僕は何処にいる
続きです。
ここは何処?僕は誰?蒸し暑い真夏の熱気を感じながら夜の町を僕は歩いている。数十秒前までは歩いてなかったはず。まるで夢から覚めたように。僕の意識がはっきりしたときにはすでに僕は歩いていた。これは現実なのか、それとも夢遊病という奴なのか。けれど僕の肉体は以前の物とは違っていた。手入れされていないぼさぼさになった長髪、やけに細くなった腕。腕だけではなく、体中の肉という肉が痩せ、日を浴びてない肉体が異様なまでに白かった。サイズが合っていないせいで窮屈に感じる服。
今もこうして歩いているのも僕の意志ではない。体が勝手に動いている。僕の脳が思考し、判断せずにある方向を目指して歩いている。これはきっと本能。現状を理解できていない僕のために、僕の肉体が、本能が僕を導いてくれている。
このまま何処に行くのだろう。体が勝手に動いてくれるのなら、僕は周りの景色でも眺めていようか。
僕には僕の思考がやけに他人事のように思えた。まるで車の助手席に乗っているかのようだ。誰かが運転している脇で自分は外の景色を眺めている、そんな感じ。それが自分自身の肉体で起こってるもんな。変な感じだけどこういうのも悪くはないかも。
落ち着いて周りを見渡してみると妙な懐かしさを感じる。今歩いているこの道、住宅の並び、一つだけ高い山。そう、僕はここを知っている。確かここは阿原町。の、はずなんだけど。
「静かだ。」ぽつりと呟いた独り言が夜闇に吸い込まれていく。道を照らす蛍光灯はあっても住宅に一切明かりが灯っていない。
僕が知っている限りの阿原町はここまで静かでは無かった。人通が通る気配も無く、町が抜け殻になったように感じる。今この町には僕しかいないのかな?
いいや、考えるだけ無駄だ。今は体が目的地に着くまでボーっとしておこう。
バンッ!と扉が大きな音を立てて開く。その音を特に気にすることも、振り返ることもなく、井垣は今もなおパソコンのディスプレイを見続けていた。肩をトントン叩かれても、その手を払い、「今いい所なんだから。」と嫌そうな顔をするだけであった。
「室長、報告に来たんですけど。」
半ば怒りの混じった声で鈴女は井垣の頭をペシッと叩く。
「ああ、鈴女ちゃんか。早かったね。」
「報告ついでに気になったことも忘れないうちに聞いておこうと思いまして。」
「鳥も三歩歩けば何とやらってやつだね。」
「何か?」
「何でも無いよ。じゃあ聞かせてもらおうか。」
「では、報告から。」
鈴女は1年半にも及ぶ活動について報告をした。途中で飽きて遊びだすかと思いきや、井垣は最後まで真剣な眼差して鈴女の話に聞き入っていた。時々、パソコンに向き直り、何かを打ちこんでいた。全てを報告し終える頃には約8時間も経過していた。
「というのが私が向こうの世界にいた間の出来事です。」
「ふーむ。中々面白いことになっていたんだね。こっちからは監視カメラの視点とか俯瞰的な視点からしか観察できないからねえ。ありがとう、貴重な意見だったよ。」
そういうと井垣はコーヒーを啜った。数時間前に、食事が運ばれてきた際に持ってこられたコーヒーはすでに冷め切っていた。
「んで?気になってたことがあった。って言ってたけど何かな?」
「では、あの九道という少年は何者なのですか?」
「おっ、いきなり痛い所を突いてきたね。結論から言うとわからない。人類情報統合管理装置で検索すれば出てくると思うけど。僕あそこの人から嫌われてるからね。」
「つまり、御道家継とは関係ない人間ということですか?」
「そんなとんでもない。向こうの世界は全て御道家継君に何かしら縁がある人物のみで構成されているんだよ。御道君が知りえる人物、御道君が知りえる知識、御道君の感性によってあの世界は出来てるんだよ。まあ少なくとも2週目まではいなかったからここ数年の間の出来事が関連しているんだろうね。」
そこだ。もう一つの疑問。井垣が零した発言を麗虎は見逃さなかった。
「井垣室長。あなたの会話に時折混ざる『2週目』とかなんとか、というのはどういう意味ですか?」
井垣の顔が少し強張った。例え聞いてはいけないことかもしれないが、御道家継に関わった以上は知る権利がある。鈴女が催促をすると、井垣は渋々口を開いた。
「初めて任務に呼んだ日の事憶えてる?結構有無を言わさずって感じだったと思うんだけど。」
私にこの任務が言い渡されたとき、私は別の任務の準備をしていた。かなりレベルが高い物だったので、そちらを優先させられると思っていたが、私はこちらの優先するように指示を受けた。来てみたらこんな奴が仕切ってるとは思ってなかったけどね。
「あれにはね、実は重大な意味があったんだ。説明せずに向こうの世界に行ってもらってたんだけどね。」
「勿体ぶらずに早く教えてください。」
「彼はね、向こうの世界。俗にいう夢の世界の中で何週も同じ世界を繰り返しているんだ。彼に始まり、彼の自滅を最後にね。」
「えっ・・・。」
「夢の世界っていうのも的を射ているようでそうでもない。彼はあのベッドで横たわったままだけど、一行に目覚める気配はない。かといって生存を脅かすほどの身体に異常は・・・あるね。内臓の数か所が無いんだよね彼。まあ、内臓は一部が欠損しても死なないとよく言うし、現に8年も生きてるからね。」
「話が見えてこないんですけど。」
「彼はね、8年前に彼で始まり、彼で終わる世界を築いた。自分が考えた自分が最大限輝ける世界をね。でも、彼はこの世界を作る前に悲惨な目にあってね、その記憶が大きく影響しているのか、彼の終わりはいつも、暗くて陰湿なものだった。今まで僕は3回彼の『終わり』を見て来たけど、自殺か精神崩壊だったね。」
「つまり私は彼に干渉して、彼の『終わり』を変えるために呼び出されたのですか?」
「半分は正解。もう半分は向こうの世界にある『本』が欲しくてね。」
「本ですか?それは一体何ですか。」
「始まりの記された本。強いて言うなら0-15に関係する本かな。」
話は突飛すぎてついていけない鈴女だったが、麗虎に対する0-15呼びにはやはり癇に障るのであった。
まほきたを読んで頂きありがとうございました!暑いですね~本格的に夏が始まってきたといったところでしょうか。熱中症にならないようにこまめに水分トッテネ。それではまた次回お会いしましょう!