 俺は素直に言った。

 なんだか女装してるほうが言葉が素直に出てくる。

 女だから、変に構えられないのも楽なのも知れない。

 それに姉二人に囲まれて生きてきたから、褒め言葉を言うのは慣れている。

「ありがとうございます。早く着たくて、着て来ました。あ、上に上着は羽織りましたけど」

 美桜ちゃんは手に持ったコートを軽く持ち上げて、ほほ笑んだ。

「このスカートが気に入ってます」

 そう言ってクルリとその場で回った。たっぷりとしたスカートが大きく円を描いて舞う。

 同時に前下がりのおかっぱヘアーがフワリと広がった。そしてえくぼを作ってニッコリとほほ笑んだ。

 ……まじ可愛い。

 女装してて、美桜ちゃんも俺を女だと思ってるから『友だち』もしくは『先輩』のポジションで、気楽で、俺は今の状態を少しずつ楽しみ始めていた。

 それに


「今日も玲子さんと同じ日にバイトできて嬉しいです」


 美桜ちゃんが俺の方に一歩近づいてほほ笑んだ。

 美桜ちゃんは俺に優しい。いやもちろん女装してる俺……玲子にだけど。

 いやいやもう、この笑顔が無防備に近くで見られるだけで、俺は幸せだ。


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