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突然の告白

「ご心配をおかけしました」

 その日の夕方、美桜ちゃんはいつも通りメイド服の上にコートを羽織ってバイトに来た。

「本当に来たの? 一週間くらい休んでも良かったのに」

 凛ねえはキッチンから顔を出して言った。

「間違えた薬を飲んでしまっただけです。体調が悪いとかではないので」

 本当にお手間かけてすいませんでした……と、美桜ちゃんは丁寧に頭を下げた。

 顔色は確かに学校より悪くない気がするし、なにより笑顔で元気だ。

 美登利ちゃんの言葉を思い出す。

 学校よりバイト先に楽しそうに行っている。

 チラリと膝をみると、学校ではった大きな絆創膏が見える。

 どうしてもまだ信じられないけれど、田上つばさ=美桜ちゃんなんだよなあ。

 俺はコートを脱いで更衣室にかけている美桜ちゃんをチラリと見ながら思った。

「玲子さん、昨日はありがとうございました。私の不注意なんです」

 美桜ちゃんが俺の前にきて深々と頭をさげて、元気に顔を持ち上げてニッコリほほ笑んだ。うーん、学校での仏頂面とこの笑顔の差がありすぎる。

「……うん、大丈夫なら良かった」

 俺は思わずそっけない態度になってしまった。

 俺のわがままなんだけど、学校でもこの笑顔がみたいと思ってしまう。

 そんなの俺も立場を明かしてないなら当然無理なんだけど。

 俺の中で美桜ちゃんと田上が分裂してしまって、気持ちが理解できない。


 どっちが本当の美桜ちゃんなんだろう。


 落ち着かなくて、いつもは美桜ちゃんとケーキの準備をするけれど、コーヒー豆の倉庫に逃げた。うちの喫茶店は母親がコーヒー豆マニアなこともあり、色々なコーヒーを出している。カンボジア、ケニア、タンザニア。調べれば調べるほどたくさんのコーヒーがあって、焙煎方法で味が変わる。コーヒーは楽しいなあと思う。

 うちは焙煎し終わったコーヒーを近くの専門店から仕入れてるんだけど

「あれ、マンダリン残り少ないよ」

「そういえば取りに来てって言われてた」

 凛ねえが台所から顔を出して言う。俺は了解と声をかけて裏口から出た。

 美桜ちゃんと居るのが少し落ち着かなかったから、丁度いい。

 コーヒー専門店はアーケードを抜けて大きな道を挟んだ所にある。焙煎する専用のマシンがあって店に近づくだけでコーヒーの良い香りがする。

 俺はコーヒーが大好きだ。

 ちょっと酸っぱい豆にはスフレ系のチーズケーキが合うと思うし、深くて濃いコーヒーには生クリームが合うと思う。色んな豆があることを知るのも楽しい。

「お、春馬くん。今日は女の子だね」

「おつかれさまです」

 店長の白井さんは俺が男だって知っている。女装してバイトを始める前は男の恰好で豆を運ぶのを手伝っていた。

「今日はマンデリンと、こっちのモカ・アビシニアンマタールとピュアビクトリアの三つ。持てる? 5キロくらいになるけど」

「大丈夫です」

 俺は伝票に名前を書いた。

「アイスコーヒー飲んでいく?」

 白井さんが店の奥から声をかけてくれる。

 コーヒー専門店のアイスコーヒーは本当に美味しい。ちゃんと豆を二倍使って淹れるし、氷もコーヒーで作っているのだ。

「見学したいです」

 俺は少し背伸びをした。

「いいよ、おいで」

 白井さんと凛ねえは高校の同級生で俺も昔から仲良くしてもらっているので、気楽だ。コーヒーの淹れ方や知識は白井さんから教わった。

 豆の状態をみて挽き具合を決めて、お湯の温度も確認。丁寧に入れられたアイスコーヒーの濃厚なミルクを入れて……

「とても美味しいです、好きです、やっぱり」

 俺もこれくらい上手に、丁寧にコーヒーを淹れたい……けど、凛ねえに「二倍の豆は単価的に無理」と言われて水出しと半分ずつ入れて出している。水出しコーヒーも独自の風味が好きだけど……。

「……春馬くんって、女の子の服装してるとき、話し方とか声も違うよね」

「え? そうですか? うーん、もちろん気を付けてますけど白井さんの前でも……?」

 そりゃそうだ。足首にフワリと触れるスカートと腰を締め付けるリボンで背筋が伸びて女装していることを意識が忘れてくれない。

「別に僕の前なんだから、春馬くんでいいのに、ちゃんと玲子さんだ」

「うーん……惚れないでくださいね」

「玲子さんならデートしてもいい」

「お店にお願いします~」

 どこのキャバクラ嬢だというような会話をして、俺は店を出た。

 輸入用の大きな麻袋に沢山のコーヒー豆を詰めて歩く。本当にいい香りだ。

 それを嗅ぎながら思った。


 田上も俺と同じなんじゃないかな。


 フワリとしたスカート、腰をきつく縛ったリボン。

 この制服を着ると瞬時に「女の子」になれるんじゃないかな。それは身体的な話じゃなくて、もちろん気持ち的に。

 学校で能面キャラなのに、バイト先でニコニコしている美桜ちゃんが分からなくなってたけど、ほんの少し理解できた。

「玲子さん!」

 振り向くと美桜ちゃんが追ってきていた。

「凛さんが重いから手伝ってあげてほしいって……」

「あ、ありがとう」

 俺は二つあった袋のうち、小さいほうを渡した。美桜ちゃんはスン……と香りを嗅いで

「この香り、好きなんです」

 とほほ笑んだ。

 俺たちはゆっくりと商店街の中を歩き始めた。

 夕方に近い商店街は人も増えてきて、自転車も走り抜けていく。俺は半歩前を歩き、なんとなく美桜ちゃんを守りながら進む。

「あの……」

 美桜ちゃんが後ろから話しかけてくる。俺は横からチラリと見た。美桜ちゃんは唇を噛んでキュッと顔を上げた。

「病気の話、聞きましたか」

 その表情は、今までで一番暗く、決意に満ちた目だった。俺は半歩戻って美桜ちゃんの横に立ち

「聞いたけど……」

 とつぶやいた。美桜ちゃんは麻袋をギュッ……と掴んだ。

 聞いたけど……正直それに対してどう対応したらいいのか、分からない。でもただ一つだけ分かるのは

「大変だったね」

 俺は目を細めて言った。

 毎日薬飲んで、身体が一瞬で変わるなんて、大変じゃないわけない。

 それにあの強烈はおばあちゃんに苗字の違う妹。大変に決まってる。

 美桜ちゃんは麻袋を抱えたまま、うつむいて動かない。

 あ、しまった、俺また何か失言したかな。

 分かったような口をきかれて、安っぽくてムカつかせちゃったかな……。

「美桜ちゃん……?」

 美桜ちゃんはうつむいた顔をキュッをあげた。



「玲子さんのことが、好きで」



「へ?!」

 俺は叫んだ。

 上げた顔、大きな目から涙がボロボロと零れ落ちた。


「性転換病になる前から、玲子さんのことを知ってました。女になるまえから玲子さんのことを好きで、でも女になってからも好きで。玲子さんを好きって気持ちが変わらないことだけが、私が何も変わってない証なんです」


「っ……!!」

 俺は突然の告白にうろたえた。

 美桜ちゃんは続ける。

「もう彼氏とか彼女とかにはなれないけれど、友達になってくれませんか」

 その大きな瞳からボロボロと大きな涙が流れる。

 そんなの答えは決まってる。

「もう友達じゃん。大丈夫、泣かない」

「そうですか。そうですかね、うれしいです」

 美桜ちゃんは笑いながら、大きな瞳からもっとボロボロと涙をこぼして泣いた。

 俺は掌で美桜ちゃんの涙を拭いた。

 止めないと……と思うほどに、美桜ちゃんの目からは涙が零れ落ちていたからだ。

「……すいません、ありがとうございます」

「いや、うん」

 俺は少し濡れた指先をキュッと握った。

「たくさん嘘いってごめんなさい……謝りたかったんです……お兄ちゃんなんて居ない。ごめんなさい……心が、すごく苦しくて……でも好きで……変わらない、私は、私で」

「大丈夫」

 俺は静かに寄り添った。

 美桜ちゃんがぎゅっとしがみついて来て、真っ赤な目で俺の方をみる。

「変わらず、好きでよかった」

「……ん」

 顔が熱い。

 俺は美桜ちゃんの腕を抱き寄せた。

 俺を好きなことが、何も変わってない証?

 信じられない言葉に心臓がドクドクと脈をうつ。

 恐ろしいほどに体が震えて、ただ、嬉しかった。

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