ヒマワリ
正直に言うと。
ここまで真横でガッツリ覗き込まれると、俺も書きにくい。
今は美術の授業中で、教室の真ん中に置かれた花瓶の絵を皆で書いてるんだけど
「春馬マジでうめーな。同じもん書いてると思えねえわ、どうしてこうなった俺のセンス」
と右側で笑ってるのは江崎だ。
江崎のキャンパスを覗くと、そこには大蛇が瓶から出て踊り狂っていた。
何をみて書いたらそうなるんだ。
江崎の絵心は昔からよく分からない。
そして……左側には田上が座っている。
自由席で、どこに座って書いてもいいのに、なぜか田上が左側にきた。
俺はそれだけで左肩が緊張してしまう。
そして田上は何も言わずに俺のキャンバスを後ろからじ~~っと見てる視線だけ送ってきてる。
俺が左後ろにチラリと視線を送ると、サッサッサと鉛筆を動かし始めるが、俺が書き始めると鉛筆の音が止まって視線がガンガンくる。
えー……ここまでガッツリ後ろから見られると書きにくい。
でもまあ、上手だと思ってくれてるのは、お茶した時に聞いて知ってるし、美桜ちゃん=田上も絵が上手になりたい思いも知ってるから……俺はふう、と小さく深呼吸して書き始めた。
鉛筆の感覚が指先に伝わってきて気持ちいい。
俺が絵を書き始めたのはいつからだろう。
七々夏が少女漫画好きで、家にはたくさんの雑誌とコミックスがある。
最初はなんでこんな目が大きいんだよ、画面の八割目じゃんと思いつつ読み始めたら……面白いんだよ、少女漫画。
少年漫画よりバリエーションがある話と、絵柄に惹かれて模写しはじめたのが始まりかもしれない。
今はデジタルでも書くけど、やっぱり思い立った時にサラサラ書ける鉛筆絵の楽しさは別格だ。単純にスケッチブックのザラザラした所に線を引く感覚が好きなんだと思う。
まず大まかに見てシルエットを取って、そこからバランス見ながら線を探していく。
「なるほどお~。よし見てろよ」
後ろから見ていた江崎がスケッチブックをめくって次のページにして、俺に真似してシルエットから取り始める。
すると左側で田上もスケッチブックをペラリとめくる音がする。
江崎と同じことしてる。
正直可愛くて口元が緩んでしまう。
「んん~~~あれえ? なんでこーなるんだろ。なんだろ、紙が小さいのかな」
江崎の絵は花が左側に大きく書かれて、花瓶が入りきらない。何度も言うが、そんな長い花はない。
「江崎さ、お前、これどれ書いてんの」
「あれ、あのヒマワリ」
「どうしたらこんな大蛇みたいになるんだよ。江崎花から書いてるだろ。まず花瓶真ん中に書けよ」
「ふむ」
ふむ?
俺と江崎は同時に田上の方を見た。
ふむと言ったのは江崎じゃなくて田上だったからだ。
田上はしまった! という表情をした。
そのキョトンとした目が……まさに昨日の美桜ちゃんで……うわ可愛いと思ってしまった俺はホモなのか。田上は女の子なんだから違うだろ!!
江崎が席から立って、田上のスケッチブックを覗き込んでブハと噴き出した。
「田上お前、なんでそんな……」
俺も気になって横からチラリと見ると豆粒みたいに小さな花瓶と花が書かれていた。
「どうしてそんなに小さいんだよ、真っ白空間多すぎだろ、資源の無駄使いだろ」
田上は江崎を睨んだ。
他の生徒もそれを見て笑いはじめた。
俺は、とりあえず田上の横に移動した。
昨日のケーキの絵もやたら小さく書かれてたし、小さく書いちゃう癖かもしれない。
でもよく見ると特徴はちゃんととらえてる。
ただサイズ感がおかしいだけだ。
「いい?」
と田上に向かって聞くと、田上はコクンと頷いた。
俺は自分の鉛筆でなんとなくスケールを取った。簡単に形だけ。これくらいの大きさって。
俺は玲子の時は絵を教えられないから、今だけ。
簡単にスケール取ると、笑っていたクラスメイトたちがシン……と静かになった。
静かな教室に俺の鉛筆が動く音だけがする。
書きすぎず、フォルムだけ。
「……おけ?」
横をみると、田上が「ん」と頷いた。
そして固めていた目と唇をふわりと紐といて少しだけ笑顔になった。
身体の体温がギュッと上がった感覚に生唾を飲む。
正直。
今まで田上を美桜ちゃんだと思って見てなかったから気が付かなかったけど、男の服装してても美桜ちゃんは美桜ちゃんで、めっちゃ可愛い。
男装してる美桜ちゃんに見えてきた。
当然だ。俺は先に美桜ちゃんに惚れてるわけで……。
「春馬ああ~~~俺の絵もガイド書いてくれよお~~」
江崎が俺の肩にしがみついて来るが、それを振り払って席に戻った。
美桜ちゃんを笑いものにするアホは無視だ。
結局江崎は真面目に絵を書かなかった罰に放課後プリント800枚折る係として連行されていった。
なんというか自業自得だ。