実は一番の理解者
「イベントに行きたい? ……私と?」
「美登利が……なんですけど、どうでしょうか」
友達宣言から数日後、休憩中で美桜ちゃんから「土曜日、美登利と三人で出かけませんか?」と誘われた。
美登利ちゃんと三人でお出かけなんて楽しそう! と思ったが、出演者の名前を調べて俺は心の中で顔をしかめた。
「ACCORDION NOTE……」
「知ってますか? 一回お会いしたことあると思うんですけど、おばあちゃんがすごく好きで、美登利もファンなんです」
ACCORDION NOTEは江崎がボーカルを務めるバンドなのだ。
えー……江崎の前に女装した姿で行くの? 俺もだけど、美桜ちゃん=田上もヤバくないの? 気が付かれない自信があるってこと……?
「本当は来月ライブがあるんですけど、夜は帰りが遅くて23時すぎるので、おばあちゃんうるさくて無理そうなんです。でもこのイベントは昼間だし、世話になった美登利を連れて行ってあげたくて……」
美桜ちゃんはせっせと俺に説明してくれた。
なるほど。調べるとこのイベントに出るのは江崎のバンドだけじゃなくて、歌い手? とか実況者?? とかが多く出るイベントらしい。正直俺は全然詳しくないんだけど、今の若い子がそういうのが好きなことは知っている。会場もライブより大きな所だし、確かにこれなら特定はされないかも知れない。
「いいよ! 一緒に行こう」
「本当ですか! 美登利喜びます」
美桜ちゃんはすぐにラインに連絡して嬉しそうに
「お昼食べてから行きましょうか! 近くに美味しいパスタ屋さんがあるんです」
とスマホの画面を見せてくれた。
俺はスマホの画面より満面の笑みの美桜ちゃんが好きだ。
くー……可愛い。
「うん、パスタ、好き……」
俺はその美桜ちゃんを見て頷いた。美桜ちゃんは口を一文字にキュッ……と結んでうつ向いて
「私も…パスタが好きなんです……」
と言った。
好きだなあ……。
俺たちはお互いうつ向いて何も話さず、ただパスタ好きです……とつぶやきあっていた。二人して何を言いあっているのかよく分からない。
「デートするの、女装で。人生初デートが女装。へえ~~それは楽しそうねえ~~」
七々夏は眉毛をあげて信じられないといった表情で俺を見た。
「一緒に出掛けるだけ! だから服をなんかこう貸してくれないかな」
「男の春馬が着れる服なんてあるかな……あ~~ちょっとまってね~~~私がデブだったころの服なら~~」
七々夏は衣装棚をガコーンと開いて、手前にあったワンピースを取り出した。濃紺のワンピース。ウエストがゴムになっていて、サイズはフリーっぽく見える。
「私がデブだった時に着てたやつだからね、あんまり着てないから貸してあげてもいい」
デブだった時……? あんまり着ていない……? 棚の一番上にあったけれど……? まあ貸してもらえるならそれでいいや。
七々夏はなんかかんだ言いながら、二の腕は隠して~縦のラインを入れると色々誤魔化せる気がする~と俺の服を当てながら色々出してくれた。
結局土曜日も朝から俺の服を着せてメイクしてくれることになった。
「なんていうか、いい練習台よ、春馬は」
「そりゃ良かった」
土曜日。
俺はされるがままに服を着せられて、メイクをしてもらった。
濃紺のワンピースはスカートが長いので、身長が高い俺が着ても問題はなく、上から羽織ったカーディガンは縦にラインが入っていて、ごつい俺の身体をスリムに見せてくれた。
「服もメイクも、本人のマイナスな部分を隠して、プラスの部分を見せるためにあるの。それを考えながら作っていくのは楽しい。 よし、どう? 新作の美肌リキッド、春馬の肌に良いと思ったんだ~~」
「おお、なんかツルツルしてる」
「表面の凹凸を隠してくれるらしいけど……うん、良い感じ。あ、鞄はこっちの色のが良い」
「サンキュ」
「お礼はモモゾフのパフェでいいぞ~プリンがモリッと乗ってるやつね」
「プリンのな、今度買ってくる」
七々夏は素直じゃん~いいじゃん~~と笑いながら俺の背中をバンバン叩いた。
美桜ちゃんと美登利ちゃんと楽しく出かけられるなら安いもんだ。
江崎には当然だけど秘密にすることにした。
先輩ユーチューバーたちがメインらしく、学校で「事務所のイベントめんどくさー」とこぼしていた。公式のアカウントには「めっちゃ楽しみ! よろしくおねがいしまっす」とか笑顔でUPして3000ふぁぼされてたけど。本当に江崎をみてると表の顔を丸々信じると痛い目に合うなあ……と思ってしまう。
「爪が裸なのは、女の子としても裸みたいなもんよ」
「強引すぎないか、その理論」
七々夏は巨大な箱を持ってきて、スコーンと開けた。そこには色とりどりのマニキュアが並んでいた。
「初デートなら、あんまりすっごい色はダメね。オレンジとピンクのグラデにしましょう」
「マジ七々夏はプロなんだな」
俺が素で言うと
「ふとした時に自分の爪を見たら、綺麗なわけよ」
七々夏は丁寧に俺の爪をやすりで砥ぎながら話す。
「それを見るたびに『あ、私っていま気合入った女の子なんだ!』って行動が丁寧になるの。大事でしょ?」
「なるほど」
「舞台とかのメイクも、なりきるためにしてるのよ。私が出来るのはそのお手伝い。素敵でしょ」
「カッコイイな!」
俺はピカピカに磨かれた指を見て、頷いた。
七々夏は「へへ~ん」と得意げだが、プロの仕事は何でもすごいと思う。
明日最高にかっこかわいい玲子になって美桜ちゃんと美登利ちゃんと楽しむ!
俺は女装した自分でいるのが、少し楽しくなってきていた。
学校とバイトで性格が違う美桜ちゃんの気持ちが、一番分かるのは俺かも知れない。