笑顔のコロッケ
「なーーに泣かしてんの」
泣きはらした表情をした美桜ちゃんをみて、凛ねえは俺をギロリと睨んだ。
「違うんです凛さん、私が勝手に」
美桜ちゃんは焦って弁明したが、凛ねえは目を細めて「ふ~~~ん??」とつぶやき、奥の倉庫に戻った。
美桜ちゃんの方を見ると、目があった。目が充血して真っ赤だ。
パチンと瞼をふせてうつ向き
「メイク、直してきても良いですか?」
と給湯室兼休憩所に消えた。
俺は冷蔵庫から出したホイップクリームをくるくるまわしながら思い出していた。
てか、美桜ちゃんが性転換する前……田上の時に俺……というか玲子を見てて好きだった……って!
急に顔がカッと熱くなった。
いつだよ……いつの話……?
店に来てたってこと? そうだな、来てても気が付かなかったかも。でもうちの学校の制服が入ってきたら、注意してなるべく倉庫に居たりするけど……いや商店街をわりと無防備に歩いてたりするから、見られてた……?
でもなんだか、すげぇ嬉しい。俺は熱くなった頬を手の甲で少し冷ます。
「で? なんで泣かせたの」
気が付くと俺の横に凛ねえが立っていた。
おっわ……と空気を飲む。凛ねえの目は完全に座っている。いやほんとうに何も……。
「美桜ちゃんって、あんたのこと好きじゃん?」
「へっ?!」
俺は情けなく叫んだ。凛ねえは気にせず続ける。
「目の前で可愛い女の子が笑ってるんだから、グチャグチャ考えずに浴びるように受け入れときなさい」
「なにその言い方」
俺は思わず噴き出して笑ってしまう。
「グダグダ考えすぎないの。時間の無駄よ」
凛ねえは俺のおでこをピンとはじいた。
時間の無駄……考えすぎ……。
たしかに心当たりがある。俺はチラリと給湯室のほうを見た。
カーテンの隙間から細い指が出てきて美桜ちゃんが顔を出した。
「ありがとうございました、もう大丈夫です!」
なんとかメイクを直したが、真っ赤な目で痛々しい。
俺は
「ケーキの準備しよっか」
と美桜ちゃんに微笑みかけた。
「はい!」
美桜ちゃんは真っ赤な目を細めてほほ笑んだ。
「おつかれさまでした」
仕事を終えて出て行こうとする美桜ちゃんに手をふったら、美桜ちゃんが一瞬俺と目を合わせて何か言いかけた。
俺の背中を凛ねえが肘でドスンとえぐる。
え、俺片づけしないで美桜ちゃん送っていいの?!
「送るよ」
俺は上着を羽織った。その瞬間美桜ちゃんの表情がふわりと柔らかくなった。
凛ねえ様ありがとうございます!
「ここの駅は商店街がすごいですね」
「珍しいよね、道が細くて大きな店が少ないからかな」
この町は真ん中に大きな寺院があり、それを中心にアーケード街が広がっている。巨大店舗が入り込めない構造なので個人商店の店がたくさん生き残っている。うちみたいにチェーン店でもない店が細々と営業できるのも、商店街のおかげだと思う。
でも……
「危ない」
俺は美桜ちゃんの手を引っ張った。
自転車でアーケードを走る人は多くて、結構危ない。
「一応自転車禁止なんだけどな」
もっと大きな看板を置いたほうが良いかもしれない。
「っ……そうですね……」
美桜ちゃんが顔を真っ赤にしているので何かと思ったら、俺は美桜ちゃんの手を思いっきり掴んでいた。
「ごめん」
と手を離したら
「いえ、あの、急だから驚いただけです。一言いって頂ければ、大丈夫です」
美桜ちゃんが自信満々で言う。
俺の脳内をハテナが支配する。一言いう…? じゃあ
「……自転車が危ない時は、手をつないでもいいですか」
美桜ちゃんに向かって言ってみると、さらに顔を赤くしている。
言った俺のほうが恥ずかしくなってきた。こうじゃなくね?!
美桜ちゃんは小さな声で
「やっぱり言わなくていいです」
と言った。そしてツイと俺の横に立って細い指で腕を掴んだ。
それは宣言なしで良いの?! 全然わからない……。
てか、至近距離に美桜ちゃん……めっちゃ可愛い……。
美桜ちゃんは俺の腕をグイと引っ張った。そして
「あのお店のコロッケ買って行っていいですか?」
と指さした。商店街でマイナーだけど美味しいお肉屋さんだ。
「……メンチカツがオススメ」
俺は絞り出すように言った。
「私はカニクリームコロッケ派です」
今日の夕食はここのコロッケにします! と美桜ちゃんは美登利ちゃんの分もコロッケを買った。
当然お肉屋さんのおばちゃんは知り合いだけど、俺が女装してることは普通にスルーしてくれる。
「お、ランスさんお買い上げありがとうございます。失敗作をどうぞ」
おばちゃんは俺と美桜ちゃんにコロッケをサービスしてくれた。
揚げたてが最高に美味しい。俺と美桜ちゃんははふはふ言いながらそれを食べた。
右腕にコロッケ、左手にマカロニサラダを抱えて改札に向かった。
「ラッキーでしたね!」
ガサガサ抱えて歩く姿が可愛すぎる。
美桜ちゃんは駅に着くとリュックからスマホを出した。そして、あ……と小さく呟いて、俺の方を見た。
「あ……あの、今度、玲子さんの連絡先、教えてもらえませんか」
「もちろん」
俺は答えながら、玲子名義の格安回線を準備しようと心に決めた。
「送ってくださってありがとうございました。嬉しかったです!」
美桜ちゃんは両腕に総菜を抱えて駅構内に消えた。
美桜ちゃんが女の俺を好きだっていうなら、今はそれでいい。
ぽろぽろ泣いて、顔色と体調が悪い美桜ちゃんより、笑顔でコロッケ食べる美桜ちゃんが100倍いい。
俺は商店街で格安回線を確認しながら店に戻ることにした。
800円とか安くない?