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魔王の涙の涙

娘が寝た頃を見計らって、私は『コレ』と話し合うことにした。ペットの飼育を許可した手前、娘に戻してこいと言えなかったのだ。魔物だからダメというのも考えたが、『コレ』を衛兵たちが何とかできるとは思えない。とりあえず夕食を一緒に食べ、事情を聞くことにした。どうしてうちの娘のペットになっているのか、とか。


「あの、この殺意みたいなのやめてくれません?普通に怖いんですけど」


先ほどから、謎の圧力を感じていた。強者に備わっている特有のアレだ。鍛冶屋だから武器を扱っている人間を見ればどの程度の力量なのかはわかるつもりだが、目の前の『コレ』は今まで見たことないほどの力がひしひしと伝わってくる。娘は意にも介さなかったが、『コレ』はまごうことなき強者だ。


「やや、これは申し訳ない。ですがこれでも最低限に抑えているのです。儂の魔力が膨大すぎるのが悪いのだが⋯⋯」


奴は強者アピールをしながら首輪をジャラジャラといじり、やたらと渋い声で答えた。


「ああ、そうですか。まぁいっか。で、あなたは誰なんですか?魔族のように見えますけど?」

「ええ、おっしゃる通り儂は魔族です。これでも魔王なんですよ。今ではラビンちゃんに拾われてここにいますが」


魔王とは人類が絶賛戦争していた敵国の王だ。これで豪奢な装備に身を包んでいるのだから説明には納得はいく。


「魔王?いや、それに拾われたって⋯⋯あなた、家ないんですか?」

「お恥ずかしながら⋯⋯、一昨日焼失しましてね。全く、とんだ勇者ですよ。まさか初手が放火とは思いもよりませんでした」

「へ、へー。そういえば昨日魔王討伐の知らせが来ていたな。それでここまで逃げてきたのか⋯⋯」


これで平和になるのだと、街は今日までお祭り騒ぎだったのだ。

戦争がなくなったのは今まで軍需で大儲けしていた身分としては少しばかり残念だが、平和になったのはいいことだ。そう思っていた矢先に我が家に魔王が転がり込んでくるとは。

それに、まだ勇者が帰ってきたという情報を聞かない。まだ魔王の焼死体でも探しているのかもしれない。


「いや、でも娘に拾われたっておかしいでしょ!」

「そ、それは⋯⋯、いえ、この際だからはっきり言いましょう。儂はあなたのお嬢さんに負けたのです」

「は?」

「確かに、人間の小娘程度と侮っていたのは間違いありません。取って食おうとしたわけではないのですが⋯⋯」






儂は燃え盛る魔王城の中で大切な絵画とかスクロールとか、燃えちゃダメそうな奴をアイテムボックスの中に放り込んでいました。

水で消せばいいだろとお思いでしょうが、小癪な勇者はいつのまにか魔王城のいたるところに油を、あろうことか油を振りまいていたのです!奴め、倉庫の中にも油を撒いていたようで、儂はその対応に四苦八苦していたのです!

気づいた時には儂は轟々と燃え盛る炎の中にいました。

先先代の魔王様の額縁が燃えて床に落ち、ふわふわの紅いカーペットに引火して。それはそれは凄惨な有様でした。

三千年の歴史を誇る魔王城の歴史が!文化的な価値の高いあの建築物が!たった一人の外道な勇者の手によって無に帰してしまったのです!


あー、思い出したら腹たってきた!聞いてくださいよ、儂が育てていた盆栽も⋯⋯、


あ、いいから続きをですか⋯⋯。はい、申し訳有りません。


時間があまりなかった儂は、ランダムテレポートを行使しました。普通のテレポートなら数分はかけて座標の絞り込みなどしなくてはならないのですが、このランダムテレポートという技は時間をかけない代わりに適当な場所にテレポートできるという魔法です。


そしてこの街にやってきました。

儂がテレポートした場所は、公園の砂場の中でした。かろうじて頭は砂の中に埋もれなかったのですが、体全体が砂の中に埋まっている状態というと分かりますでしょうか?どうやら儂の精神状態が不安定だったようで、地中に埋まるというヘマをやってしまったようなのです。


そこで、儂はラビンちゃんに出会いました。そのほか数人の女児もいました。どうやら砂で城を作っているようで、彼女らが製作中の城が儂の頭の隣にありました。


お嬢さんたちは儂をみて気味の悪いものでも見ているかのような目をしてこう言いました。


「動かないでね。お城が崩れちゃうから」


今まさに魔法を使って砂を吹き飛ばそうかと考えていたところにそう言われれば何もできず、儂はお城の完成を待ちました。それから三十分は経ったでしょうか。うつらうつらとしていると、突如、肩に激痛が走ったのです。


最初は聖剣エクスカリバーで突き刺されたのかと思いました。

何事か苦痛に目をさますと、ラビンちゃんが鉄の武器を持って儂の肩の周りにある土を掘り起こそうとしていたのです!


あ、シャベルという道具なのですか。へぇ、ご主人が作られた⋯⋯、はぁ、なるほど。


まぁなんにせよ。悪気はないのでしょう。彼女は儂を公園の砂場から救出せんと鉄の武器⋯⋯シャベルを使って砂を掘っていきます。その度に儂の肩に激痛が走りました。たまに回復魔法で自身の肩を癒しておりました。


思えば生まれてこのかた、人間の身で儂の体に傷をつけたのはラビンちゃんが初めてかもしれません。儂の心に深い傷をつけたのは外道クソゴミ勇者ですが。

儂は普段から魔法のバリアを自身の体に付与しているのですが、そのバリアを突き破るほどの威力の突きをラビンちゃんはかましてきました。それはそれは痛く、あまりの痛さに儂は生まれて初めて涙を流しました。それを見たラビンちゃんは、儂が早く助かりたいと勘違いしたのか、さらに素早くそして強烈な力を以ってして掘り始め、鉄の塊が骨を砕き始めました。


はぁ。

とにかく、儂は救出される頃には身体中ボロボロで瀕死の状態でした。女児たちはそんな儂の姿を見て大喜びしていました。ちょっとしたトラウマですな。


そんな中、一人の女児が言いました。


「これ、どうする?」


意味がわかりませんでした。何を言っているのか、儂にはさっぱりわからなかったのです。


「うーん、私の家はお母さんが動物アレルギーだから無理」

「私の家も、ママが許してくれないと思う⋯⋯」


しかし、話を聞けばどうやら誰の家で儂を飼おうかという内容でした。瀕死の儂は何もいうことができず、ただ聞くことしかできません。砂が口の中に入り、これが敗北の味かとか考えておりました。


魔王討伐を果たした彼女たちは深刻そうにおしゃべりを続けています。


「この公園で飼う?」

「でも、大きいからすっごくエサいるんじゃない?」

「エサかぁ。あ、そういえばさっき作ったお饅頭があるね!」

「食べさせてみようか!」


倒れていた儂の口元に当てられたのは、野草の塊のようでした。おそらく食べられるやつなのだと儂は愚かにもそう判断しました。

女児が公園で作ったものが食べ物であるとは限らないのに!


その瞬間、儂の口内を襲ったのは大量の土でした。

それは野草で包まれた泥団子だったのです!死ぬかと思いました。ゲホゲホと土を口外に吐き出して、儂は憎悪の目で彼女たちを睨みつけました。歴代魔王の中で最も温厚と言われている儂ですが、さすがにキレたのです。


儂はアイテムボックスの中から、杖を取り出しました。

女児たちはそれを手品だと勘違いしたのか、おぉ!と感嘆の声をあげたのが印象的でした。これをみた者で生きて帰った者はいないというのに、呑気なものだと儂は心の中で笑いました。


これで終わりだ人間の女児め!そう思い、儂は杖に魔力を込めました。

そして今まさに彼女たちに向けて雷撃を放とうとしたその時、瞬き一つの間に、杖を持っていた儂の右腕が肩から無くなっていました。何が何だかわからない自分に、背後から声が聞こえました。


「みんな、気をつけて!今この子、噛もうとした!」


ハッと振り返ると、そこには儂に指をさすラビンちゃんの姿がありました。もう片手には杖を持った儂の右腕を持っています。


「えぇ!ホントに!? ありがとうラビンちゃん!」

「やっぱりこの子噛むのかぁ、私ちょっと怖くなっちゃった」

「私もー」


儂は驚愕しました。魔王である自分を圧倒する人間の女児。目の前でたった今腕をもげられた生物がいるのに全く動じない女児たち。

人間の女児とはここまで恐ろしいものなのかと、儂は恐怖に自らの肩を抱こうとし、右腕がないのを思い出しました。


そんな儂に近づいてきたラビンちゃんは儂に右腕を返して、こう言ったのです。


「大丈夫?自分で付けられる?」


儂はまた何を言っているのかと思ったのですが、黙っている儂を見ながら彼女は腕と肩の切断面を回復魔法で接着していきました。

ご主人はご存じないかと思われますが、これは魔族でも上位のものしかできない高等魔術です。そして、この時、彼女の魔力が儂の中に流れ込んできたのです。儂の元々あった魔力は彼女の濃厚な魔力によって駆逐されていき、最終的に儂の魔力はラビンちゃんの魔力一色に染まることになりました。


これが、儂がラビンちゃんのペットに成り下がった理由です。

彼女の魔力は強すぎる。魔王である儂よりも強力な魔力です。一般的に相手の魔力がなくなるぐらいの魔力を相手に流し込んだ場合、魔力を流された者は其の者の眷属となり、願いはなんでも聞かなくてはいけなくなるのです。


そして、ラビンちゃんはこう言いました。


「私のペットになって!」


ですから、ご主人の気持ちもわかるのですが、儂をここにおいてはもらえないでしょうか?

眷属が主人の命令に背くと体が滅びていくのです。どうか、どうかお願いします!





長々と喋った自称魔王は、必死の形相でこちらを見ていた。うちの娘がそんな野蛮なわけがない。


「ハハハハ!久しぶりに笑いました」

「⋯⋯どうやら信じてもらえなかったようですね」

「だってうちの娘がそんなに強いわけないじゃないですか。それに魔王ってそんなにおっちょこちょいというか、間抜けなわけがないでしょう?」


この目の前の男は恐ろしく強い。鍛冶屋の勘がそう囁いているのだ。うちの娘がこの男に勝てることなんてジャンケンぐらいしかないだろう。

ひとしきり笑ってふと向かいの魔王を見ると、唇を強く噛み締めて先ほど入れた温かいミルクを両手で包んでいた。ミルクの中に一粒の涙が落ちる。


「⋯⋯嘘じゃないし。」


蚊の鳴くような声が部屋の中に消えていく。


「え?」

「だからぁ、嘘じゃないし!儂は嘘なんかついてないんですけど!」


大粒の涙を目に浮かべ、彼は床に座り込み私の目の前でこう言った。


「お願いします。儂を飼うことを許可してください!」


額を地面に擦り付け、彼は土下座のポーズをした。


「儂はまだ死にたくないんじゃぁああああ!!」


彼の慟哭に心が突き動かされたのは間違いない。私は大の大人、それも魔族が命乞いをする姿に戦慄し、スヤスヤと寝ている娘の顔を仰ぎ見たのだった。




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