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コンプレックス

「んんっ……」


 美桜ちゃんは雑巾がけをしながら軽く咳をした。

 俺はメイド服のポケットからのど飴を出して美桜ちゃんに見せた。オレンジ味。

 なぜ制服のポケットにのど飴が入っているかと言うと、商店街を歩くと知り合いのおばちゃんたちがくれるからだ。

 持っていて困らないのでポケットに貯めこんでいる。

「あ、大丈夫です、すいません」

 美桜ちゃんは俺に軽く断り……でも頂けるなら、と掌からオレンジ色の丸い飴を手に取って口に入れた。

 今日の天気は雨で、アーケードを歩く人数も少ない。

 こういう時、凛ねえは奥で事務作業をしているので、俺たちはゆっくり掃除をしながら話をしている。

「……あの、私の声って、変じゃないですか」

 美桜ちゃんは喉に触れながら言った。前も言っていたけれど、どうやら声コンプレックスらしい。

「病気のことを考えたら……高い声だなあとは思うけど」

 俺は素直に言った。美桜ちゃんは喉仏がある周辺に触れながら

「男だった時から極端に喉仏は小さくて、声も高かったんです。それがイヤで……でもこうなった今は、ラッキーなんですかね……」

 美桜ちゃんは小さな声で言った。そして

「自分の声がずっと嫌いで話すのを嫌がってたら、そりゃ友達も減りますよね」

 でもなんか、笑われてる気がして……孤立はしたくないんですけど。美桜ちゃんは小さな声で言った。

 正直学校で田上の声なんて気にしたことない。やっぱり極端に話さないほうが問題だとは思うけど。

例えるならば。

最初から1mの雪は降らない。少しずつ降り積もった結果が『今』なんだから、簡単に「気にするなよ」というのは違う気がする。

「そっか……」

 と何も言えず、俺もポケットから飴玉を出して食べて外の雨を一緒に眺めた。

 近くにいる時間が増えることで、何か出来ることが増えれば嬉しい。



「席替えいっきまーす」

 五時間目の授業。

 担任の椎名は小さな段ボールに入った紙をカラカラ回した。

 恒例五月の席替えだ。うちの学校、最初は出席番号順の席なんだけど、体育祭&遠足の前に席替えをする。そしてその席の塊がそのままグループになるんだ。

 俺はわりと寒がりなので、クーラーの真下と、入り口からすぐの席はお断りしたいけど、別になんでもいい。

「春馬あああ~~運命の時だなあ~~」

 江崎が俺の首にグイグイとしがみついて来る。ものすごく痛くてウザい。

「江崎なんてどこの席でもいいだろ」

 俺は首に巻かれた江崎の指を引きはがした。

「俺と一緒に遠足で地獄みたいだろー?!」

 遠足は毎年山登りだ。どうして高2にもなって山登らされるのか知らないけど、電車で移動して歩く。俺は実のところ山登りは嫌いじゃない。

 だって歩けば終わるし、最後が明確にあるのは楽しい。

 適当に列を作って順番にくじを引いていく。

 列の前の方で先にくじを引いた田上が前から二番目の窓側に座った。

 お、あそこね。

 俺はなんとなく見た。

 すると次にくじをひいた斎藤が

「マジかよ最低だなあ~~~」

 と叫んだ。どうやら田上の後ろの席を引いたらしい。

 一学期の一番最初の席替えは割と重要で、遠足から仲良くなり夏休みの補習まで繋がってくるからもちろん友達と同じグループが良いのは分かるけど、最悪って……!

「窓側の席は暑いし、イヤなんだけど!!」

 斎藤は同意を求めるように前でギャーギャー騒いでいる。

 田上はそれを完全に無視して窓の外を見ている。

 その背中に、バイト中の美桜ちゃんを思い出す。

 孤立はしたくないんですけど……どうしても……。

 そして俺のクジの番になった。引くと、なんと俺が一番イヤだったクーラーの真下。

 俺はそのくじを持って斎藤の方に向かった。

 斎藤はまだギャーギャー言っていた。俺は掌に持っていたクジを開いて見せた。

「ほら、クーラーの真下。暑がりなら、替えてやるよ。俺クーラーの真下嫌いだから」

 嘘でもなんでもない、本当にあの席はわりと寒いし、温度戦争に巻き込まれるのも面倒だ。

 勝手に下げるやつと上げるやつがピッピッピッうるさい。

「え? いいの?! 俺のヤツ田上の後ろだけど良いの? クソ暑い窓際だよ?! いいの?! サンキュー!!!」

 斎藤は喜んで俺とくじを交換した。

 俺はカバンを持って田上の後ろの席に座った。

 ていうか、なんだよ田上の後ろだけど良いの?! って本人がいる横で言うなよ。

 そんなの俺にとっては……ご褒美だけど……と前を見ると、窓を背に座っている田上と目があった。

 そして田上は目元だけで小さく笑った。

「……よろしく」

 俺は言った。

 田上は

「よろしく」

 と口元も、笑った。

 てか勢いで隣の席に来ちゃったけど、俺大丈夫かな。こんなずっと田上の背中みちゃう席で。緊張してアホになりそう……。

「はあ~~い! クジ替えてもらっちゃったよ、颯爽と僕ちゃん登場~~!」

 田上の隣の席に江崎が座った。

「ウザ」

 俺と田上は同タイミングで言った。

 あまりに完璧にハモったので、俺と田上はまた同じタイミングで小さく笑った。

 江崎がいるなら……と江崎を好きな奴らがグループに入ってきた。

 先生が黒板に大きく『席確定~』と書く。

 久しぶりに窓際の席だ。俺は顎肘をついて外を見た。うちの学校は都心部にあるので、高層ビル街が見える。天気が良いと富士山まで見えたりして、俺は窓際の席が好きだ。まあカーテンを閉めると暗くなるので文句が出て、暑いのは間違いないけど、クーラーの風で頭痛くなるよりは良い。

 視線を前に戻す。

 目の前に田上の背中……白いワイシャツに細い肩。

 バイトしてても背中をマジマジと見ることはないけど、やっぱり隣の席の江崎に比べると圧倒的に体の線が細い。もうなんか男子の巣にいるのが心配だから(俺もその一部だけど)せめてVネックセーター着てくれないかな。暑くて誰も着ていないけど! 俺は無駄に背中を睨んだ。

「大丈夫?」

「あ、わり!」

 前から田上がプリントを回して来ていたのに気が付かなかった。

 そうか、後ろの席だとこうして毎日田上が振り向くのか。

 ニヤニヤしてないように気を付けないと、と思いつつプリント後ろに回して前をむいたら、まだ田上が俺のほうを見てて驚いてしまった。

 これは心臓が持たない。

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