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君のそばに

 今日は5月に行われる運動会のタイム測定だ。

 うちの学校は足の速いやつは走る競技、遅い奴はそれ以外の競技に回される。

 走る順番は去年のタイムに準じて並べられるらしく、俺の隣に体操服の田上が座っていて、さっきから落ち着かない。

 チラリと横眼で見るとショートパンツから出てる足は細いし白いし、なにより顔色も悪い気がする。

 今日は4月にしてはクソ暑くて皆ダラけてるけど、田上は昨日倒れてるし……俺は横眼でチラチラ見ながら心の中で心配する。

「あ、暑いな!」

 俺はとりあえず言ってみる。

 話しかけられてキョトとした顔で田上が顔を上げた。

「ん」

 うあーー。やっぱり田上は慣れてない人とはほとんど話さない。

 でもよく考えたら、そのほうが安心な気がする。

 だって男子校に女の子ひとりだろ……? 普通に話してたら危なすぎる。


 順番になって、俺と田上含めて四人がスタートラインに立った。

 炎天下のグラウンド。

 田上、学校の来るのはまだしも、体育でタイム測定とか……大丈夫なのか?

 美登利ちゃん曰く「体に合った薬」をちゃんと飲んできているのだろうか。

 パンと軽い音がして、タイム測定が始まった。

 俺も昨日は正直よく眠れなくて体が重いけれど、そんな俺より田上は遥かに遅かった。

 ゴールして振り向くとまだ田上は走っていて、あげくゴール地点でド派手に転んだ。

「?! 田上?!」

 昨日みたいに意識を失って……?! 俺は駆け寄った。

 田上は体をおこして、掌で俺を制した。意識はちゃんとあるようだ。

 普通に座りなおして体を確認すると膝から血が出ている。田上は普通にスッと立ち上がってトコトコと保健室に向かう。

 えー、めっちゃ冷静。

 先生の方をみると「ついていってやれ」とアゴで指示をくれた。 

 行っても良い? おけ!? 俺も田上の後ろをトコトコとついて行った。

 昨日の今日で心配すぎる。



 足を軽く引きずる田上の横に速足で追いつく。

 田上は俺のほうをチラリと見た。


「……なんだっけ、名前」


 田上は俺と人二人分くらい距離をあけて歩きながら聞いていた。

 一年生の時も同じクラスだったのに、俺の苗字も知らなかったのかーい!

「小野寺春馬。春に生れた馬」

 俺が小学生の時から延々使ってる自己紹介だ。

 みんな覚えやすくて、何だそれって言ってくれるから楽だ。

 でも田上はピクリとも笑わず


「馬は春に一番生まれるからな」


 と言った。

「へ、え……?」

 今まで一度も返されたこと無い反応に、俺は戸惑った。

 死んだ父ちゃん競馬好きだったって聞いた。母さんに聞いてみよ……。

 それ以上田上は何も言わず、俺たちは保健室に向かって歩いた。

 保健室に行く前に入り口の水道でケガを洗う必要がある。

 動くのが辛そうだったので、俺が手を貸そうとしたが、田上は右手をあげて軽く断ってきた。うーん、警戒心が強い。近所の野良猫レベル。

 田上は器用に片足で体をコントールして靴を脱ぎ、靴下も脱ぎ、足を洗って、そのまま器用に保健室に入って行った。

中に保健医の石井先生が居たので状況を説明して、かさぶた変わりになるばんそうこうを準備してもらう。

 田上は椅子に座ったまま、ぼんやりと外を見ている。

 俺は学校で静寂が苦手な男、たのしい小野寺してるので

「田上転んだし、こりゃ綱引きだな」

 俺はおどけて言う。

 田上は俺のほうをチラリと見て

「かもな」

 と転んで汚れたメガネを体操服の裾で拭いた。

 去年タイム測定で転んだ江崎が綱引きに回されていたから間違いない。江崎はめっちゃ綱引きをエンジョイしてたけど、田上は大丈夫だろうか。その細い足で、腕で。

「田上くんは、体重も落ちてるし、気を付けてね」

 保険医の石井先生は言った。まあこの石井は俺の喫茶店の常連でなんなら生活指導の田中と付き合ってるんだけどな! よく考えたら田上も働いてるわけで……。

 みんな別の顔を隠してここにいるのが面白すぎる。石井先生は

「もっと重くならないと、騎馬戦の一番上から落っこちちゃうよ?」

 と笑いながら言って、田上のケガに大きな絆創膏を貼った。

 田上が騎馬戦の上?!

 そういえば、春の測定で体重が軽い順番に騎馬戦の上に乗せられるんだった!!

 男の山に美桜ちゃん?!?!

「それってメッチャ危なくね?!」

 俺は普通に立ち上がって叫んでいた。

 脳内は完全に騎馬戦の上に乗って落ちそうになっている美桜ちゃんで再生されていた。

 うちの学校の騎馬戦は男子校ということもあって無駄に熱い。

 とにかく全力で帽子を取りに来るし、騎馬は体当たり必須のガチンコレースだ。

 あんなの美桜ちゃん即死じゃないか!!

「……いやいや、大丈夫じゃないかな。毎年やってるし? たしか田上くん去年も上だったよね」

 石井先生は自分から言ってきたくせに、軽くツッコミを入れた。

「はい」

 田上は静かに答えた。

「そ、うだよ、な……」

 俺はそのままトスンと座った。

「まあ騎馬戦はけが人多くて毎年大変なんだよねえ~~~」

 石井先生はゴミを捨てながら言った。 

 そうだよな、美桜ちゃんじゃなくて田上で脳内再生しないと……。

 俺は心の中でブツブツ言いながら自分の目じりを揉んだ。

 横をチラリとみると田上と目があった。

 そして


「小野寺って、変なヤツだな」


 と目元を1cmおろして微笑んだ。

 田上の前では犬コロのような俺は心の中でおお~~田上が笑ったぞ~~! と周りをくるくる回りたかったが我慢した。

 中が美桜ちゃんだって知ってるから冷たくされてもなんだか楽しい。

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