不条理な幕引き
筆が乗ったので来週分も上げておきます。
「家継はさあ、何か欲しい物とかある?」
梅雨が明けた本格的な夏の始まりを蝉が告げる7月の公園で、「彼女」そう聞いてきた。周りにいる誰よりも異質な空気を漂わせていた「彼女」は僕よりも小さく、僕よりも大事なものを知っていた。
「僕が欲しいものねえ。あるよ。」
「えー?何々?教えて教えて!」
好奇心旺盛な少女の様な笑みを浮かべて僕の答えを待っている「彼女」。彼女と言っても恋人とかそういう間柄ではない。偶然出会った時も公園で道がわからず困っているところを助けた時だった。
家に帰っても勉強位しかすることが無い僕はフラフラと街中を彷徨っては誰かを助けていた。道案内、物運び、困っているお婆さんを助けたり、迷子を交番に連れて行ったりもした。
小さいころから人助けが好きだった。大人になったら警察官になる!と豪語していたことを思い出しながらも今もその道を追い続けている。誰かが困っていたらつい助けずにはいられないお人好し。自分の事は二の次にして物事を進めていく僕を見て両親には「お前が一番困ったやつだよ」と苦笑交じりに言われたこともあった。
「僕が欲しい物は・・・ズバリ力だね。」
「力ぁ?筋力とかの話?具体性無さすぎよ、それ。」
思った以上に返答がショボかったのか「彼女」は呆れた顔をしている。今のはさすがに抽象的過ぎたか。
「えっと、僕が言いたい力ってのはね。皆を守ることが出来る力のことなんだ。誰かが困っていたら助けるってのもいいことなんだけどさ。誰かが困る前に困る要因を排除出来たら誰も困らないだろ?今の僕にはそれが無いからそういう力が欲しいんだよね。」
「バカね。そんなこと出来るのは神様か魔術師くらいよ。あんな奴らが人のために何かしようと思えるはずないわ。」
「そうかな?僕は毎日平穏に生きていられるのは神様のおかげだと思うんだけどね。」
「くっだらない。じゃあ、私もう行くから!じゃあね!」
そういうと「彼女」は駆け出して行った。聞くだけ聞いてい置いて肯定的な意見は貰えなかったな。でも、僕には無い力も勇気も、魔法使いが与えてくれるんだったら僕はどうなっても誰かを守るかもしれない。
僕は、「彼女」の背を見つめながらぼんやりとそう考えていた。
「行くよ!二人とも!」
「頼んだぞ黒橋!」「気を付けてね、黒橋!」
僕は走り出した。麗虎ちゃんめがけて走り出した。麗虎ちゃんは余裕の笑みを浮かべながら巨大な氷柱を僕めがけて放ってきた。来た!しかも速い!
僕はそれを何とか躱し、距離を詰めるために再び走り出した。新たな氷柱が飛んできたが、光の壁を張ることで防いだ。あれ?この壁ってこんな大きなものって止められたっけ?しかも割れていない。もしかしたら・・・。
少しめまいがした気がするがそんなのお構いなしだ。僕が護らないで誰が皆を護るんだ。
黒橋は雄叫びを上げながら麗虎に突進していく。いくら氷柱を撃ち、冷気で凍らせようとしても倒れること無く突っ込んでくる少年。先ほどまでの温厚な少年ではなく、獣のように鋭い目をした少年が冨美に向かって来ている。
黒橋が何か攻撃を仕掛けた訳ではないが、冨美は圧されている。冨美は本能的にこの少年を止めねばならないと確信した。
大きさではなく数で。そう判断した冨美は大きな氷柱を飛ばすのではなく、小さな氷柱で壁を削り、黒橋を止める作戦にシフトした。
作戦は成功と呼ぶに値する効果を生み出していた。作戦を変えてからは黒橋は一歩も動けずに、壁は少しずつ削れ、黒橋の体を冷気が蝕み始めていた。髪は凍り、氷柱が体のどこかに刺さる度に黒橋は小さくうめき声を上げた。
片膝を付き右手で光の壁を維持する精いっぱいといった具合だ。行ける。このままのペースで押し切れば。冨美がそう思った瞬間。
「この壁は、僕の強い意志がある限り絶対の砕けないんだぁぁぁぁぁ!」
さらに左手を突き出し、壁を倍以上の大きさ、倍以上の硬さに変化させた。この壁なら巨大な氷柱を持ってしても簡単に砕けはしないだろう。
「くっ諦めが悪いわよ!坊や!」
先ほどまで以上の巨大な氷柱を飛ばす。坊やが吹き飛ばされないのは不思議だが、壁に少しずつヒビが入っている。このサイズなら絶対に砕けないわけじゃない。ならあの坊やが倒れるまで氷柱をぶつければ・・・。
ガシッという音と共に右足首を包みこむ様に温かい感触が伝わる。砂浜から伸びた手が冨美の足を掴んでいたのだ。冨美は反射的に足元に冷気を飛ばし、凍らせたがその行動が返って冨美を窮地に追い込んだ。
足首ごと手を凍らせた結果地面ともども凍り付き、冨美は足を固定させてしまったのだ。
「しまった!」
「肉体を得たことが仇となったな。」
背後から声が九道の聞こえ、振り向く前にドンと鈍い音がした。痛みは無かったんだろうな。冨美は他人事のようにそう思った。肉体からとてつもない勢いで引き剥がされたと思うと、考える暇も無く地面に叩きつけら、鋭い拳が冨美の顔を強打した。そこで冨美の意識は途絶えた。
「大丈夫か黒橋!ぐぅ・・・。」
腹部を抑えながら黒橋に近づこうとしたが、辿り着くことなく倒れこんでしまった。
「すまん鈴女・・・。黒橋と御道を頼む。鈴女?」
九道が振り返ると、鈴女は姿が変わったままの麗虎を抱きかかえ我関せずといった風貌で立ち去ろうとしていた。
「待て、何処へ行く?」
苦痛に苛まれながらひねり出した声に鈴女は振り返った。
「ごめんね。状況が変わったから救急車は呼んどいてあげるから、そのまま大人しく寝ててね。」
「状況が変わった?どういうことだ?」
「残念だけど麗虎ちゃんが目覚めちゃったからね。このままにしておくと危険だから大人しく連れて帰るの。御道や黒橋には直接お別れは言えないけど、楽しかったって言っておいてね。それじゃあ。」
鈴女は踵を返すと、そのまま飛び去って行った。感情を押し殺した声、一切変わらない能面の様な表情を見て、九道は彼女が忍者だったということを思い出した。
その後、駆け付けた警察や救急隊員は奇妙な光景に目を見開いた。真夏の夜に広がる雪原。腹部に刃物の刺し傷を受け倒れこむ少年。体中に氷柱の刺し跡や軽度の凍傷が痛々しく残る少年。
後日、意識を意識を取り戻した二人の少年は「二人の少女が行方不明になった」と言っていた。人物名を照合してもこの国に該当する人間はどちらともいなかった。気が動転してして話していたのか?と思われていたが、二人とも同じことを言ったし、この少年たちのために警察や救急車を呼んだ人物がわかっていない。
もしかしたらそれが行方不明になった少女たちなのかもしれないが、確信も追跡するための手段も無く、別件の旅館の経営者が奇妙な死を遂げた事件に注力していた警察に他の事件を追う余裕は無かったため、この妙な傷害事故は闇に葬られた。
無機質な壁、物が少なく、横長の窓がたった一つしかないこの部屋。この部屋に戻ってきたのは1年半ぶり位だろうか。麗虎をお姫様抱っこをしながら目の前にあるドアをくぐる、懐かしい匂いを嗅ぎながら部屋から出ると、そこには椅子に座った人物が複数のモニターを見ながらコーヒーを啜っていた。
鈴女と麗虎に気が付くと笑顔で片手をひらひらと振り鈴女呼び寄せた。
「お帰り。向こうの世界はどうだったかな?」
あくまで微笑を崩さない男性に少なからず苛立ちを憶えていた。全部見てた癖に。
「こらこら、そんな怖い顔しないで。1年半分きっちり観察してたけど、ほら。際どいところとかは見てないから。」
両手をブンブン振り、自身の身の潔白を示す男。わかってるんだけどこいつの行動大きすぎてイラつくのよね。
「それに、数年ぶりに高校生出来て案外楽しかったんじゃない?見てたけどすごい楽しそうだったへぶぅ!?」
いけないいけない、つい顔面に拳をぶつけてしまった。これは事故で謀反ではないよね。
「もー、上司に向かって顔面パンチなんかしちゃダメだぞ。まあ僕はとても心が広いから、お茶菓子一つで許してあげる。現に君の食事のデザート分はこっちに回してもらってたからそれでお相子ね。」
こいつ、人が不在の間に私の3食全部かっぱらってたのか。しかもデザートだけ!許せない!
「まあ、雑談はこの辺にして早く君が抱えてるやつ置いてきたら?話は帰って来てから聞いてあげるから。」
「・・・麗虎ちゃんです。」
「被験体0-15に勝手に名前を付けたのは君じゃないか。ほら、目が覚めたら何するかわかったもんじゃないから安置室に戻してきなよ。」
そう言われると鈴女は安置室に向かって歩き始めた。振り向くことなく麗虎は男に聞いた。
「何故、被験体ということだけで同じ人として見れないんですか?この子にも、麗虎ちゃんにもちゃんとした自己があって、こんなにもかわいい所があるのに。普通と違うだけで何故対等な人として扱えないんですか?」
「普通と違う。か、彼女が本気を出せば世界は崩壊しかねないのに、同じ人間として扱えと?僕には無理だね。1年半もの間暴走させずに一緒に居た君もあの世界もすごいことは分かったが、本題には今一つ届いていなかったのは残念だな。まあいい、面白いことにはなっていたから今回はお咎めなしだ。帰還したと上部には伝えておくから数日の休憩後また別の任務に就いてもらうよ。」
「わかりました。失礼します、井垣室長。」
「ほいほい、お疲れさん。」
鈴女は部屋を後にした。
安置室に麗虎ちゃんを連れて行っている間に数人の知り合いにすれ違った。挨拶や近況を話すものの、彼らもまた井垣室長と同じ目で麗虎ちゃんを見る。
どうして、どうして麗虎ちゃんをそんな風に見るの?この子も立派な人間だよ?ちょっと引っ込み思案なかわいい女の子なんだよ?
安置室に入るとカプセル状のベッドが15個左右対称に列をなしている。中央にあるのが0-15すなわち麗虎ちゃんの寝床だった。
すやすやと寝息を立てている麗虎ちゃんを見ると、昔を思い出す。彼女と初めて会った時の事。
8年も前、私が初めてここに来て、右も左もわからず迷い込んだこの安置室で眠っていた少女。今でも眠っている姿を見ると8年前の姿と重なることがある。
周りのカプセルも覗いたことはあるが、誰も入っていない。一体だれがこんな部屋を用意したのかはわからないが、ここに居る間は麗虎ちゃんは暴走しないことが分かっている。
「じゃあね、麗虎ちゃんまた遊びに来るから。」
鈴女は麗虎の頬に手を当て、微笑んだ後、安置室を後にした。
向こうの世界。たったの1年半という時間だったけど何にも代え難い尊い時間を過ごせた。正直任務の事なんかほとんど忘れてたけど、御道は私が忘れていたものを教えてくれた気がする。
「ひとまず、室長にデザートの件は問いたださなきゃ、こうしちゃいられないわ!」
鈴女は走り出した。
まほきたを読んで頂きありがとうございました!いやー、話の展開が読めなくなってきましたね。こっから先は大体話が固まっているのですが如何せん時間が取れなくですね・・・。・・・頑張ります。
それではまた次回お会いしましょう!