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夕日の美術室

 運動会の準備がはじまった。

 まずは係決め。

 放送とか当日備品準備する係とか色々あるんだけど、俺は単純に絵を描くのが好きだから去年も今年も『クラス旗制作』係だ。

 うちの学校はクラスごとに旗を持って演舞をするんだけど、それ用の旗を手作りする。

 デザインから全部任されて大変だから、やりたがる人は少なくて、毎年すんなり立候補で決まる。


 チラリと黒板を確認したら、田上は当日の採点係になっていた。

 採点係ってことは掲示板作ったりするのかーと俺は把握する。

 俺の目の前の席の斎藤が、椅子をキィキィ揺らしながらブツブツ言い始めた。

「田上と一緒かー。あいつなんも話さないから不気味なんだよなー」

 どうやら斎藤も田上と同じ採点係になったが不満らしい。

 てか、人に向かって不気味って、何事だよ。俺はカバンを持って立ち上がり

「世界中が斎藤みたいにペラペラ話してたら、うるさいだろ」

 と言った。

「たしかに」

 と斎藤やその周辺は笑っているが、俺が言った皮肉に気が付かないのだろうか。

 名指しで人を笑うやつはそれだけで損してると思うけど。

 教室を出て旗を作るため、美術室に向かった。

 


 西日差し込む美術室に到着すると、もう江崎が待っていた。

俺は絵が好きだからこの係だけど、どーしてお前は毎年この係なんだよ。江崎は人気あるし話せるんだから放送とかやればいいのに「無駄に喉痛めるじゃん?」と冷静だ。なんだよ、ミリオン歌手かよ。

「なあなあ春馬~、今日バイト終わったら飯いかね?」

「あ、無理っす」

 俺は江崎からの誘いを秒で断った。今日は美桜ちゃんと紅茶する日だ。朝から楽しみで紅茶の知識まで仕入れてしまった。

 江崎はえ~~? と言いながら焼肉の写真を見せて

「奢る」

 とドヤった。

「結構です」

 俺は再び秒で断る。江崎はえ~~と叫びながら俺に近づいてきた。

「カラオケ付き合ってくれよーー、練習しないと~天城越え~~」

「バントメンバーとやれよ」

「事務所のカラオケ企画呼ばれてんの俺だけだから、付き合わせんの悪いだろ~」

「知らね。それよりそっちちゃんと持てよ!!」

「付き合ってくれよーー」

 江崎は俺に指示された方向の布を持って広げ、その上に椅子を置いて座り文句を言い続けた。

 俺は無理です~と言いながらラフを書いたスケブを取り出した。

 大きな布に絵を描くというのが楽しいし、それをもって団長が走ったりするのを見るのも好きだ。風になびく大きな旗。あの景色と空の色。

 原案も丸投げしてもらえるので、なんとなく書いてきた。今年はイラストと共に裁縫もちょっと入れたい。ただ作業期間が短いのが残念なんだよなー。バイトにも行きたいし。

「じゃあサムネのイラスト書いてくれよー」

 江崎が椅子に座ってガタガタ揺らしながら言う。

「書きたいってやつは沢山いるだろ」

「注文出すのめんどくさいし、みんな俺のファンだからすぐに『いいですね』っていうんだよ。それじゃ面白くないんだよなー」

「なんだそれ!」

 グダグダ笑ってる俺達の後ろの扉がカラ……と開き、振り向くと、そこに田上が居た。

 っ……と思わず息がつまる。

 江崎は普通に田上に話しかける。

「なあ、俺の前のPVのイラスト、良かったと思わない? あれ、春馬が書いたんだよ」

「そうなんだ、あの絵良かった」

 田上は布を広げるために置いてある椅子に座って、俺のほうをみて言った。

 西日が田上の顔に斜めに影をさすが、まっすぐな瞳は俺のほうに向けられている。

 う、そんなに真っすぐ見られると顔がカッカと熱いんだけど……。

 俺はスケブにラインを足すように手を動かしながら「そっか?」誤魔化した。

 ていうか、田上は点数係なんじゃないのか? なんて旗作りの方に来てるんだよ。

「その真っ赤なラインは何で作るの」

「?!」

 気が付くと俺の真後ろに田上が立って俺の書いているスケッチブックを見ている。

「なになに、どれ??」

 なぜか江崎が顔を突っ込んでくる。お前は何もわかんねーだろ!

「サテンのリボンを編み込むつもり」

 俺が細部を書き込みながら答えると

「へえ」

 と俺の横に田上が座り込んだ。え? なに? 野良猫警報解除されたの?!

「江崎――、音声だけでもお前の声でくれないーー?」

 放送委員の三竹が教室に入ってきた。それと入れ替わりでスッと田上は立ち上がって、教室から出て行った。仲良くないやつが来たから? 少しずつ俺に慣れてきたのかな? 俺は嬉しくてさらに細部をガリガリと書き込んだ。


「学校はどう?」

 バイト終わりの紅茶の会で俺は美桜ちゃんにさりげなく聞いた。

 前に『クラス替えがなくて……』と言っていたのを思い出したのだ。

 もしかしてクラスの斎藤、美桜ちゃんが不気味とか言っていたし、斎藤がなんかしてるのかもしれない。

 美桜ちゃんは紅茶に砂糖をぽちゃんと入れながら

「声が昔から高くて、それがコンプレックスだから学校ではあまり話したくなくて……だから不気味とか言う人も居るんですけど……ちょっと理解というか、優しい人もいるって知って、それだけで嬉しいです」

「不気味って酷過ぎないか?!」

 俺は憤った。

ってあれ、同じことを昼間も思った気が……

「友達の友達で、今まであまり知らなかったんですけど、絵がすごく上手くて。絵が書ける人って尊敬しませんか?」

 友達=江崎=友達=俺じゃね?!

 なによりあのクラスで絵が書けるのは俺だけで……。俺は「おう……おう……」と変な返信をしながら紅茶を流し込んだ。あのやり取り、聞かれてたのか。

 そんな俺の変な挙動は無視して、美桜ちゃんはカバンからノートを取り出した。

 そこには『作りたいケーキ!』と題して何個が絵が書いてあったが……うん……書かれてる絵が無駄に小さくて、分からないな、なにかが書かれてるんだろう……。

 もちろん俺が書き直すのは簡単だけど、絵柄ってみる人が見ると一目で分かるし、絵が上手い俺は、玲子のときは封印しておこうかな……。

 俺は

「絵は書き続けることでしか上手くならないよ、たぶん」

 と言いながら、スケッチブックをなぞった。何度も消しゴムで消した跡がある。頑張ってるんだな。

 美桜ちゃんは

「そうですか?」

 とキョトンした目になった。

 そして何かを書き始めたが……なんだろう、うん、何を書いてるのか分からないけど、必死な仕草が可愛くて、俺は静かに見守った。

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