プロローグ バー編
「部長のヤツ、許せんっ・・・! みんなの前で、怒鳴るなんて・・・」
一人の中年サラリーマンがカクテルを呑み、顔真っ赤でむにゃむにゃ愚痴を言った。
「女房も娘も最近冷たく出迎えたりと。それでも世間は俺の事を投げ出される運命・・・。はぁ、かわいそうな俺、もういっそ現実逃避して別の世界へ行きたいよ」
「へぇ、異世界に行きたいんだ。その夢、わたくしが実現しますよ」
「い・・・異世界なんて・・・誰だねお前は?」
話の途中で、中年ではあるものの、若々しいサラリーマンの男性が、緊張した面持ちで入店し、黒と名乗る男に近寄った。
「黒さん、私は、決心いたしました! この世界を、おさらばしたいです・・・!」
「では、この鍵を」
黒は鍵を渡し、男にこう言った。
「念のためにもう一度言います。一度扉を開けたら二度と元の世界には戻れませんよ。これが最後の忠告です。後悔はしないでください」
と、危機感を煽っているのか分からないほどの低い声で忠告したが、彼はそう受け止めて、バーの奥にある異世界へ通じると言われている扉を鍵で開け、開けた瞬間、眩い光をあてながら、扉の向こうへと消えて行った。
「あの人は誰なんだ?」
「あなたと同じ悩みを持ったものです。この世界に生きることが耐えられなかったでしょう」
「扉の向こうは何だ?」
「それは私もはっきりはしていません。ただ、この先に人間界とは全く違う別世界が広がっているという噂です」
「それが、異世界ということなのか」
「聞くことによれば、そうかもしれませんよ。どうですか? あ・な・た・も」
「異世界へ通じる鍵なのか?」
「もちろんですとも。ただし、私と同行で行くことは原則として禁止です。行くか行くまいかは自分の判断で決めてください」
とっさに異世界へ通じる鍵を渡し、握りながらその世界に通じる扉の前に立った。
鍵を差し込もうとした瞬間、手の動きが止まった。あの言葉であった。
(二度と元の世界には戻れませんからね・・・)
そう、鍵を開けたら二度と戻れなくなる・・・
彼の頭の中には微笑ましくて優しい妻と娘が浮かんだ。
「どうしたんですか?」
男は鍵をカウンターに置き
「やっぱり、やめときます」
と黒に鍵を返した。その後真っ先に店の出口に向かい、会計カウンターで会計をしている際中、男は黒に向かって、
「うちには、女房と娘さんがいるから」
と言い、会計を済ますととっさに店を出て行った。
「そうですか。何か不安なことがあれば、また・・・」
「はあ、取り逃がしてしまいましたか・・・」
ふとため息をつくと、
「・・・しかし、彼は必ず戻ってきます。この鍵目当てにね」